2002年05月09日(木)  奇跡の詩人

■昨日の夕刊に「奇跡の詩人についてNHKが説明」の記事を見つける。脳障害を負いながら、文字盤を指差すことで言葉を紡ぐ日木流奈(ひき・るな)君を追ったNHKスペシャル
(4月28日放送)に対して、「信じられない」の声が殺到したため、急きょ11日のスタジオパークで時間を取り、説明を行うことになったらしい。番組内容を告知するだけの小さな囲み記事の中に、「奇跡はニセモノではないかという疑惑に答える」というニュアンスが感じられた。放送を見て、震えるほど感動したわたしは、奇跡をまるごと信じていたのだが、奇跡に疑問を抱いた人がいたこと、しかもどうやら相当の人数だったことに驚いた。■帰宅したダンナに聞いてみると、「週刊誌にも載っていたよ。賛否両論で話題になっているみたいだね」とのこと。「お母さんが読み上げる言葉は、本当に流奈君が指差しているのか」という根本的な訝りの他に、ドーマン法の有効性への疑問や、意思表示ができるようになった科学的根拠の欠落などが視聴者だけでなく医療関係者からも指摘されているという。だけど、あの番組はドキュメンタリーであって科学番組ではない。奇跡を実証するのが目的ではなく、奇跡が生まれたという事実がドラマだったはずなのだ。他にも様々な憶測や噂が飛び交っているようで、「流奈君のお父さんお母さんは、この騒ぎをどう受け止めているんだろう」「傷ついているんじゃないかな」と考えていたら、眠れなくなった。■ネットで調べてみると、今回の視聴者の反応について、すでに流奈君の家族に取材が行っていて、「真実であるとしかいいようがなく、どう言っても、分かってくれる方は分かるし、分からない方は分からない」とお父さんのコメントがあった。奇跡は、希望であり光であると思う。奇跡が傷つけられたときには、希望は絶望に変わるのではないかと心配だ。11日の番組でどのような説明がされるのか見る前にあれこれ言うべきではないかもしれないが、わたしは、奇跡を信じたい。

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