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◆ 2003年02月08日(土)
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銀行で働いていた頃の話 1
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学校を卒業してから銀行に就職した頃はバブル絶頂期だった。 だけど導入されている機器系は、今と比べれはあまりにお粗末。 毎日朝6時半に起きて7時半には支店につき 先輩方が来るまで掃除し仕事が出来る準備をする。
月の中で忙しい日は月末月初と5飛びの日。 そんな日は昼飯抜きで仕事をする。 3時を過ぎても電信の打ち込みで20分までは戦争のような状態だ。
それが終われば文書為替のメール便がやってくるのでそれまでに 仕上げをしなくてはならない。
本格的に息をつけるのはその後、4時くらい。 とはいえ残務は大量にあるので15分くらい給湯室で立ちながら おにぎりをほおばり、また仕事。 帰るのは大抵9時、忙しいときは10時11時。
疲れきって耳鳴り頭痛を抱えながら帰ってくると風呂に入り 晩飯も食わずに布団になだれ込む。
この時はさすがに痩せた。 朝飯も食わなかったし晩飯を抜くと、昼メシしか食わないわけだから 当然だけど、40kg切りそうな勢いだった。
帰りの電車で座っていると睡魔が襲ってきて うしろにゴチンと頭を打ってはっと我に帰るなんて繰り返していたり、 ぼーとしていて気がついたら降りる駅をはるかに通り越して 終点まで行ってしまったこともあったり。
疲れきったサラリーマンオヤジそのまま模倣したかのようだった。
入行してすぐにこの状態に陥ったので、母が私に隠れて 本店に怒涛の抗議の電話をしたらしい。 後から聞かされて恥ずかしい思いをしたけども、 思えば、女性行員を夜の7時を過ぎて働かせるのは 規定に反する行為だったので支店ではそんなに遅くまで 働かせている事を内密にしていたし、 夜の7時を過ぎればカーテンをきっちり閉めて明かりが漏れないようにし、 残業手当も当然ながらでない。 入行して1ヶ月は5時退社が規定だったので、他の支店では 男も女も当然ながらみな6時には帰っている。
それが右も左もわからない状態で遅くまで働いていたのは 新人では私だけ。 そう聞けば私の母が抗議するのももっともだと。
とはいえ、同じ支店では女性の先輩方も当然同じ条件で働いているのに 新人だけが優遇されるのは、私の立場がない。 結局、私の母の抗議は乳離れしていない過保護な新人として レッテルを貼られるだけの 行為にしかならなかったのだけども。
話が外れるけど、母が怒るととても怖い。 怒涛の抗議がどれほどのものだったか想像すると 少し愉快だった。
つづく。
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