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[フィルクリエイティヴ]掌編創作物
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創作物:ティアーズ・ランゲージ
こぼれ始めた涙は、高揚へのエクステンション。激しさは想いを増して心を募らす。想い深く最深まで行って埋もれたい。心熱く最昇まで行って果てたい。泣き出してしまえば体に残るものは熱だけ。愛を語る饒舌な涙は正直。それ以外の言葉はいらない。
* * *
ジェイといるときのリリカは大抵は泣いているか、抱き合うかそのどちらかだった。
そのどちらも、ジェイの愛する切ない声であったことには変わりなかったから、できるだけ自然に優しくリリカに触れるようしていた。なぜ泣き出すのかは分らなかったけれど、泣いていた後の彼女はいつも輝いて甘かった。だからジェイはそんなリリカを、もっと沢山甘くさせようと体を使った。
「ねぇ、リリカ。女の子を泣かす男は大人にはなれないって、僕は子供の頃に教わった」
何度目かの高揚の後にジェイは言った。
「それなのに、僕はいつも君を泣かせている。僕は一人前の男ではないのかもしれない」
「ジェイ、あなたが何か犯したのではないのよ。私はあなたを知った時から、しっとりと水を含んだジェルのような体になった。そう、ブランデーをたっぷり含ませたスポンジケーキのように。果肉が赤く染まった熟れたフルーツのように。いつも体から水分が満ち足りて溢れ出している」
「ジェイ、あなたは一人前の男ではない。けれども私を潤わすのには充分に足りている人」
リリカは吐息でジェイに返した。それだけで良かった。やはり言葉はいらないと思った。
そんなリリカが、ある時から泣かなくなった。泣かなくなった頃には、もうリリカはジェイと一緒に暮らしていた。
「ねぇ、どうして最近は泣かなくなったの?それは僕と暮らすようになって、安心したから?」
リリカは微笑んで、答えなかった。笑って陽気な話をしてジェイを和ませた。涙はどこからも流れなくなった。
「ジェイ、私はあなたと紡いでいる時間が好き。いつもいつもそこに浸っていたい。そう思うと体が潤んだ。涙が止まらずにあとから、取り留めもなく私を濡らした。でも、私はもっと貪欲なことに気付いたの。もっとあなたが欲しくなった。もっと、熱く満たされたくなったのよ」
リリカは心の中だけで叫んだ。ジェイの耳には届かないように。
それからのリリカは仕事も辞めて、家に隠るようになった。一日中パイを焼いたり、パッチワークをしたり、ガーデニングに勤しんだりして、日々を過すようになった。ジェイが帰る頃には家中を温め、夕食の美味しい匂いを充満させた。ジェイは今度は、いつも空腹を刺激されながら彼女と過した。
もう、リリカは涙を流さない。でも、ジェイは彼女との夜を変わりなく過すよう努めた。贅肉で出っ張った腹はよけいに邪魔をして困ったけれど。
ある朝、リリカはジェイのもとからいなくなった。大切にしていたパイ型もお手製のワンピースも皆、置いたままで家から出ていった。ジェイはひとりぼっちになって、体の全てが抜け落ちてしまうくらいに泣き通した。夜になるほど涙はジェイを震わした。もう、しっとりとしたブランデーケーキではない。体の水分を全て絞りきってしまうような涙。枯れ果てるまで止むことのない渇き。
ジェイは知った。泣くことがこんなにエネルギーを費やすのかと。ジェイの体はみるみるシェイプな見栄えになって、出っ張っていた腹は凹んだ。
* * *
こぼれ始めた涙は、高揚へのエクステンション。激しさは想いを増して心を募らす。想い深く最深まで行って埋もれたい。心熱く最昇まで行って果てたい。泣き出してしまえば体に残るものは熱だけ。愛を語る饒舌な涙は正直。それ以外の言葉はいらない。
ジェイは一人前の男になった。リリカはジェイにやっと満たされたのだった。
TEARS LANGUAGE.
2002.5.3 FILL書き下ろし
収納場所:2002年05月03日(金)