私はタナトフォビアかもしれない。
いきなりなんだ、この言葉は?と思われるかもしれない。 タナトフォビアとは死恐怖症という意味である。 反対に死を愛する症状もある。
何度も死のうと思った。 命を断ち切ろうと思った。 消えようと思った。
そもそも、一番古い記憶が親からの心中願いだ。 海に入水するシーン、ガスホースをくわえるシーン。 「一緒に消えよう」と言った母親の言葉はフラッシュバックと共に現れる。
でも、結局。
出来なかった。
死が怖いから。
所詮、この身体など器に過ぎない。 でも、器にとどまっている「私自身」は生きている間だけしか存在しない。
死んでしまえば無になってしまう。 死んでしまえば「私」がいなくなってしまう。
人間、誰しも死に憧れを持っている。 誰しも壁につきあたったとき、「自殺」というコマンドが出現する。 それを選ぶか否かは自分自身だ。
何回選ぼうと思ってきたか。
でも、実行することはできなかった。 実行未遂は数回ある。 記憶のないうちに未遂したこともある。
今も包丁はもてない。しかし、新しい私、本来の私が包丁を止めてくれた。
看護職をやっていたとき、臨終シーンを何度も見た。 エンゼルケアも施した。 器と化した身体をキレイに拭き、綿を入れていく。 やせ細った顔が死に化粧で血色が良くなる。 やせ細った顔が口の中の綿で元気の良かった恰幅のいい表情に戻る。
しかし、もう器でしかないのだ。
グロ画像がときどき出回る。 それを観たところで、救急病院で働いてた私はあまり心を動かされない。 しかし、死は怖い。
死ぬわけにはいかない。
本来の私を見つけたのだから。 夢を見据えたのだから。
死恐怖症は治すことはしないだろう。
文学部よりも心理学部の方へ行ったらどう?と薦められた。 一度オープンキャンパスとやらにいってみなければね。
ネームバリューは気にしない。どこの大学だろうと。 行きたいと思った大学に行く。
ま、受け入れてくれるところがあればうれしいかなって思うくらいかな。
心理学もなかなか深いよね。ちょっと行こうか悩む。
|