| 2003年11月07日(金) |
歩くから、泣かないから、だから |
最近は泣いてない。 異常なくらい止まらないかと思ってた涙が流れない。 布団の中で一人、丸まってアルマジロになることがなくなった。
迫り来る壁に身をつぶされる原因不明の不安とやらが抜けた。 きっと原因が明確になったからだろう。
親がトラウマになってますよ、そう言われたとき。 「やはりな」と思う気持ちと、「まさか」という極端な意見がよぎった。
完璧主義からは抜け出せたと思う。 気を抜けたいときは抜けばいい。 でもまだ気の抜き方が判りかねる。 それは人それぞれだと思うから、じきに判ってくると思われる。
ずっと今まで気の抜き方を知らなかったし、緊張していることさえも、 まったく判らなかった。 反抗期など存在しなかったので、おそらく今が反抗期だと思ってる。
不安はきっと、「しなくてもいい心配」「下手な親切」。
私って不幸でしょ?なんて言いたくも無い。 不幸自慢なんてしたところで何も始まらないし。
自らはオカシイと思う。 気がついたら見知らぬ場所。気がついたら満腹。気がついたら洋服買う。 せまりくるフラッシュバックには薬は無いらしい。 それに襲われたときの対処法が知りたい。
とりあえず今の私は走りすぎ、休めとは何回も言われてるし、書いた。 自らが納得しないと次のステップに進めないんだそうだ。
頭の中の人たちや記憶の欠損についてはまだ、これから。
ようやくスタートラインに立てたような、気がする。
大学は通うつもりだ。高卒(専門学校卒だが)だから入学資格はあるだろ。
小説も書き続けるつもりだ。 コレはつもり、ではなく書き続ける。
ヘンに曲解してもらっては困る。 私は死にたいとここの日記には書く。 しかしまったく現実世界で死にたいとは言ったことがない。 第一、今はもう死ぬ気はサラサラない。 演じてもいない。いや、演じたことも無い。
1999年の期限で切れた写るんです、が出てきた。 そのころの記憶、無い頃だ。 現像できるだろうか。 何が写っているのかさっぱりわからない。 色あせているだろうが、現像は出来るらしい。
見たい、でも怖い。 記憶をすべて思い出すのが怖い。 自分が体験してきたことだというのに。 これは現実逃避といえるのだろうか。 カバンにいつも入っている。 現像、出してこなきゃ、、、、、。
せめて、笑顔が写っていますように。
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