一昨日わが家にやってきたM先輩から『ハト男』の話を聞いた。南米出身と思われるその大柄な男は、先輩が出勤で利用する電車に先に乗り込んでいて、開いたドアからハトのように胸を突き出し、後から乗客が乗り込んでくるのを阻止すると言う。体を張って自分の車両の人口密度の上昇を食い止めているのだ。大抵の乗客は諦めて別な車両へ向かうが、負けず嫌いな先輩は、ハト胸とドアの隙間をかいくぐり、強引に乗り込む。すると、動き出した車内で、ハト男は先輩に肘鉄を食らわせたりして、「オリロ」攻撃をしてくる。負けじと先輩も押し返す。体格のハンディがあるので、カーブの勢いを借りてハト男にぐぐっと体重をかけるのだそうだ。大げさな形態模写を交えた先輩の実演がおかしく、大笑いした。大柄なハト男に小柄なサラリーマンが挑む短編映画(タイトルは『ハト男』か)、バカバカしくて面白いかもしれない。
電車というのは、ときどき面白い人が出没する場所のようだが、混んだ車内より、ほどほどに空いているほうが遭遇率は高くなる。大阪の山手線にあたる環状線は、都市伝説のような「おもろい乗客」の宝庫で、わたしが高校生の頃に聞いた噂を今思い出しただけでも、両手の指では足りない。
つり革で懸垂するおじいちゃんなんてのもいたが、いちばん強烈に印象に残っているのは、『立ち食い男』。駅の立ち食いそば屋で買い求めた丼のそばを持ったまま環状線に乗り込み、走る車内でずるずるとすすり(まさに立ち食い)、次の駅の立ち食いそば屋で器を返して、何事もなかったかのように同じ車両に乗り込むという。目撃者によると、時間配分が完璧で、一連の動きは流れるように無駄がなく迷いもなく、あっぱれなのだそうだ。最近は車内でパンやお菓子を食べる人が増えて問題になっているが、ここまで完成度の高い食いっぷりを見せられると、問答無用になってしまうらしい。
『透明人間の嫁』の噂もよく聞いた。ウェディングドレス姿で車内を練り歩き、「私、今日、透明人間と結婚しました。こちらが主人です」と隣の新郎(透明なので見えない)を紹介し、「一言お願いします」と色紙を差し出す。この噂が流行った五年後ぐらいに友人が遭遇したと聞き、「ほんまにおるんや!」と興奮すると同時に、「まだおったんや!」と驚いた(二代目だったのかもしれないが)。毎日結婚式を挙げ続けているわけだから、色紙の数も半端じゃないと思われるが、友人がのぞきこんだ色紙には、「おめでとう」「末永くお幸せに」と祝福の言葉がびっしり書き込まれていたという。その中に「お似合いですね」というメッセージがあったと聞き、大阪人のノリの良さと懐の広さに感心した。山手線に同じ花嫁が現れても、淋しい思いをするのではないかと思う。
2001年12月25日(火) 発見!