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[フィルクリエイティヴ]掌編創作物
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創作物:大切なもの
私には、大切に、とても大切にしていたものがありました。
それが簡単に壊れやすいことも、自分で思うよりそんなに大して価値がないということも、知っていました。子供がキャンディの包み紙を後生大事に宝石箱にためておくように。それはたわいもない大切なものだったのです。
どれが壊れやすく、どうすれば無くなってしまうかもよくわかっていました。例えば張り合わされた紙を、強引にはがせば、簡単にはがれる合紙もあればどうしても破れてしまうものもあり。長年それを大切にしていたものだから、十分にその性質まで私は知りつくしていたはずでした。それでも同じように壊したくなってしまうのは、人の持って生まれた愚かさなんだろうな、と思います。
進化をとげているようで実は太古の昔から純粋でシンプルな部分は何も変わっていないのかもしれません。人間なんて。
もしも人に成長の証があるのだとしたら、破壊を続けるために生み出す創造力の進歩ではないでしょうか。
消費し壊すために生産する。資本社会論者のような理屈。色恋沙汰にまで持ち出してくる滑稽さに、私は思わず吹き出してしまいそうになるのです。
1970年代という年代を痛烈に憧れていました。何もかもが躍動と刹那に満ちた、生きる糧があった時代に思えるからです。
そんな青春をすごしたセージさんは、私には眩しくて輝いて見えました。私よりも二まわりも年上の男性に惹かれるなんて、趣味がいかれてるのかと、自分を悩みもしました。トレンディドラマの主人公たちに自分を透過して語る、同世代の女の子たちを眺めていると、そう思わずにはいられなくて。
私にもその子たちと変わらず、人並みに恋人なんて呼べる人もいます。三つ年上の優しい人だったから、まわりの人たちからは式の予定は?みたいな、その場を繋ぎとめておくだけの質問の応酬にいつも吐き気を我慢していなければなりませんでした。
でも、誤解しないでくださいね。私には恋人も、大切だったんですよ。とても。いつだって。ただ壊れやすいものだから、もしかして今度は壊れないんじゃないかなんて妄想を抱いて、試したくなる。そんな衝動を抑えることに、ふと疲れてしまうのです。
セージさんは世の中の何と戦っていたのでしょうか。二十歳の頃は。さぞやたくましく勇者憮然としていたのでしょうね。その時代に生を得られなかった私は、この世の不運を全て背負ったほどの不幸だと思えます。なんと哀しい世代。
待ち伏せをしたある日、とうとう私はセージさんを捕まえました。気さくで寛大で知的で。思った通り。私の男を見る千里眼、まんざらじゃない、なんておごる気持ちを抑えて。ただ潤わせて待っている、奏でられた最良のとき。その瞬間は壊れるなどと考えもつかないものなのです。
セージさんは上手に私の心も体も操って絶頂に導きました。我を忘れると同時に、私は呼吸も閉ざされて。セージさんのごつく太い指が私の首に絡み、だんだんにきつく締め付けていくのです。薄め目を開けて見ると、そこにはぼんやりと微笑んでいる顔があったようで。
「僕にずっとこうされたくて、待っていたのでしょ?」
意識が遠のいていく中で、かすかに聞こえてくる声。私はこのまま裸で死を迎え入れるのだろうかとよぎって諦めかけた時、力はゆるんで。咳きこむ背中をなでる温もりに気づきました。
「君はまだ執着を沢山持っていて、真の虚無など、どこにも訪れてやしないのだよ」
セージさんは優しく私に言って部屋を後にしました。
私は下着すら身につけぬまま、玄関まで送って。満開で明日にも花びらを落としそうな薔薇を花瓶から折って、セージさんの胸に飾ってあげました。
油がきれてキィときしむ音をさせて、ドアは閉まります。
携帯の呼び出し音が流れて、恋人は明日教会を見に行こうと私を誘いました。私は大切なものを思って、ただ頬につたう涙を感じてしまうのです。
壊れていく心にとっぷりと暮れながら。私は今日も、明日の生を祈って生きるのです。
【END】
※FILL書き下ろし 2002.7.26
収納場所:2002年07月27日(土)