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[フィルクリエイティヴ]掌編創作物
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創作物:逃げた文鳥
最近彼は元気がなくて。大切にしていた文鳥が逃げていってしまったんだ。とだけぽつりと言った。
私と一緒にいる時もふと遠くを眺めて、もの想いにふける。
妬けるよ、文鳥なのに。口惜しく私はそんな彼を見つめる。
もともと口数が少なくて、彼が何を考えているのか、わからない時のほうが多い。たまに電話をしてきて、会おうよと唐突に言って。私はいそいそと彼を迎えて。そんな関係だった。
私にはメールするのさえ億劫がるのに、文鳥へは毎日欠かさず水をやり、餌をやり、挨拶をする。そんな不条理あっていいのか。私は鳥アレルギーで、文鳥が来てからは彼の家にも行けなくなったというのに。
見るからにやつれている彼。もともとたくましい感じではなかったけれど、弱まっている男の人の姿なんて、あまりにも見るに忍びない。やるせなく私は励ますのだけど、あまり効果はなさそうで。よけいに胸は痛む。どんな文鳥だったというのか。側にいる女にも気を配れなくなる程に。
仕方ないから好物を料理しに彼の家に行く。食べ物で元気がでてくれるなら単純でいいのだけど。
私がつくったカレーはとりあえず全部食べる。もくもくと食べて、その姿はとても無邪気なのに。食べ終わって窓辺を見つめてため息をこぼす。
いい加減にしろと殴りたくなる。そんな男と戯れて、私が文鳥だったらよかったのにと、切ない。
何故そんなに悲しいのか、尋ねてみるけどあいまいに頷くだけ。鳥かごはそのままにしてあって、寂しさが増すから片付けようと言うのに、取り付く島もなく受け付けない。
夜中に目が覚めて隣を見たらやっぱり彼も起きていて。
泣いていた。
「本当は逃げたんじゃなくて、猫に食われたんだ。アイツ。首に歯が食い込んでいって、ぐったりしていった姿。見てられなかった…」
「俺、その猫にも何もできなくてさ」
と堰を切って言ったかと思ったら、無言に涙を流す。
馬鹿な人。
私は濡れた頬を拭いてあげ、キスをして、明日お墓をつくってあげようとたしなめる。彼はひっそり眠りについて。私はもっと胸は苦しい。
翌日小さな植木を買った。今どき、庭も空き地も無い都会のアパート。土すら買ってこなければ手に入らない。
植木に墓標を立てるのはそぐわない感じがして、細かい細工の掘られた木製のスプーンをさして代わりにする。観葉植物のツリーとスプーンでできた小さなお墓が整った。
「その子に毎日あげていたお水は、今日からここに供えてあげるのよ。生あるものはいつかは亡くなる。その命をずっと心に止めておくための儀式。それが弔いなの。それでその子もきっとあなたを忘れずにいられるから。幸せな涙なの」
「静かに、静かに。悲しみは空に返して。切なさは土に還元させて。痛みは包み込んでいくものなのよ」
彼はもう泣かずに、私を胸に引き寄せた。
「ありがとな」
「俺の隣にはお前。それが幸せな涙だろ」
さらっと心をこぼす。
「ずるい人」
とつぶやいて…。
やっと、ぽろぽろと頬をつたうものが私にも訪れる。見る見るくしゃくしゃな泣き顔に変わる。
「せっかく俺が泣きやんだのに」
と、ようやく彼は微笑んだ。
そのまま私を抱きとめたまま、優しいままに。静かに彼は待っていた。じっと私の涙がひくまで。
私はもっと、泣いていたくて、やつれていたはずの胸にうずくまる。
ただ、暖かいと伝える心に変換させて。私はそっと嬉しくて。
※FILL書きおろし2002.9.17
収納場所:2002年09月17日(火)