シネスイッチ銀座にて『しゃべれどもしゃべれども』を観る。落語に通じる語り口のうまさと絶妙な間と粋を感じさせる作品。二つ目の落語家・三つ葉(国分太一)の元に、無愛想で口下手の美人・五月(香里奈)、関西から転校してきたばかりの少年・村林(森永悠希)、解説の下手な元ブロ野球選手・湯河原(松重豊)という一筋縄ではいかない教え子が集まってくる。
ひとくせもふたくせもあるある登場人物たちの愛すべき人間臭さがおかしみを誘い、話し方教室でのやりとりそのものが落語のよう。
鑑賞に先立って、いまいまさこカフェの談話室(掲示板)で常連さんたちが「三つ葉は指導らしい指導をしていないのでは」と話題にしていたので、その部分を注意しながら観たのだが、「落語」という題材の向こうにある「人との関わり方」を三つ葉も一緒になって探っていく、そんな印象を受けた。シナリオを教えたときに、講師であるわたし自身も学ぶことが多かったので、教える立場の者が成長できるというのは、その教室が「学ぶ場」になっているひとつの証ではないかと思う。作品の中で三つ葉も教え子たちも成長するのだが、その伸び具合が劇的ではないところにリアリティと好感をおぼえた。
わたしはもともと「しゃべり好き」(「しゃべり過ぎ」?)だけど、拙くても、たどたどしくても、自分の言葉で思いを伝えること、言葉と言葉でぶつかりあうことの大切さをあらためて感じた。そして、江戸言葉あり関西弁あり古典ありという日本語の豊かさと奥深さにしみじみと感じ入り、その言葉を使える身であることをうれしく思った。その勢いで誰かにしゃべってすすめたくなる。寄席に行きたい、佐藤多佳子さんの原作を読みたい、さらには野球解説にもじっくり耳を傾けたくなった。DVD発売の折には劇中落語の完全版が収録されることを希望したい。湯河原の野球解説も、というのは欲張りすぎだろうか。
2005年06月07日(火) 友を訪ねて名古屋へ
2004年06月07日(月) 絨毯ひろげて岐阜県人会
2002年06月07日(金) ドキドキの顔合わせ