たとえば、自分の外見を変えても、 僕は井上陽水なのか・・・?
昨夜のBSで井上陽水が言っていた。 確かに、歌手の場合、歌声さえ本人だったら・・・
ふーむ。
人はどこまでが「自分」で、何をもって「自分」なのだろう。 顔や体を整形しても、それでも自分なのか。
こんな話があるらしい。
悪魔があなたに告げます。
「新しい拷問方法を考えついたので おまえで試してみたい。
でも、心配するな。 前日に、お前の過去の記憶を全部消してやるから・・・。」
この話は、自分というアイデンティティは、 過去の記憶で成り立っているということが前提だよね?! 精神的苦痛は、考えなくて良いということだから 拷問は肉体だけに受けるということでしょ?
こういう場合の、自分は、「自分」なのかな?
自分は、過去の記憶からなるものなのか。 それとも肉体が本人のものであれば、自分なのか。
精神か肉体か?
性同一性障害の人の場合も、肉体か精神かで悩むんだろうね。 自己のアイデンティティをどこに求めるのか、 たぶん答えはでないんだろう。
恋愛でもそう。
恋愛を形づくるものは精神なのか、肉体なのか?
たぶん、これも答えがないんだろう・・・。
でも最初に肉体があって、後から精神がくるわけで
もし
新しい精神が先に生まれ 宿る場所を持つことができないでいるとしたら
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