| 2003年08月06日(水) |
No more ヒロシマ、No more ナガサキ |
今日から58年前、広島で原爆が投下された。
「正義」という名のために。
これで戦争が早く終わったのだという考えもある。
広島へは2度足を運んだ。
小学生のときに家族旅行で行ったときは、感受性が多感な時期で。 原爆資料館での、2体の被爆者の母子のマネキンや、黒くそのまま焦げたお弁当箱、蒸発されたと言われている階段の人影、熱線で溶けたガラスなどの全てが恐ろしくて、その日は寝られなかったことを覚えている。 幼心に原爆は恐ろしいモノだということがイヤでも理解した。
1つの爆弾で全てを失わせてしまう。 そして、後遺症としていつまでも体を蝕む。
はだしのゲン。 現在ではトラウマ状態になってしまったが、 広島から帰ってきて2学期が始まったら図書館で読んだ。 今までは見たくなかったマンガだったが、広島へ行ってから読んだら、 泣きそうになった。
水を、水をください。
切実にその絵は物語る。
そして、高校での修学旅行。 原爆ドームはそのときも静かに原爆の日、そのままでたたずんでいた。 原爆資料館の記憶での中身が少し変わっていたような気がする。 小学生のときに見た衝撃こそはそれほど無かったが、 やはり見学したあとの考えは揺るがない。
核爆弾はこの世から全て無くして、、。
広島と同じ年、長崎でも水爆が投下された。
最初は佐世保か小倉の予定だったらしい。 佐世保は父の母が住んでいた(父はまだ生まれていなかったが)。 もしも投下されていたとしたら、私はいなかったかもしれない。
ゆがんだ正義などいらない。
核爆弾などいらない。
「安らかに眠ってください、過ちは繰り返しませんから」
ヒトはまた繰り返そうとするというのか。
今日の新聞でも爆弾テロというコトバが踊っていた。
いつまでヒトは争いを続けるのだろう。
ヒトは進歩し過ぎた。
もう少し、ゆっくり歩いて生きていけないんだろうか。
増え続けていくヒバクシャ、PTSD患者を思うと胸がつまる。
偽善じゃない。こうやってコトバだけだと軽く思えられそうだけれど。
本当にそう、感じている。
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