在京都の詩人、河津聖恵さんの呼びかけに応えネット上の「連歌デモ」に参加している。 福島で被災した方を慰撫し、励ませすことができたなら、という趣旨に賛同したからなのだ。むろん、そこから震災全体を見渡す主題や福島の原発事故を憎むという主題も現れてくるのだけれど。
おおよそ一日に二首は投稿することを自分に課した。最低でも必ず一首は。 今書いている昭和20年の京都が舞台の小説のためのノートが、途中から短歌の下書き用になった。朝に題を設定し、空いた時間に何度も書き付け、推敲し夜に決定。そして投稿することの日々繰り返しである。
そして「連歌デモ」は京都新聞の取り上げるところになり、拙歌も活字となって紙面に掲載された。全体の投稿数は更に増え続けたぶん今夜あたり千首を越えると思う。
短歌はこれまで気の向いたときに詠む程度だったのだけれど、これだけ集中して作ると、だんだんと歌としての尖り方が気になりだした。
これは「デモ」であるから政治性は帯びて当然なのだけれど、ハナからそれを目指さないことを自分に課した。 歌は歌なのだ。歌は歌としてあるだけで武器となる。
また自分に酔ってもダメだ。誰にも届かない。 前の日記に「鎮魂を歌いたい」としてこのデモに加わったのだけれど、参加する自分の姿ばかりを見つめてはいけない。 見つめるべきは被災であり被災者であり、そこに関わっていく想像力の質だ。 京都に住んでいて被災者でもない自分が、成り代わり思い詰めてどこまで書けるか。 とんでもなく失礼なことを書いていないか気をつけること。 そのことをいつも肝に銘じている。
そんな想像力の杖になるのが例えばネツトに数多く投稿されている現在の福島の画像。ねばり強く放射能の測定を続けている市民たちのデータ、福島を訪れた詩人、文章家たちの作品である。「眼の海」辺見庸さん、であるとか。
そして河津さんがツイートしていたけれど、五七五七七のリズムは文語でこそ呪詛を孕んでくる。(佐々木幸綱綱氏の指摘にもある) そうでなければ言葉の重々しさに寄りかかるか、下手をすると標語のようになりかねない。
歌は人を指している。そして、たすける、あいしていると滑っていく声の芯には巻き込むような力が必要だ。 文語も古語もさらえよう。 アジテーションに陥るまい。想像しうる一人の被災者の心をだけ目指して書こう。 そう思いを新にした。
さらに「杖」は新古今ではなく万葉集。そして金子光晴「若葉のうた」を読む。 愛する娘に対する光晴氏の柔らかで透きとおった声もまたぼくにとっては「杖」なのだ。
愛情はうつろふもの。 いのちもたまゆら。また、いかなる所有も。 身辺に堰かれて、 しばらく止まるだけで、時がくるのを待って、 そうそうと水音を立てて走り去る。
(中略)
花よ。できるだけ大胆に、かをりたかく咲け。そして、聡明であれ。 だが それよりももっと たをやかであれ。
「花びら」金子光晴
時として硬直しかかる詠む心を解毒するために。
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