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[フィルクリエイティヴ]掌編創作物
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理由は単純だった。
SANAは午前中にスタジオに行かなければならず、これから帰ってシャワーを浴び、2〜3時間仮眠したいと言った。昨夜ステージを飛ばしてしまったのだから、今日はどうしても歌わないわけにはいかない。これを蹴ったら職にあぶれてしまうから頼むと、詫びた。
熱い感情を抑えて渋々帰らざるを得なかった。俺もSANAから歌を無くすことなど本望ではないのだから。でも俺は男だ。こんな忍耐はたまらない。今晩おそらく美幸を抱くだろう。SANAとこんなに結ばれたいと火照った体とは裏腹に、違う女を抱くことができる。それがモラルにかなわないことだとはわかっているが、そのときの自分に従わない方が、俺には健全なことではなかった。
もしかしたらSANAは、そんな内心を察して、あえて避けたのかとも思う。これだけ感性が通じているのだ、俺の小さな嘘くらい見透かしていたのかもしれない。傷を生むであろう危険を察知し、前もって回避する道を選べるようになるのは、生きて行く中で覚える経験の値に等しい。今、これが割りきった感情でない以上、関わるほど傷つくことは目に見えていた。SANAもまた、感情をコントロールする術に迷って、きっと幾度かの辛酸をなめて、その傷の行方を十分に知っているのだろう。その臭いを感じ取れるのだろう。
理性という説教に感情は上手く説き伏せられて、たいていの日常の些事は穏便にやり過ごすことができる。本来は、恋愛の趣きにまでその手法を用いることを俺は好まない。が、しかしその激情で多くを傷つけてきた。同じ轍を踏まないことが経験で成せる技なら、俺とSANAは結ばれるべきではない。言わずと知れた得策だ。
そんな理屈に感情がねじ伏せられるなど、若い自分だったならなおさら許せないほどに暴走しただろう。現状を理解し、前後を読み、的確に動くという判断が恋愛感情においてもできるのは、年齢を重ね、経験を踏んだ賜物。喜ぶべきことなのだ。
朝やけに染まりゆく早朝の電車の中で、浅い眠りに誘われながら帰路をひたすらに過した。
翌日、SANAの何ものも聞いてなかったと気付いた。住所などはもちろん、携帯ナンバーもアドレスもふたりは何も教えあわなかった。俺はSANAの所在を知らない。SANAも俺の所在を知らない。
昨日はすっかりどちらかのアパートに辿りつくまで、ふたりの時間は続くものだと信じていた。突然に快よさを断ち切らなければならなくて、すっかり意気消沈した自分にしか気が回らなかったのだ。なんと、滑稽な失態。
あの店で落ち合うことでしか今俺たちには接点がない。いや、俺があの店に出向かなければSANAは俺に会う手段すら持っていない。
そこまで考えて、たまらない不安に襲われる。なんと、滑稽な執心。
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収納場所:2001年11月17日(土)