■チョコレートと映画が好きなわたしは、チョコレートと名のつく映画も好き。『夢のチョコレート工場』、『苺とチョコレート』、『ショコラ』、『チョコレート』と観て、今はティム・バートン監督の『チャーリー・アンド・チョコレート・ファクトリー(仮)』の公開を心待ちにしているところ。そんな折、新聞記事で『チョコレートと兵隊』というタイトルが目に留まった。1938年の東宝映画(佐藤武監督)で、長らくフィルムの所在が明らかにされていなかったが、このほどアメリカでフィルムが発見され、昨日からの『映画女優 高峰秀子』で上映されるとのこと。早速東京国立近代美術館フィルムセンターのサイトで上映スケジュールを見ると、本日5時からとある。これを逃すと、29日の3時のみ。これは行くしかない、とダンナを強引に誘うと、いつも巻き添えを食っている彼は「Tさんも誘おう」。T氏は、映画と鉄道にめっぽう詳しいご近所仲間。そもそも高峰秀子特集情報もT氏がひと月前から知らせてくれていたおかげで、わたしが張っていたアンテナに新聞記事が引っかかったのだった。「まさか今井さんのほうから誘われるとは」とT氏は喜んで参加表明。■上映1時間前に着くと、すでに列が幾重にも折れている。フィルムセンター常連のT氏いわく「300人入りますから、これぐらいでしたら座れますね」とのこと。ひとつ前の『綴方教室』は完売だったらしい。わたしたちの会話に、一列前で待っていたおじさんが「なくなった渋谷パンテオンは1200人入ったねえ」と加わってくる。高校時代からかれこれ数十年通っているT氏によると「最前列の顔ぶれはかなり固定しています」とのこと。ここから次の劇場にハシゴすると、また同じ顔ぶれに会ったりするのだそう。■さて、上映。まず最初に「このフィルムがUCLAで発見された」旨を告げる字幕が日本語・英語の順に入り、本編に。「戦意高揚のための時局映画」と聞いて身構えていたのだが、ハリウッドの戦争ものに比べると好戦度はずっと低く、普通の娯楽映画として楽しめるテイストになっていた。あらすじは、「チョコレートの包み紙に印刷されている点数を集めている息子のために、戦地の父がせっせと包み紙を集め、日本に送る。だが、点数と引き換えのチョコレートが製菓会社から少年宅に届いた同じ日、父戦死の知らせが届く」というもの。軍人になることが夢だった少年は「父に負けない立派な軍人になる」と誓うのだが、子ども思いの父が戦地に散った悲しさのほうが際立ち、戦争に行くより家族のそばにいたい気持ちを強くさせる映画のように思えた。ティーンエイジャーの高峰秀子の愛くるしさに負けず劣らず印象に残ったのが、明治製菓のOL嬢。「霧立のぼる」という宝塚歌劇団出身の女優さんで、山中貞雄監督の遺作『人情紙風船』のメインキャストの一人だそう。■最近、太平洋戦争前の日本の歴史を勉強しているのだが、昭和13年の暮らしぶりや時代の空気を感じ取る上では、本を何冊読むよりも雄弁な資料となった。「フィルムに記録されている街並みや語られる言葉などに強く興味を持ちます。映画の出来不出来とは関係なく、時の経過が新たな価値をフィルムに与えることだと思います」と言うT氏に同感。調べてみると、太平洋戦争中にアメリカ国務省の編成した対日宣伝研究プロジェクト・チームが「日本人の国民性研究の最も適当なテキスト」ととらえていたとか、『素晴らしき哉、人生!』のフランク・キャプラ監督が脱帽したとか。さらに、この映画が東京新聞に掲載された実話を元に作られたこともわかる。劇中に明治製菓の包み紙が大きく出ていたが、明治製菓のチョコレートということも実話。亡くなった兵士の息子は、その後、昭和18年に難関の陸軍少年飛行兵の試験に合格、少年時代からの夢をかなえたが、消息はわからないという。映画から紐解く昭和史も興味深い。