行動ログ。

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2002年12月23日(月) 微温湯の生活。

なんだかせつない。
漢字で書くよりも平仮名で書いた方がしっくりくるような感じ。
やまじえびねさんの漫画を2冊、買ってしまった。

どちらもセクシャルマイノリティを扱ったものなんだけれど、淡々としててこういうレンアイも普通なんだよって綴ってあるように感じた。
私の周りだけじゃなく、みんながそう思ってくれればいいのに。
周りの目を恐れる気持ちはやっぱり私の中にもあって、学校で会う友達には私がバイセクシャルであることなんて積極的に言おうとは思えない。彼らは私が『皆と同じように』ヘテロであることが当然だと思っているから。
誰もが嫌悪感を覚えるなんて思ってはない。でも色々と不都合が生じるだろうとは容易に想像がつく。
だからこそ最初にカムアウトの場としてネットを選んだわけだし。ここだったら嫌ならもう来なくなるだろうし、面識のある人たちも冷静に聞いてくれるかなと思ったから。
声に出して言いたいっていうのはエゴだと分かってる。
ただちょっとでも楽になれれば、って。

私はこれまで付き合ってきた『彼』や『彼女』たちにとって、常に『女』でありたいと思って一緒にいた。よく男の子みたいな格好をしてることなどは関係ない。それは単に自分に似合うものとか着たいものを選んだ結果がそうなっただけで、男に見られたいとかいう気持ちは全くないからだ。
そして相手のことをその人が認識している性別で、認めたいと思ってきた。相手が男性ならば彼を、女性ならば彼女を、イレモノよりも中身を。

別にペニスを挿入するだけがセックスじゃないし、こうあるべきだっていうマニュアルなんかない。当たり前だと思われてることに囚われると苦しい。
高校くらいまでは同性に対しても性欲を覚えるということがとても大きく感じられて、皆と違うんだって肩肘を張っていたように思う。
実家を離れて、一気に軽くなったけど。
同性と付き合っても異性と付き合っても、結局はひとりの人間と向き合う行為なわけで。どこが『普通』と違うかというと男と女じゃないことがあるってことだけ。何がそんなに不都合なのさ。

とかいうことを駅からの道を歩きながらぼーっと考えてたわけで。
こうして書いてみると、書きたかったことがもっとあったはずなのに忘れてる自分に腹が立つ。やっぱり考え事はペンとメモをいつでも手元に置いた状態ですべきだと思った。

私は今という時間を切り取ったら微温湯に浸かっているような状態だと思ってる。あからさまな嫌がらせもないし生活の心配だってない。多いとはいえないけれど私のセクシャルアイデンティティを理解してくれる人だっている。こうしてとりとめもなく考えたことを不特定多数に伝える場だって持ってる。そして甘えさせてくれる人もいる。

再来年、就職っていう節目を迎えたらきっとこの状況は激変するんだろう。ちょっと嫌だ。不安とかじゃなく、単純に『嫌』
一度手に入れたシアワセ感は、それがいかに子供染みた感情であるかが分かってても、手放すなんて勿体無いと思ってしまうのだ。
アタシはちゃんとした『カタチ』を作ることを望んでない。無くすのが怖い。無くなるのが分かってて、それでも敢えて形を求めるの?
そんなこと言ってたら、一生恋愛できないよ?って言われたこともあるけど。そのとき付き合ってた人に。ちょっと笑えない話。

臆病でずるくてそれでも温かさを求めてる子供なのだと、苦笑。



言いたいことが伝えられずにもどかしい…。
こういうことってやっぱりそれなりに推敲すべきだったのか?(笑)
よう分からんとことか、はぁ?って思うとこがあってもさらりと流してくれること希望。


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斎藤基栄

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