華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜
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2007年01月01日(月)

白雪姫はもう目覚めない。 〜都会の稜線〜

暖冬と騒がれていた、ある年の12月。
暮れも押し迫ってきた、師走のある日。


この冬一番の寒気団が日本列島を覆い…と聞きなれた言葉を連呼するカーラジオ。



午後5時。
今、日本最大の自動車会社を擁する工業都市・豊田市の国道248号線上に居る。

マンション、住宅、そして工場群…
不規則な縦横の直線で延々と様々な屋根の形が連なる、都会の稜線。

西南西の空は深い色合いの夕陽に焼かれ、上空から少しずつ濃紺の闇に焦がされ、
稜線がくっきりと浮かび上がる。

この季節の日没前後の光景が、最も美しい。

いつもなら小狭いオフィスの窓から、一服がてら眺めている光景だが、
今日はフロントグラスの内側からの見物となった。


俺は仕事を早く切り上げ、市街地にある毘森(ひもり)公園を目指していた。
この街の名物である‘帰宅渋滞’にはまり込み、俺はいつも以上に苛立っていた。


ある女に会うためだった。
その女とは、大学時代の同期生。


この公園には照明施設付きの野球場があり、休日などには草野球で賑わう。
またこの公園脇には、結婚式場などの施設も集う。

俺は礼服に身を包み、その公園脇を目指していた。


・・・・・・・


 「はじめまして!私は広島から来ました、白石 由紀乃です!
  文学部英文学科です。趣味は格闘技とカープの応援です。
  好きな食べ物はお好み焼き!広島焼きのおいしい店を教えて下さい!
  ニックネームはしらゆき、なので‘姫’です!どうぞよろしく!」


誰よりも大きな声での挨拶に、拍手喝采を浴びていた。

大学に入りたての頃。

名古屋駅近くのレジャービルにあるチェーン店の居酒屋。
サークルの新歓コンパが行われていた。
毎年恒例の新入生挨拶の場面だった。

くじで俺の斜向かいに座った女の子…名を由紀乃と言った。
小柄で細身、化粧っ気が無く、えらく元気が良い。
曲者ぞろいの先輩連中を前に、堂々とあいさつをかましてくれた。

俺とも意気投合し、大変印象の良い娘だった。

当然、瞬時に人気者となった。
大人ぶった大学生連中が、次々と挨拶がてら話しかけてきた。

大学の先輩と言えども、今にして思えばお子様揃い。
酒の飲み方も覚えたてな連中には、飲まれてしまう輩もいる。


 「おぅ、そこの白雪姫!」


一際酒癖の悪い先輩・寺下(てらもと)が由紀乃につっかかる。
どうやら口論になっているらしい。
俺はそばにいた仲間に尋ねた。


「あの二人、何でもめてるの?」
 「どうも、お好み焼きで(もめてるらしい)…」


論題は『お好み焼きは関西風と広島風、どちらが本道か?』。


寺下が居酒屋のお好み焼きを追加しようとした時、由紀乃が突っかかった。


 「私、ここのお好み焼きは食べない!」


関西風の混ぜ焼きなんて、気持ち悪いから食べない!と言うのだ。
そこに関西出身の寺下が噛み付いた。


 「おぅ、関西風のどこが悪いねん!腹に入ったらみんな一緒やんけ!」
  「そんなのと一緒にしないで!私は嫌なのっ!」

 「気に入らんなぁ…お好み焼きの元祖は関西なんやぞ!」
  「勝手に決めないで、広島の方がおいしいし、メジャーなんだから!」


大学生の口論好きは理解できるが、他愛も無い話題での怒気を込めた舌戦も困る。
おまけに周囲には一般の客もいるのだ。

エキサイトする二人を引き離すべく、周囲もなだめ出す。
まだ関西弁の抜けていない俺は、そばにいた由紀乃に声を掛け、なだめた。

「白石さん、ちょっと落ち着こうや。相手は酔っ払いや、聞き流がさな…」


しかし火に油を注ぐかのように、二人はさらに激高しだす。

 「お前、ちょっと外へ出ぇ!」


呂律も回らない寺下が由紀乃の胸倉を掴む。
次の瞬間、寺下がふわりと宙を舞った。

由紀乃が寺下を居酒屋の座敷の畳の上に叩き付けた。
柔道の心得があった由紀乃が投げたのだ。


衝撃で近くのテーブルにあったジョッキや小皿の刺身醤油が飛び散る。


 「はがえぇのぉ、女に手ぇ上げるとはよぉっ!」


上に圧し掛かる由紀乃は先輩、それも男性相手に胸倉を掴み返して
怒号を吐き、凄んで見せた。
それも襟元で寺下の喉元を絞め、完全に制圧していた。

周囲は凍りつく。

涙目の寺下はあっけに取られ、押さえ付けられたまま二度と歯向かえない。

圧倒的な、衝撃的な光景だった。


・・・・・・・


「そんな二人が結婚するんだから、人の縁とは分からんもんだね〜」


大学卒業から4年目になる、ゴールデンウィークのある日。
うららかな陽光が差し込む寺下の自宅に、懐かしい面々の笑い声が響く。

サークルの仲間が久しぶりに集った。
寺下と由紀乃との門出を祝うためだ。


居酒屋での事件後。
なぜだか、まもなく二人は密かに交際を始めたらしい。

大学を卒業した後、寺下は豊田市内の自動車の販売会社に就職した。
由紀乃は国語科の教員免許を取り、隣町の中学校の常勤講師となる。
互いに違う仕事に就いたものの、変わらぬ愛情で関係を育んできた。

そして、この栄えある結論に至ったのだ。


「ところで、どちらから告ったんだ?」
 「そりゃ、ね〜っ」


由紀乃はちらりと寺下を見遣る。
視線を感じた寺下はさらに深く俯いた。

素面(しらふ)の寺下は大変な照れ屋で、この話題になると終始俯いたままだ。


「ここまで酒で人格が変わる男もめずらしいわな」
 「でも聞いて!私の前では飲んでも変わらんよ?」

「そりゃまた投げ飛ばされるからやろ?」


再び爆笑の渦が広がる。
相変わらず、寺下だけは俯いたままだったが。

結婚という結論は、男にとっても勇気と覚悟が必要なもの。
内気な寺下が決意したのも、勝気な由紀乃の後押しもあったのだろうか。

その後、秋になるとさらにめでたい知らせを受ける。

由紀乃が教員採用試験に合格し、常勤講師から正式な教諭になるというのだ。

由紀乃と寺下の仕事の関係もあって、挙式を後に伸ばすことになったが、
二重の快挙に、俺たち仲間は大いに盛り上がったものだ。


・・・・・・・


やがて信号が赤から青に変わる。
しかし渋滞した車列は一向に流れる気配が無い。

式の時間に、間に合うか…

渋滞を考慮し、充分な時間の余裕を考えて会社を出たのだが、不安になる。
慣れない道、想定以上の渋滞。

街は暗闇に、そして電気の灯りに移り変わっていく。


・・・・・・・


 「平良ぁ、家に居るんだ?今から行くからぁ、宜しくぅ」


受話器を取る。
ビーッ…と独特の電子音が鳴った後、聞きなれた声が聞こえてきた。

相手は由紀乃。
公衆電話からの電話だった。

寺下との結婚が決まる前年、こんな不躾な電話をよこしたことがあった。

晩秋の金曜日。
夜9時を過ぎていた。
俺は寝そべってテレビで映画を観ていたが、大慌てで部屋を掃除した。

隠すべき雑誌やビデオを隠すのは、男としての最低限の気遣いだ。



<以下次号>





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