FILL-CREATIVE [フィルクリエイティヴ]掌編創作物

   
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CREATIVE特選品
★作者お気に入り
そよそよ よそ着
ティアーズ・ランゲージ
眠らない、朝の旋律
一緒にいよう
海岸線の空の向こう
夜行歩行
逃げた文鳥
幸福のウサギ人間
僕は待ち人
乾杯の美酒
大切なもの
夏の娘
カフェ・スト−リ−
カフェ・モカな日々
占い師と娘と女と
フォアモーメントオブムーン
創作物:幸福のウサギ人間

 娘の千香が、袖を引っ張ってせがんで、私はなつかしさに声がつまった。手に持っていたのは小さなウサギのマスコット。レトロな古ぼけた安っぽいお土産品。
 オーバーオールを着て、ポケットに手を突っ込んで微笑む白いウサギ。耳にはピンクのリボンが着いている。

「千香ちゃん、これどこにあったの?」
「あっちー!」
 色とりどりのキーホールダーが並んでいる棚を指差す。

「このウサギね。ママの大事なバッグと同じなの。まだ売っていたんだね」
 わずかばかりのコインをカウンターに残して、ウサギは千香の手におさまる。

 しっとり、胸がほろ苦くなる気分を押さえたくて、千香の手を取り店を出て観光通りを歩いた。エキゾチックな町並みはノスタルジックな気分をよけいに誘う。思い出は押し寄せて、足取りは自然と早まった。

*  *  *

「ウサギ人間だぁ〜」

 良太が、私の持っているバッグを取り上げてクラスじゅうに叫んで走った。
 誕生日祝いに遠出して百貨店で買ってもらった、紺地にうさぎの絵柄がついたそれ。母は、中学生になった私には少し子どもっぽいと渋りながらも、娘のわがままを聞き入れてくれたものだった。

「ウサギ人間〜〜!?何よそれ。良太のばか」

 クラスメイトの中でも良太はいたずらな男の子。私とは横柄なやりとりにけんかばかりしていた。女の子たちは、男ってかわいいものがわからないのよと、慰めて一緒に良太をなじる。その度、胸の奥の方が少し痛くなって。必死にあいづちを打ちながら嫌なヤツだって思って収めた。

 翌日、クラスの男子全部が私をウサギ人間と呼んだ。たいていは、馬鹿にしたりとか、からかったりする時にその名は多く使われて。お気に入りのバッグはもう、学校に持っていかなくなった。良太とも口をきかなくなって、オーバーオールのウサギは家の壁でいつも揺れていた。

 そのまま良太とはクラスが変わり疎遠になったまま、時々心にどこか引っ掛かったまま、時だけは普通に過ぎていった。

 それから数年が過ぎて高校3年生になった暑い季節、良太は突然私の前に現れた。中学を卒業以来、すれ違ったこともなかったのに全然そんなふうではなくて、ただ挨拶をかわすみたいに自然だった。

「おまえ、東京の大学にいくんだろ。俺も今度、行くんだ。東京」
 どこから知ったのだろう。唐突に切り出す。

「これおまえに見せようと思ってた」
 真っ白いケント紙に小間を割って描かれたマンガの原稿。

「おまえのウサギ人間さ、あれ見て俺ひらめいて、マンガ描くようになった」
 
「ごめんな。俺がウサギ人間なんて言ったから、おまえあのバッグ持ってこなくなったよな」
「やだ、そんな昔のこと」

 やんちゃで意地悪だった良太から飛び出す素直で率直な言葉たち。私は戸惑っては、台詞を失う。

「あの後さ、雑誌とか探して、あのウサギ研究したんだ。俺」
 
「それから、苦節5年。やっと俺のウサギができた。お話つけて漫画にしたら入選したんだ。それ」

「うわぁ、凄いんだ良太。才能あったのね。それで東京なの?」

 つられて私も無邪気になって、固い紙のページをはしゃぎながらめくった。

「あのさ、俺たち東京でつきあわない?」
 やっぱり唐突に、良太は言う。

「驚かせないでよ。私まだ、悩んでてどこの学校にするかも決めていないのに」
「じゃぁ、がんばって東京の学校受かれよ。俺、待ってるから、あっちで」

 先を行く男の子って、どうしてこんなにひたむきなんだろう。羨ましいくらいに。夢を持って弾む姿が眩しく映る。私は驚いたままのふりをして、あいまいに誤魔化した。

「ウサギ人間ってさぁ、おまえ名前が嫌だったんだろ。俺的にはかなりいけてたんだけどなぁ」
 苦笑いしながら良太は言って、
「だから、格好良く名前変えたんだぜ」
「何よ、英語にしただけじゃない。ばか」
「変わってないなぁ。おまえ…」

 軽口を交わしながら二人は和んで。幼い過去ではなくなった時を喜びあった。

*  *  *

 賑やかな通りを抜けて、小高い丘に続く道を千香と歩く。
「あ、ママと千香が着いた!」
 上の方から、健太の声がする。夢中で駆け降りてくる足取りは危なっかしくて。
「おい、転ぶなよ〜」
 後ろから父親は声をかける。

「ねぇ、そのウサギどうしたの?」
走ってきた健太は嬉しそうに千香の手にあるそれを欲しがった。

「あ、みつけたんだね」
「なんだ、あなた知っていたの?」
「まぁね。だからこの町で個展を開きたかったんだよ」

 良太は、東京に行ってほどなく漫画は成功しイラストも描くようになって、今ではウサギ描きの覇者と呼ばれて個展を開くまでになった。

「先生、そろそろ会場の準備ができましたので」
 アシスタントの子が呼びに来て、私たちは家族4人、観光地のはずれの小さな美術館の入口に足を向けた。

 子どもたちは、はしゃいで駆けていく。私は父親になった良太の手をそっと握ってよりそって歩いた。

 風になびいてウサギの絵のポスターは揺れる。その横には柔らかい文字で書かれた看板。

『幸せな らびっとぱーそん展』

 良太は素早く私の頬にキスをして、素知らぬ顔をして先を行く。二人は拍手に包まれたフロアーの扉をくぐり、ウサギいっぱいの幸せを感じて、ほんのり心を赤らめた。

 目の前には小さく揺れるウサギ人間のマスコット。いたずらな人生の演出。私は、ほんの少し感謝してみたい、そんな気分に浸っていた。


【END】


※大好きならびちゃんへ、感謝をこめて。2002.7.13


収納場所:2002年07月13日(土)


 
 
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