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[フィルクリエイティヴ]掌編創作物
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創作物:一緒にいよう
この人とずっと一緒にいようと思った。どんな不幸が訪れようとも、離れずに側にいようと決めた。そんな覚悟で始めた二人の生活。少なくとも私はね。
生活に変わってゆく時、甘い戯言は避雷柱に堕ちるように地に吸い込まれていく。1年後には顔をあわせれば喧嘩ばかりになった。つまらないことばかりの。
靴下を脱いだまま、放ったままに寝てたから不機嫌になるとか。アレの時、キザな台詞に思わず吹き出したからってむくれたとか。買ってくれたプレゼントを喜ばなかったから口をきかないとか。くだらない争い。
だって私は私だもの。そんなの怒られたって仕方ない。嫌なら他あたってくれれば良かったのに。どうして私を選んだのよって言いたくなる。結婚を決めた時にこんな私を見抜けなかったのは見抜けない本人のせいだ。私を責めたって困る。
なんで一緒にいるんだろうって考え始めるようになった。別れる選択はそんなに難しいわけではなかった。子供もいないし、私は仕事だってしているし、たった紙切れ1枚のこと。私がもう1度人生の決断をすればいいだけ。あんなに固い覚悟で挑んだ決心を壊してしまえばいいだけ。
実際、最近はもう家を出て行くって、彼の口からは頻繁に吐き出されるようになった。最初に聞いた時はそれは少しはショックで覚悟なんて私だけのものだったと知らされて落ち込みもした。だけど、今ではそれも仕方ないと思っている。あとは勢いさえついてしまえば良かった。一緒になる勢いと別れる勢い。終わりにさせるための労力は始めることの数倍パワーがいる。それすら計算できずに人生を決めたのは私の罪だ。
心の隙はすぐに見つけ出されてしまう。このごろ、それとなく近づいてくる男の人が増えたのは、きっと私が欲していると見てとれるのだろう。できることなら誰かにここからさらって欲しかった。未知の世界に連れ出して欲しいと願った。自分で決められない決心を誰かに後押しされたかった。
危なげな妄想は自分を試す。試されて亮は私の前に現れた。
楽しかった。夫といるよりもずっと。感性が似ていて好きだった。救世主なのかとさえ思って、ときめいて胸を弾ませた。
何を期待していたというのだろう私は。簡単に手に入るとわかっていた。飲みすぎた夜に、どうせ夕食は作れない。終電に間にあえば良かった。誘いやすくなるように、私が空気を整えた。もう立ち止まってはいられなくなるように。
亮は私のブラウスのボタンに手をかける。柔らかい手が私の肌に触れてそのまま意識を失ってしまおうかと思った。耳もとでささやきが聞こえる。
「昼も夜もずっと君とこうしたいと願っていたよ」
ここは現実ではないと、錯覚にくるまってしまいたかった。なぜだろう。そんな時に夫のセリフが浮かんでくる。
『夜の君はすごく好き。昼の君はもっと輝かしい。
脱いだ靴下をそのまま、朝に引きずらないでよ。台無しだ。
せっかく、楽しませたいのに笑うなんて最悪。
これでも僕なりに選んだんだ、もっと喜んでくれたっていいだろ。』
涙が溢れてくる。どうして?幼な子のように声を出して泣きたくなる。
亮の手が止まった。
「どこか、痛くした?」
「ごめんなさい。できない」
私は急いで身を整えて、強引に亮の手を降りほどいて逃げた。逃げて泣きながら走った。まだ私にも良心など残っているのか。情けない。虚しさは包まれて柔らかく、淡く、はかなく移りゆく。
二人の生活の扉を開けた。先に帰っている夫は不機嫌に言う。
「あいかわらず勝手気ままなご帰宅だな。うちの奥さんは。味噌汁しかつくれなかった晩ごはんですけど召し上がりますか」
「食べたい。その前にあなたのことも」
驚きと落胆を表情に滲ませ、言いたげに口ごもる夫にしっかりと抱きついて、私はキスを誘う。
きっとこの人とずっと一緒にいるだろうと思った。どんな不幸が訪れようとも、離れずに側にいるのだと。
地に吸い込まれて、もっと深くに愛の在りかは潜んでいて、もっと遠くに真実は隠れる。目をつむってできる闇に、決心は揺るがない。くり返して、何度もくり返して光と闇は訪れるのだ。恐れずに歩んで、見えなくても不安でも信じた道はどこにも逃げ出さない。
愛してると夫に言ってみる。彼は抵抗もせずに僕もだよと応えた。夜は深く身を委ねてふけてゆく。
※2002.5.19 FILL 書き下ろし
収納場所:2002年05月17日(金)