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[フィルクリエイティヴ]掌編創作物
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創作物:温度差の絶対値(交路)最終章
温度差の絶対値(往路)
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温度差の絶対値(復路)
から先にどうぞ
誰もが誰かと支えあって生きている。どんな孤独にさいなまれ、打ちひしがれていても、人は頼られずにはいられない。また頼っていなければバランスを失って、立つこともおぼつかない。もしも孤独が、一人ぼっちで生きていける道を育むなら、どんなにか救われるのにと思う。そんな世界は寂しいだけの塊だけれども。
裕樹の側にいたい、と彼女は思う。二人で得た喜びも悲しみももう、体の一部になっていた。何故、恋は、方割れの不在というそれまでの当たり前を、一夜にして人を不具者にしてしまうのだろう。心は冒されていく。裕樹がいなければ、呼吸の仕方さえ思い出せない。脳の指令塔はすべての権限を恋に委ねてしまう。無責任な欲望たち。失うことが怖いから、失って試す。生き延びる選択とは生きるほど残酷になる。
信じる愛は、たやすく見つけさせない。永遠の楽園をさまようように探し歩いて流浪に費やす。あてなどないとわかっていても、諦める術を忘れて、ただ探し続ける。横たえて休む体は、宿った愛情を知ってまた先に進む。頼られて片割れにあふれ出す愛情を注ぐために。
彼女は公園で裕樹を待つ。彼は時間には正確でこの3ヶ月一度も待ち合わせに遅れたことはなかった。彼女といえば初めて過ごした夜も含めて裕樹を待たせなかった日はない。でもその日だけは時間よりも随分と早くに着いて、ベンチに座って待った。決めなければならぬ夜を意識せずにはいられなかったから。
前の晩に散々だめな理由は討議した。そんな不毛な消耗は彼女の好みではない。どんなに言葉を重ねたところで行き着く先は、いかなる操作でも操ることなどできやしないのだから。
肩を揺らして歩く姿が好き。どこから見てもすぐに裕樹だと彼女にはわかる。何故そんな癖まで覚えてしまうのだろう。一緒にいた間には歩み寄れる余裕すらなかったのに。双子のように通じ合う心を思う。理解と不理解の交互。何故、離れていくのだろう。何故出会ったのだろう。
支えあう想い。
裕樹は彼女の手をとった。左側の道と、右側の道。交わったひとつが二人の先に続く。
「いつまでも続く隔たり。遠く、深い溝。埋めていく術などみつからない。冷めていく心と温める心は双璧。温度差の両端に僕たちはいる。でも想いはひとつ。僕たちは求めあっている。
埋められない溝を、埋められないままでも、一緒に歩む道はどこからでも続いている。僕は君といつまでも一緒にいたい」
固く閉じた心は溶けて。距離は逆転を拒まない。深い溝は想いの深さに比例して、温度をつかさどる。
長い一本道はたよりなく続く。行ってきたはずの帰り道なのに、心もとなく足下を危ぶませて、交わって重なり、また、歩んで。足跡の多さにその幅に気付く。道はどこまでも、果てまでも、交差を重ねていく。
求めあっている。支えあう想い。
信じていよう。ひとつひとつを、積み上げていく理解。長い距離の先にある交路。その交わりを知った時、いつまでも関わっていくのだと、信念は生まれる。
裕樹は彼女を抱き寄せる。いつまでも一緒にいよう。温もりが移って言葉はこぼれだし、永遠の愛を誓った。永遠など遠い世界だと思いながら、彼女は長い長い口づけを受け入れた。
温度差の絶対値は、冷たくとも、熱くとも、恋する思いに最大であり続ける。頼りあい、支えあい、孤独は侵食されていく。
【END】
※FILL書き下ろし2002.7.4
収納場所:2002年06月28日(金)