風にふわりと 〜こころのすきま〜


この町


何の変哲もない住宅街
築20年以上の家が多くて
いわゆる団塊の世代のマイホームが並ぶ
父が団塊の世代にあたるわたしは
この町に生まれた

入学式のたび桜並木の下で写真を撮った
1番大きな八重桜はなくなってしまったけれど
並木の下の土手では
いつしかわたしより低くなったフェンスを乗り越えて
まだつくしがたくさん摘める

何度もなぞった帰り道で
あの子のことをこっそり待った
面倒くさい顔をされてもドキドキしていたわたしを
あの子が登った枇杷の木が
いつも上からやさしく見ていた
受け取った実は甘酸っぱい初恋の味

どうしようもなく暑い日は
蝉の轟音のあいだを自転車で駆け抜けて
小さな古い図書館でたくさん本を抱え込んだ
ひんやりした部屋で追いかけた文字は
きっと今もわたしの中のどこかにある

つくつくぼうしの声が聞こえなくなる頃には
公園の木々のグラデーションに息をのむ
「先に色が変わるほうが南がわ」
そう言って皆で笑ったっけ
でも毎年1日だけ真っ赤に燃えるあの木が
他のどの木よりも好きなことは
実は誰にも言っていない

ほとんど雪の降らないこの町が
真っ白になった時のことはよく憶えている
人も車も少ない早朝の住宅街
ドアを開けた瞬間の音のない世界は
きっとことばでは表せない
知っているのはたぶん隣にいた妹だけ

大きな公園で梅の薫りがしたら
もう春はすぐそこ
最後の卒業式を迎えるわたしは
二世帯住宅が増えはじめたこの住宅街を
今年出ていく


さよなら
この町で育ったから
わたしはきっと今のわたし

ありがとう
何の変哲もないこの町のひとつひとつを
わたしのからだが憶えている


公園の滑り台のてっぺんから見上げた空は
いつもと全く変わらなくて

何の変哲もないこの町を想って

なぜだか
涙が止まらない





2008年03月24日(月)



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Akira
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