FILL-CREATIVE [フィルクリエイティヴ]掌編創作物

   
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CREATIVE特選品
★作者お気に入り
そよそよ よそ着
ティアーズ・ランゲージ
眠らない、朝の旋律
一緒にいよう
海岸線の空の向こう
夜行歩行
逃げた文鳥
幸福のウサギ人間
僕は待ち人
乾杯の美酒
大切なもの
夏の娘
カフェ・スト−リ−
カフェ・モカな日々
占い師と娘と女と
フォアモーメントオブムーン
初 出:LOVER'S BRAIN(3)理由


 SANAは言った。
『私は、歌を歌うために生まれてきたの。誰かが隣で感動している。誰かの心が叫んでいる。そんな瞬間に出くわした時、私は歌わないではいられなくなる。

心が震えた感動を私は歌で表すことができるから、どうにか溢れる思いに溺れないで生きていられる。もしも私に歌を無くしたら、きっと感動の膿に体が冒されて今を生きることさえできないだろう。呼吸することもおぼつかずにその場に立ち尽くして、真っ暗な闇から這い上がれずにいただろう。人は感じないでは生きられない。また、感じ過ぎても生きられない。

 もしも感じ過ぎる心を持って生まれ出た子どもは、その感性を紡いでいかなければならないのよ。私の歌に課せられた大きな使命のように、それを背負って幸福と思う。なぜなら、それは人の心を動かすことのできる特権なのだから。私が誰かの想いで心を震わしていられたように、私は誰かを、あなたを震わすことができた。

 けれど、この身の丈にあわぬ心を抱きながら私たちは時に途方に暮れる。

 生きるために課せられた心の枷を背負って。
 移り変わる時の逢瀬に、今、感じ入って変わりゆくことを選ぶ。

 私たちは出会うべきして出会った運命なのだと、何も言わずとも知ることができたのだから。』

 俺は当然、SANAをアパートへ連れ帰るつもりでいた。できればSANAのアパートに行けるなら、その方がもっと好ましかった。

 今日が土曜だから、夕方には俺の家には美幸が来ることになっている。好んで修羅場を選ぶやつなどいない。何か口実を考えて美幸の訪問を食い止めなければならなかった。罪悪感がないと言えば嘘だ。3年のつきあいになる美幸との穏やかな空間を消すことなどできない。けれど、今、SANAと分かち合う時に嘘はない。多分、俺たちは同じ心を持った、同じ傷に痛みを癒す同志だ。温もりを分かち合わないではいられない使命であるならば、SANAが語る通りに俺もそのままを受け止めたい。俺たちは出会ってしまい、お互いの信号を言葉を必要とせずに受け止めあえたのだから。

 俺は思う。ずっとこの時を待ちわびて、殺伐とした今に身を投じて生きていたのだと。この身を持て余す想いを、誰かに気づかせたかった。知らしめて、なおすべてを許す場所をこんなにも欲していたことを知った。   
 SANAの歌はまさに、その叫びそのものだったのだ。こんな出会いをなぜ、今手放すことができるものか。

 今すぐにでもここに押し倒し全てを共有したって俺は構わない。俺たちは今、それを欲しているはずなのだから。

 しかし、SANAは結ばれることを拒んだのだった。



収納場所:2001年11月18日(日)


 
 
  フィル/ フロム・ジ・イノセント・ラブレター  
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