福知山線の脱線事故についていろいろ考。
確かに私にもダイヤ通りに動くのが当然と思っているところはあって、 実際乗り換え案内とかチェックして動いてたりもする。 海外では時刻表はあってないようなものだろうが、日本人の性質として、 こういう状況が悪いことだとは決して思っていないけれど。
今回の事故で驚いたのが、こんなにも個人の能力に頼っていたものなのかと。 ある程度、スピードにしろ何にしろ制御されているものだと考えてたから。 一番は23才の運転手のスピードの出し過ぎが主な原因とされている。 それに至る心理的な要因もいろいろ出されている。だけど、だけどね。 やっぱそうは言っても私は、この運転手の想像力の欠如が非常に腹立たしい。 カーブの手前で減速しなかったらどうなるか、その直前で急ブレーキを かけたらどうなるか、そんなことどんなバカでもガキでもわかると思う。 手前の駅でオーバーランして、そこでかかった時間を取り戻すため? 日勤教育が嫌だから次に定刻に着けばそれから逃れられるかも? だいたいそんなことでスピードを出したんだろうと思う。もうその時点で 自分にふりかかるやっかいなことについてだけしか考えてないよね。 懲罰的な、日勤教育なんていう非人間的なJR西日本の指導法が間違っている ことは百も承知で言うけど、この運転手が今この時に何を優先させるべきか ということを判断できなかったということだと思う。運転歴が未熟だとか 何だとかそういうこと以前の問題。たまたまそれが大事故に繋がったという ことで、特別なことではない気がしてしまうところがとても恐ろしい。
最近、若者達(こういう言い方ってオバサンちっくで嫌なんだけどね)に 感じてたこと「想像力の欠如」がここでも言えると思う。これをやったら どうなるか、これを人に言ったらどうなるか、例えば、そういう様なことを 平気でわからないと言う。やってみないとわからないと言う。というか、 何も考えないでやってみたりして、そしてその後に後悔したりしている。 言わなくてもわかるだろ...という暗黙のルールみたいなものが、どんどん 崩れていて、そういうところをふまえての話ができない。一体いつからこう なったんだろうと思う。そして臨機応変ということができない。例えば 上からの決まり事があったら、それを守るために盲目にそれだけを守る。 今何が必要なのかということを自分の頭で考えられないで、例えばそれで 失敗すると人のせいにする。主張はするが自分のケツを自分で拭かない。
話はズレたが、もちろん運転手だけのせいではない。それはもちろんない。 会社の体質にはかなり問題があって、結局死人が出ないとわからない。
運転手各々の資質的&技術的な問題を問題にしないような、ソフト面と ハード面の対策を早急にするべき。一番下のレベルに合わせるべき。
亡くなった方やその家族の今後の人生を考えると胸がつまって言葉が無い。 その背後には何倍もの哀しみが溢れている。誰が悪かろうが戻らないのだ。 命が助かった方でも、治療でやむなく両足を切断した方もいるそうだし、 精神的ショックで電車に乗れなくなる方も、マンションに住む方も全て…
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