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FILL-CREATIVE
[フィルクリエイティヴ]掌編創作物
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まだ期待を捨てていないんだな、この人。 目の前で無邪気に日常を語る男を見ながら、濃く渋いエスプレッソに口をつけて思った。
苦い珈琲も渋いたばこも好みではなかった。数年前までは甘いモカにシナモンパウダーをふりかけ、気分がいい日はホイップまで落として。そんなものが好きな女だった。 化粧がだんだん荒れていくように、未来への期待は薄れて。今ではただ目の前に訪れる出来事だけを受け入れて過ごしていた。 色恋も、どうでもいい所行のひとつだったけれど、世を捨てたような私でも時には人恋しい夜もある。男はそんな隙に入り込むのが上手かったのだろう。まだすれていない少年が夢を語るような瞳で私を見つめて。ナイト気分な夜を好んだ。
「どうしてそんなに覚めた言い方をするの?」 たまに私を叱る。親に叱られたことすら遠い記憶だというのに。無邪気とは平穏を象る。穏やかな日々に、引っかかりを探るように私は男と戯れる。
時々こっそり私の携帯の履歴やスケジュール帳を覗いているのは知っていた。私のような女を心配し、嫉妬すら行動に移す男を不思議に思う。もの好きなんだなくらいに想像して。 深夜を過ぎても戻らない日があった。いつもまめに連絡をしてくるのに、その日は何もなくて、夜明けまで待ったけど結局ドアは開かなかった。翌日、飲みすぎて友人宅で寝過ごしたと言い訳と花を持って帰宅する。そんなことで、言い訳など用意しなくていいのよと言ってたしなめるのに、しびれをきらして私に問う。
「僕は君の何なの?」 「何ものでもない」
すれた返事にうなずいて、知っていたと返す。それでも変わらずに世話をやいて、私はやはりもの好きだと思う。
ある時、こじんまりと整った顔立ちの女が訪ねてきた。彼女の言葉を要約すれば、男を返してくれとそんなこと。先週も自分の所に息を抜くように泊まっていったのだから、いい加減、諦めてと女は言った。
この娘は何を見ているのだろう。私の形相すら目に入っていないのか。肌はあれて髪も痛んだままで、きれいに着飾っているわけでもない姿。男の人をひきつけておく魅力なんてないのに。彼が彼女を選ばない理由を私のほうが聞きたい。 女は言いたいことだけを言いたいだけ言ったようだったのに、無反応な私に言い足りなさそうに不機嫌なまま帰った。
その夜私も男にきいてみる。 「私はあなたの何なの?」 「何ものでもない。一緒にいる人」 そんな答えにおかしくて私はけらけらと笑った。
「でも、ひとつだけはっきりしている。本当は教えたくないけど」 もったいぶるようにじらして。
「君が僕に首ったけだから、僕は君といたいだけ」
そんな期待を胸いっぱいに詰め込んだ男と、今夜も温めあって。夜通し優越に浸りつくす。愛ってそんなものだと、クールに思い込む。
苦い珈琲を好みではないのに飲み干すように。裏腹な欲望は忍びあう。
明け方に熱いカップを手渡す男。モカの味を思い出した?と皮肉を言って。私は甘さをたしなんで。
[end]
※FILL書き下ろし2002.8.11
収納場所:2002年08月12日(月)
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フィル/ フロム・ジ・イノセント・ラブレター
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