2003年02月25日(火) |
美術館録〜無言館/信濃デッサン館/槐多庵 |
(村山槐多の“槐”ってどうやって出力するのだろう. ←は他所様のサイトからコピペ.)
友人が戦没画学生慰霊美術館「無言館」へ行くというので 同行させて貰った.
無言館の建物は,平面図で見ると十字形をしている. その十字の内側に,ぐるりと作品が展示されている. 各作品には,その作者について 生年,生誕地,出征地,没年と死亡時の状況 そして遺族の言葉が添えられている. 死亡時の年齢が,私の現在の年齢よりも年下〜同年齢の作者が半分近い. 当たり前のこととはいえショックだった.
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無言館出口で鑑賞料(300〜500円の任意制)を払い 『無言館ノオト』(窪島誠一郎,集英社新書)を買い 信濃デッサン館(“未完の塔”で知られる前山寺敷地内)へ移動した. 無言館とデッサン館は,直線距離では目と鼻の先なのに道路上の距離は1km弱ある. (現在,無言館〜デッサン館〜前山寺をまっすぐ結ぶ遊歩道を整備中のようだ)
デッサン館のチケットは,道を挟んだ斜向かいにある「槐多庵」と共通. 展示されている作品の作者はほぼ同じ. 槐多=村山槐多の作品の展示数は,槐多庵よりデッサン館の方が多い. 高校の美術教師に「槐多は同性愛者」と教わったが 男性裸像が比較的多く,なるほど男の身体が好きな男だったようだ. その内の一つで代表作でもある『尿する裸像』を観たとき 『善の遍歴』(高橋睦郎,新潮社<絶版>)と 『アケボノノ帯』(笙野頼子,『二百回忌』(新潮文庫)所収) を思い出した. (女性との恋愛歴もあるので,正確に言えば槐多はバイセクシャル)
それにしても,男(槐多)が男(中学校の下級生)に書いた 恋文(ピンク色)・・・というのは初めて読んだ. 手紙の相手が同性だと思わなければ 若干思い込みが激しくて夢想家の学生が書いた,ごくごく普通の手紙だった. しかしビアズリーの描く女性のような風貌の男子高校生(当時の中学校=現在の高校)て,一体.
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