FILL-CREATIVE
[フィルクリエイティヴ]掌編創作物
|
top
|
guide
|
creative
|
story
|
mind
|
bbs
|
mail
FILL since 2002.4.26 ME All rights reserved. This site is link free.
CREATIVEインデックスへ
CREATIVE特選品
★作者お気に入り
★
そよそよ よそ着
★
ティアーズ・ランゲージ
★
眠らない、朝の旋律
★
一緒にいよう
★
海岸線の空の向こう
★
夜行歩行
★
逃げた文鳥
★
幸福のウサギ人間
僕は待ち人
乾杯の美酒
大切なもの
夏の娘
カフェ・スト−リ−
カフェ・モカな日々
占い師と娘と女と
フォアモーメントオブムーン
創作物:桜道はweb坂の列車で(2)
「今、この瞬間を逃してもチャンスは再び巡ってくるだろう。だから嘆かずにいよう。見えない距離が今、近づいたのなら。」
列車に飛び乗る前に私は暁にメールを送った。
もしも、私が時代の男で猛者だったなら、女をすぐさま押し倒しその唇を奪って、有無をいわさず自分のものにしていただろう。そんな妄想がいつしか心に渦巻いていた。
もしも、時代の女として語るならば、男に恋い焦がれてその胸に抱かれる日を夢見、幾夜も濡らすままに体を火照らせているだろう。そうやって、いつ床に忍び入ってきても愛を交わせるに足りる準備を、いつの間に私は怠らずに過してきたのだろう。
平安の時代に、恋文だけで恋愛の高揚感を得られていた事実に、それもまんざら不自由な時代の戯れ言だけではなかったと納得した。
むしろ、互いの期待と想像力だけに、和歌だけで繰り広げられる愛の交換こそ、最高級の演出とさえ思った。今の時代のほうがリアルという名の下によほど不自由が多い。
暁と交わしたメールの数は、もう100はとうに超えていた。携帯でのやりとりも含めたら、おそらく300近くにはなっていただろう。半年でそれだけの数なのだから、むしろ少ない方かもしれない。
何故に知り合って半年近くも実際に私たちは会ってこなかったのか。そのわけは簡単だった。互いの居住区がいわゆる遠距離だったので、容易く会いに行いける環境ではなかったからだ。それでも、週末にでも会おうと思えば会える距離ではあったのだけれど。
それより、理由と言うべきに近い実際の心情は他にあった。距離感を超えた出逢いなど物語りの中だけの架空の出来事のようで。実際の生活の中でまさか自分の下でそんなチャンスに見舞われようとは思いもしなかった。現実だと自覚するまで、漠然と時が過ぎていた。
だって、考えてもみて。好きになったところで、熱い包容が返ってくるわけでもない。手を握りしめあって気持ちが高揚していくでもない。愛するものの温もりを感じぬままにその瞬間に隣に居合わせなくて、何故に愛を進展させることができようか。
もし仮に愛の対象者が不在のままで恋愛の進行を確認できたとしてもいい。でも、その熱を肌に移す行為なくして想いの持続などできやしない。遠距離恋愛?そんな言葉は私には戯れ言にしか聞こえていなかった。そう、暁と知り合うまでは。
愛とは、ただ浮遊する不確かなもので、その存在にだれもが実態をつかめずにいる。だから、皆、必死に五感を研ぎすませ愛の値を測ろうと足掻いているのだ。
例えば、切なさに見つめて潤う瞳。心臓が高鳴り紅潮していく毛細血管。愛する人の匂いを感じるだけで胸の奥の方に何か詰まったようになる痛み。それら恋のスパイスの甘くほろ苦い絶妙な味わいに魅了されて愛の値は見い出されていく。
五感を駆使して彩られる恋はごちそう。わずかな吐息で三ツ星シェフも及ばない最上級なソースに仕上がる。優雅な手さばきで芸術作品のごとく豪勢な盛り付けを完成させる。
私はそんな恋の手練手管をこよなく愛していた。紡ぎあいこそ最強の贅沢で、究極だと信じた。
でも、それは五感をフルに活用させずとも想像力という感性が加味されるならば、充分に足りることだった。
※初出 2002.4.5「さと本」より、「あなたと出逢えた空間に」を加筆。
収納場所:2002年03月19日(火)