大層な事を書いているように思うかもしれないが、実はチンケ - 2004年10月29日(金) 文化祭のときに火傷をしました。 エスプレッソを注ぐときに指を火傷し、そのまま店番を続けたため大きな水脹れになってしまいました。 その水脹れが出来た場所が利き腕の人差し指、第一間接の真ん中。 まるで肉球よろしくぷっくりと膨らんだ水脹れはとても鬱陶しい存在でした。 痛いし、邪魔だし、潰した潰したで後々大変だし。 なので潰さず水が抜けるのを待っていました。 しかし、痛みはすぐに治まり、残ったのは見事に膨らんだ水脹れのみ。 たしかに邪魔な存在ではあるのですが、工夫次第で日常生活になんら支障をきたす存在ではなくなりました。 では潰せば良いと思うでしょうが、それとこれとは話が別。 いまこの水脹れは水が張っている状態での均衡を保っており、いわば小康状態にあるのです。 破った先から痛み出すという事も十二分に考えられ、「痛がり」の私としてはなるたけ痛いのは避けたい。 よって水が抜けるのを引き続き待つ事にしました。 パンパンに膨らんだ水脹れは程よい弾力を持っており、まさに肉球のソレに匹敵していました。 猫を飼っている友人からも「これ肉球じゃん」とお墨付きを貰うほど。 私自身も、無意識に水脹れをさする事が多くなり、一種の精神安定装置のような感じになっていました。 が、しかし。 今日になって、水脹れの中の水が減っていました。 それに伴う張りの減少。 弾力性に富んでいた水脹れが、唯の水袋に成り下がってしまいました。 怪我の回復と喜ぶべきなのでしょうが、すでに私はこの水脹れに愛着が湧いており、 張りの無くなった水脹れをさする度に、言い様の無い物悲しさに襲われるのです。 このまま、中の水が減っていき、ついには何事も無かったかのように消え失せていく。 まるで人の歴史、文明の栄華衰退を見ているようです。 きっとあと数日でこの水脹れは消えるでしょう。 その消える日まで、私はこの水脹れをさすり続け、きっとその頃にはそれが癖になっているはずです。 この水脹れがあったという名残、証明はその「さする」という行為だけになるのです。 だから、あなたの癖は何かの名残なのかも… -
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