行動ログ。
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まさか講義でここまで衝撃を受けるとは思っていませんでした。 触発?啓発?…啓蒙ではないと信じたい。
入学時からの念願であった『人権』の講義を今年ようやく履修することができまして、昨日その1回目の講義があったんですけど。 なんか重いんですよ。先生の言うことひとつひとつに反応してしまったというか。はっきり言ってしんどかった。 一緒に受けてた友達もほぼ同じ感想。みんなはどうだったんだろう。
途中でぐっときてしまうことも。 感動とかじゃないですよ。どっちかというと吐き気に近いかも。 ムカムカして、一日経ってからようやく落ち着いたくらいですから。
弱者に対する暴力ってものはそれなりに知ってたつもりだった。実際に見聞きしたものだったり本やTVからの情報だったり。最近はそういうものに意識的に感覚を閉ざしていたんだけど、それがまた開放されてしまった感じ。 憤りっていう表現がぴったり当てはまる場面ってなかなかないでしょ。
DVや幼児・児童虐待。就職差別に部落問題。とりあえず身近な人権侵犯問題をざっと挙げてみたって感じだったんですけどね。 やだなぁって。でもそういう感覚を覚えるってことは、まだまだ私も捨てたもんじゃないんだぞってことかな?なんて思ったりもして。 また、向き合ってみるつもりです。 無関心も『逃げ』だろうから。
ひっそりかつての知り合いとコンタクトを取ってみたり。 昔、自分が書いたものを読み返してみたり。 日記とも詩とも言えない、まぁ散文みたいなものを書き散らしてみたり。 そういう気分になったのでした。
昔の自分を知っている人と話すとき、「変わったね」とか「ここは変わらないね」とかそういう客観的な評価を聞けるのが面白いです。一番キツかったのは『世俗化したね』の一言でしたが(笑) モノの見方において、自分の目を通す割合が多くなったっていうか。それは自覚アリ。客観性が薄れたかな、って。 で、脆くなったとも言われ、それはちょっとヤバイだろ、と。
変わらないところは全然変わってないとも言われたけど。 根っこのところは変わってないけど、成長段階で枝ぶりとかがちょこっと変化したって感じなのかな?
できることならば、ずっと成長しつづけたいと思います。 変化は歓迎だけど退化は避けたいのが本音。そりゃ誰でも一緒でしょうけど。
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斎藤基栄
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