きりんの脱臼
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ここは、なかはられいこ(川柳作家)と村上きわみ(歌人)の コラボレーションサイトです。(ゲスト有り)
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2006年11月03日(金) なかはられいこ

もうひとひ眠れば初夏になりそうな陽射しを束にして持ってゆく  笹井宏之





渡したいものがある


というメールがきたのででかけた

いち、に、さん、し、と
いっぽずつ数をかぞえながらあるく
十七歩目で止まる

「一句どうぞ」

とまどいながら
一句のかわりに
はいていた靴下を脱いでさしだす

ふたたび数をかぞえながらあるく
ふたたび十七歩目で止まる

意志に反して足はうごかない

「一句どうぞ」

意志に反してあたまもうごかない
ためいきをつきながら
片ほうの耳をはずしてさしだす

十七歩目で止まるたび

「一句どうぞ」

わたしは
じゅうまいの爪をはずし
にまいのまぶたをはずし
かかとをひきぬいてさしだした

そして
温度と匂いだけのものとなって
渡したいものがあるひとのところに
ようやくたどりついた


渡したいものがあるひとが
渡したかったものは
ちいさなひかりと
ひそやかなせせらぎの音だった

ちいさくてひそやかなものたちは
受け取ったとたん
あたりいちめんにあふれ
空気のなかに満ちた

ちいさなひかりは
マッシュポテトのように
やわらかくて
せせらぎの音は
梨の花の匂いがした


温度と匂いだけのもの
になったわたしが

あたたかくて
いい匂い
と言うと

渡したいものがあったひとは
しずかに笑った



あなたから芒を抜いてねむらせる        なかはられいこ


2006年04月30日(日) 笹井宏之

るてしいあるてしいあ あのあめゆきのあまいひと匙あげるやくそく  村上きわみ



なにもないようといいながら犬のようなひとが駆けてきた。
私にだってなにもないから、ないものをあたえることはできない。
でも、雪が降っている。
雪はつめたいので、やはりなにかをあたえなければならない。
そうして全身を確かめていたら、ジャズカルテットが出てきた。
ラッパのひとをあげたら、犬のようなひとは犬のようによろこんだ。

まだからだにはピアノと、太鼓と、コントラバスのひとが残っている。
私は生きてゆかねばならないので、大切にからだに残しておいたのだが、
犬のようなひとも生きてゆかねばならない。

どうしよう。

あたたかいものをあげると約束したのだった。
犬のようなひとは、犬のようではあるが、決して犬ではない。
かなしそうにラッパのひとがラッパを吹く。
私の内で、ピアノがつづく。
太鼓もつづく。
コントラバスには指があてられる。
ラッパのひとだけでは足りない。
からだはすぐにひえてしまうから、私は太鼓のひともやった。
これで半分半分。

あとは演奏が途切れないように、おたがいによくしなければならない。
私は犬のようなひとを愛し、犬のようなひとは私を愛した。

楽器が、鳴り響いた。

約束は、約束のまま。
季節だけがかたん、とかたむいて。



もうひとひ眠れば初夏になりそうな陽射しを束にして持ってゆく  笹井宏之


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