あいつとあたしが一緒に勤務になることが増えてきた。 彼が合わせているのか、たまたまなのか。たぶん前者だろう。
「帰りに話して行きませんか?」 「何を?」 「いや、語り合いたいなぁって」 「暇だし、いいけど。」
彼の車の中で、仕事のこと、学校のこと、親のこと、色々とりとめも無い話を繰り返していた。 「きょうのあなたは、なんだかつらそうでした。何かあったんですか?」
昨日、だんなが会社に退職届を出してきた事を、確かに仕事中、何度か考え込んだりした。でも、そんなの気づかれたりしない程度のはずだ。
「別に、いつもと一緒だよ。」 こいつは、何で私の考えていることを読めるんだろう、と不思議に思ったけど、嫌ではなかった。 むしろ、嬉しいくらいだった。だから、あいつはあたしに暇なら話して帰ろうと言ったのか。気を紛らわせるために。
「ならいいんですけど。嫌なことあったら、何でも話してくださいね。」 無邪気に笑う彼に、また苦しい切なさを覚えた。 でも、今回はその切なさは自分の気持ちを知り始めていることも含めて。
ずっと疑問に思っていた事を聞いて見ることにした。 「私が、結婚している、子供もいる主婦だって言うのは分かっているよね?何でそれで好きだとか言えるの?無理だなとか思わないの?」 「俺、去年の9月から、ずっと見続けてきたんです。もちろん、葛藤しまくりましたよ。友達にも相談しました。たいてい、相手にされないよ、って言うのと、やめろって言う意見でしたけど。でも、好きだって言う気持ちは結婚しているとかそういうの前提で起こるものじゃないでしょ?」
結婚していると言う事実を前提として、人を好きになるとか、ならないとかあるわけない。確かに正論だけど。 でも、一般常識から考えて、結婚している人を好きになるって言うのはどんなもんなんだろうか。 そんなことを、もやもや考えていたら、 「あなたは、好きになってくれないかもしれない。でも、俺はきっと、ずっとあなたが好きです」
あたしは。彼のこと、好きじゃないのか?いや、違う。きっと、あの観覧車の後から。ずっと気になる存在になっていた。そして、今の気持ちは。
もうひとつの疑問。 「なんで。どこがいいの?あたしの。顔だって十人並みだし、性格は男勝りできついし。あんたにもしょっちゅう、毒吐いているじゃない?」
「普通の女の子は弱い所を女の武器として 最大限に生かして使って、裏では凄く強かったり 男をばかにしているところがあったりするのに、あなたは逆で、男なんかぜんぜん見下してるって言う風にしているのに 本当は怖がりで、弱くて、一人でも平気って人を寄せ付けなさそうに 振舞っているのに実は一人が大嫌いなところを隠そうとする 部分と、空気です」
「空気?」
「はい。あなたがいるだけで、俺の中では空気が違うんです。二人でいてもみんなでいても、あなたがいるだけで、何か空気がちがくて、幸せな気分に慣れるんです。その空気がいつも傍にあったらなと思い始めたのが、気になり始めたきっかけですね」
すごく、喜んでいいような、感動していいような事をいわれている気がした。そして、そんな風にあたしを分かってくれている、彼をいとおしくも思えた。なんだか、涙まで出てきそうだ。
「あたしは。何もしてあげられない。もし、きみが、寂しくて悲しくてどうしても一人でいたくない時に、あたしは、家庭の事情とかでかけつけてあげることが出来ないかも知れない。きっと、あたしたちは与えてもらうだけ、与えるだけの関係になってしまう。あたしは、きみのことが、好きだけど」
一瞬間があって。彼のいつもの無邪気な笑顔があって。
「何か、今俺、死んでもいいかもしれない。」
あたしたちの関係は、ここから始まった。
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