FILL-CREATIVE [フィルクリエイティヴ]掌編創作物

   
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CREATIVE特選品
★作者お気に入り
そよそよ よそ着
ティアーズ・ランゲージ
眠らない、朝の旋律
一緒にいよう
海岸線の空の向こう
夜行歩行
逃げた文鳥
幸福のウサギ人間
僕は待ち人
乾杯の美酒
大切なもの
夏の娘
カフェ・スト−リ−
カフェ・モカな日々
占い師と娘と女と
フォアモーメントオブムーン
創作物:夏の娘

 灼ける日差しの激しさに顔をしかめて熱を遮り、吹き出る汗は海のしぶきと混ざって額を濡らす。水平線に続く雲ひとつない空は高くて。気が遠くなる灼熱の景色に僕は彼女を思う。風物詩のように迎える夏は胸を痛めて、砂に足をとられる度、海辺の地がなつかしく心に染みた。

*  *  *

 まわりの連中は、おもむろにお決まりの計画に励んで、僕もほどほどに参加して。気ままなティーンエイジャーのバケーションは堕落。
 何故あの頃はあんなに時間を欲ばって、満潮にすら構わずに浮遊していられたのだろう。季節が変わるだけで心は踊って。馬鹿みたいにおかしく夢中に、夏は僕の一部になっていた。
 女の子の薄着に脳は刺激されて。ところかまわず垂れ流す野獣にさえ憧れた。それが夏のなす技だったから。

 アザミは絵に描いたような夏の娘。

 こんがりと日焼けした肌にそそられて、言うことを全てききたくなるような雰囲気で僕を悩ませた。でも、僕以外の連中は気付かずに通りこしそうなタイプだったから、僕はそんな贅沢にほくそ笑む。

 夏の間は、ひとりなのだと言う。漁師の父親は秋まで帰らないらしい。

 仲間と出かけた遠い島の海で、彼女もまた夏をもてあましていた、と思っていた。


 仲間たちは一様に都会から余暇を過ごしに来た同族の娘たちを誘った。僕は途中までつきあうふりをして、抜け出してアザミに会いに行く。ふざけた逃避行にスリルをかこつけて。

 アザミははじめてなのと言いながら、僕を口に含んで夜を費やす。僕もはじめてだと体は正直すぎて。言葉は省かれて伝わっていく。混じりあった水分が誰の何かもわからなくなった頃、仲間たちは女の子たちを追いかけるようにして都会に戻った。僕はアザミと過ごす夏に決めた。毎日、毎日を。とろけるように。熱におかされるように。

 7番目の台風が本筋をそれて、島をかすめて行った日、父親が明日帰ってくるとアザミは言った。

 このまま島で野宿していてもいいと僕は思ったのに、婚約者も同じ船で帰ってくるのだとアザミは告げて。都会に向かう船の時間を僕に教えた。

 知っていた。日に1本しかない連絡船の出港予定など。期間限定に彩られていた楽天も。30度を超える熱帯の日々の余興も。夏は全てを寛容に許して、僕らは守られた遊泳に浮かんでいただけだったのかもしれない。

 けれども、最後の日の夜明け前、アザミは言った。

「海の男の子どもは生みたくないと、ずっと星に願っていた」

 そっと僕の右手を自分の腹にあてて、目を閉じる。小さな鼓動を、僕は感じて…。

 額からしたたれた一滴は、明らかに熱帯の汗とは違う。僕から熱を奪う。無意識にアザミの手をふりほどいて駆け出した。19歳の少年に、夏は何を背負わせたかったのだろう。
 駆け出して、船つき場までたどり着いて、途方もなく海をながめて。朝一番の連絡船に飛び乗った。

 島を見下ろす小高い丘に立つアザミの影は、ずっと僕の背中に張り付いていた。

*  *  *

 10年が過ぎて歳は29になって。戯れる夏はもう僕を迎えには来ない。迎えゆく順番を知るほどに、僕の心はウェイトを落としていた。人は重ねた季節を覚悟に変えて、生きる意図を見つけ出す。あの夏、彼女は海の男に嫁ぐ自分を戒めたかったのだろうか。身ごもって何を伝えたかったのだろう。幼さが剥がれた今なら、僕も彼女の心を覗けるだろうか。

 変わらぬ浜辺に舞い戻り、ただ歩いた。僕は僕の分身で、彼女と彼女の分身を夏から奪いとるために。
 大袈裟な荷物は足をよけいに砂にからませる。

 まだ先にずっと遠く、白い砂の道は続く。


[end]


※FILL 書き下ろし 2002.7.31

収納場所:2002年07月31日(水)


 
 
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