今回の思いがけない収穫は、中文(チョンウェン)、つまり中国語だった。前回中国に来たときは観光ツアーで日本人としか話さなかったし、台湾に二度行ったときは、一度目は中国語ペラペラの友人に通訳おまかせの旅、二度目はCM制作でスタジオにこもっていたので、これまた中国人と話す機会がなかった。今回はロケハンという取材の旅だったので、次々と中国の人と知り合い、一緒に行動する展開に。これまでの中国語圏旅行とは比較にならない中国語シャワーを浴びることができた。
人と人がぐっと親しくなれるのは、食事の時間。最初に覚えた言葉は「おいしい」を意味する好吃(ハオチー)と好喝(ハオホー)。吃は「食べる」の意味なので食べ物に、喝は「飲む」の意味なので飲み物に使う。「好吃、好喝」と言いながら、中国の人たちは実に楽しそうによく食べ、よく飲む。「良い」を表す好(ハオ)と動詞をくっつけると、ほめことばになるらしい。
好看(ハオカヌ)は「形が美しい=見た目がいい」、ハオティン(ティンは口偏に折の右側を足した漢字)は「音が美しい=聞こえがいい」となる。お酒をついでくれる小姐(シァオジエ)=「ウェイトレス」に謝謝(シィエシィエ)=「ありがとう」と言うたび、不客気(プゥカァチ *気の中の「メ」はない)=「どういたしまして」とささやかれるので、これもすぐに覚えた。
必要に迫られた言葉は、覚えざるを得なくなる。名刺を切らしたばかりで今回持ち合わせてなかったのだが、中国も日本と同様に名刺文化の国で、「名刺の持ち合わせがない」=没帯名片(メイダイミェンピェン)を繰り返す羽目になった。動詞を否定する「没」は使える言葉。「〜がない」を意味する没有〜(メイヨウ)は一日に何十回も聞いた。没有名片(メイヨウミェンピェン)と言うと、「最初から名刺がない」という意味になる。
有没有〜(ヨウメイヨウ)の形にすると、「〜はありますか」の疑問文に。レストランでは葡萄酒(プウタオジョウ)や珈琲(カァフィ)や白飯(パイファン)、ホテルでは「バスローブ」=浴衣(ユーイー)や「ドライヤー」=吹風機(チュイフンチー)があるかどうか聞くのに使えて便利。
文字通り「問題ないよ」の没問題(メイウェンティ)もよく聞く言葉。「ダイジョーブ」という軽いノリで使ったりする。「自分で没問題っていうヤツに限って問題を抱えてたりするけどね」と冗談も飛び出した。没との使い分け方はわからないけど、「不」も打ち消し語。みんなが「ブス、ブス」と連呼しているのが気になったら、わたしのことではなく「不是〜(ブーシー=〜ではない)」だった。不要(ブーヤオ)は「必要ありません、いりません」の意味になる。
ロケハンの旅ということもあり、辛苦了(シンクゥラ)=「お疲れ様」という言葉も飛び交った。「辛苦了、辛苦了」と肩をたたきあって繰り返すのは、「おつかれ、おつかれ」のノリなんだろか。中国語には過去形がなく、「了」をつけると過去になるらしい。「眠くなりました」=我困了(ウォクンラ)または「寝たいです」=我想睡覚(ウォシャンシュイジィアオ)と言って部屋に引き上げる前に、晩安(ワンアン)=「おやすみなさい」のあいさつを。「こんばんは」は晩上好(ワンシャオハオ)で、「おはよう」は早上好(ツァオシャンハオ)。
基本的にひとつの漢字にはひとつの読み方しかないので、漢字を覚えるごとに中国語の意味と発音が身についていく仕組み。アテンドしてくれた中国人関係者をつかまえては、「今なんて言ったの?」「これはどう言うの?」と聞いて回った。
「海はなんて言うの?」と聞くと、「大海(タ−ハイ)だよ」と教えてくれ、ついでに「大海是我的故郷(タイハイシーウォタクゥシィアン=海は私の故郷)っていう有名な言葉があるよ」とオマケがつき(是はbe動詞で、的は「〜な、〜の」を意味する)、発音指導までしてもらえる。これぞ生きた中国語。しかも「君は飲み込みが早い」「今度来る時は通訳は必要ないね」などとおだててくれるので、調子に乗って覚えてしまうのだった。
「おしゃべりな人は外国語の上達が早い」のだとか。そういえば、「ニューヨークに来る日本人留学生の中で、最初に英語を話すようになるのが関西人」と聞いた覚えもある。「わたしも話の輪にまぜてー!」という衝動が、言葉を覚える原動力になるのかもしれない。今回の旅でも「ここで中国語がわかったらなー」と思う場面が何度もあった。帰国して、早速中国語のテキストを購入。付録のCDを流しっぱなしにして聴いている。
動詞の変化も名詞の性もないし、フランス語やドイツ語に比べれば文法のルールはシンプルなんだけど、壁となるのは発音。四声の違いで意味がまったく変わってしまうので手強い。ただいま、有名な「マーマーマーマ」を特訓中。
2002年03月30日(土) 映画『シッピング・ニュース』の中の"boring"