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[フィルクリエイティヴ]掌編創作物
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創作物:カフェ・スト−リ−
駅前にできたアメリカ製のコーヒーショップに、娘の由香はいつも通っていると妻が話していた。一杯500円くらいの珈琲なんて、早く帰ってきて家で飲めばいいのに、とこぼす。会社勤めを始めて1年半、すっかり由香は家にいつかなくなった。一人娘だから何かとさみしいのだろう。母親だからな。
いつもの帰り道、今までは通りすぎていただけの話題の珈琲屋を覗いてみる。ほどよく人が行き交う風景は、私らのいくような雑居ビルの谷間の喫茶店とは違う。モダンで粋な空間。由香くらいの娘には少し大人びているようにも思える雰囲気。
奥の隅の席にパラパラと雑誌をめくって。暇そうにしている娘。あんなふうなら家に帰れという妻の愚痴もわからなくもない。
声をかけようと人に分け入ろうとした時、由香の表情が瞬間変わった。背の高い若い店員が隣のテーブルのセットアップに立ち回っている。娘は彼に気づかれないぎりぎりの視線に焦点を当てて。甘い空気をこっそり漂わせた。とろける瞳のままに。
映画のワンシーンのような情景。昔、妻と見たハリウッドのラブストーリーを思い出した。ふと沸き立った日常の隙間に、心を波立たせる落とし穴。禁断を覗いてしまった気分とは、父親も思うものだったのか。
由香は私に気づいて、何事もなかったように父親用の無邪気な笑みに変わった。
「パパがこんな店、入ると思わなかった。ママとけんかでもした?」
「おまえの帰りが遅いって心配してるぞ」
「もう子供じゃないのよ。パパ、何飲むの?アメリカン?そんなおじさんぽいのはこういうとこにはないからね」
早口にまくしたて、エスプレッソにしようかと勝手に選択してカウンターに向かう。手慣れたそぶりでオーダーをすませて、ここは私のおごりと言って席に戻った。ラズベリースコーンはママへのお土産用と用意周到に。
友達の後ろでもぞもぞとしているばかりだった中学生の頃。あれから何年たったのか。娘の選んだガテマラ産の深いローストはほどよい苦みを舌に残す。
巣立つ日も遠くないのかもしれない。寂寥にまで心を奪われて。あどけないままの笑顔は、父親には幼いままの姿だというのに。
ごったな人生を飲み込んで、空間を彩り点在するカフェ。今夜私は、娘の成長を垣間見て、すたれずに感覚は苦みと混ざる。そろそろ、次の曲がり角を曲がる時期なのだろうか。
口寂しさに、セブンスターの紙パックを出した。
「もう、わかってないなパパ。こういうとこで煙草吸うのは今どき格好よくないの」
と、つかさず横やりをいれられた。
煙草の煙すら邪道になる場所か。娘の恋路を覗く父親のようだ。と苦笑いをもらす。
シアトル系だというそのスタイル。スリーショットカップの珈琲を飲み干すほどに、私の細胞にも馴染んでいった。
[end]
※某所に提供(できるよう奮闘中) 2002.8.10
収納場所:2002年08月11日(日)