木の芽通り
DiaryINDEX|will
「ににん」という雑誌で岩淵喜代子氏が、石鼎を書きはじめた。 氏にとって、石鼎は師の師にあたる。
生前どんなに名があった俳人でも、死後、誰も語ることがなければ、その人は忘れ去られてしまう。それは師系においても同じである。 だから、弟子は師匠を語る義務がある。
だが、弟子は決していい”作家論”は書けない、と言われる。 時に冷徹な眼を以って探らなければならない作家像。 直に接してきた師に関して、その眼を曇らせてしまうからである。 師匠が亡くなって10年は書けないはず、とも聞いたことがある。
それでも、師系は語りつがねばならない。 だからこそ私達は、師の師を改めて学び、書き残す必要があるのではなかろうか。 最近そんなこと思い始めていた矢先の岩淵氏の執筆。 とても楽しみである。
ふ〜、やっと更新。
|