浪漫のカケラもありゃしねえっ!
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『最終戦』
98年、鈴鹿。
タイヤがバーストし、 タイトルの夢破れたとき、 フェラーリの総帥は言った。
「運命は、我々にNOと言った」と。
06年、ブラジル。
再び、運命はそう言ったのか。
ライバルチームのマシンをオーバーテイクした瞬間、 フロントウィングがタイヤを切り裂いた。
ちぎれるタイヤ。 破片が、路面を打つ。
挙動を乱しながら、 彼は、ピットに戻っていく。
ドライバーズタイトルへの望みは、前戦でついえた。
それでもまだ、 チームのための戦いが、残っている。
残されているチャンスを、 少しでも引き寄せるために。
最後の瞬間まで、 レースには、何が起こるかわからないのだから。
最後尾に落ち、 それでも、 彼は、攻め続ける。
コースにいる多くのドライバー達と戦いながら。
いつの間にか、 彼とともに走っていた者達の顔ぶれは、 大きく変わっていた。
最後のレース。 はるかに若い、ドライバー達。
情熱は、誰にも負けない。
タイミングモニターに現れる、自己ベストタイムは緑。 紫の数字、ファステストが更新される。
誰よりも速いタイムを刻み、 走り抜けていく、赤いマシン。
順位が変わる。 紫の数字が、モニター上に輝く。
ファステストが更新される。
どんなトラブルが、彼を襲おうと。 どんなライバルが、彼を阻もうと。
数えあげる事も出来ぬほど、 幾度となく繰り返されてきた光景。
こうして彼は、チームに奇跡をもたらしてきたのだ。
彼なら、やってくれると。 彼のために、さらに力をつくさなければと。 チームに見せ続けた、その走りを。
最後の瞬間まで。 ただの一瞬もあきらめることなく。 ファステストを更新し続けて。
サーキットから、今、 皇帝が、去っていく。
誰よりも激しく、 誰よりも貪欲に勝利を追い続け、 毀誉褒貶を浴びせられても、 輝かしい時代を築き上げた男。
その手に、タイトルはなく。 その首筋をぬらすシャンペンもないけれど。
それでも。
彼が、最速の男であることを、 疑う者はいない。
記録の中に。 記憶の中に。
あざやかな軌跡を残して。
地上で最も速い男のまま、 彼は、去っていくのだ。
…鈴鹿は、不思議ワールドだったよ。
そこは、人々の集うお祭りの場。 地上に生まれた、異空間だ。
マン/マシン。 カーボンと金属と。
エンジンの轟く音。 咆哮どころではない。 これは、まるで絶叫だ。
血を吐くように叫びながら、地上を飛ぶ鳥。 大地を踏みしだき、地鳴りを呼び、駆け抜けていく竜。
その中で、ひときわ輝く。 赤いマシン。
逆バンク、S字。 飛ぶように駆け上がっていく、その鮮やかさ。
炎熱の大地を。 雨まじりの風の中を。
信じがたい速さで、タイムを縮めていった。
兄さんとマシンがひとつになった時。 その瞬間にだけ生まれる。 美しい、うつくしい生き物。
もう少し見ていたいと。 その美しさを、見つめていたいと。 そう思っていたけれど。
エンジンが耐えられなかった。
白煙を見た瞬間。 「いやー! やめてー! にいさーん!」 そう絶叫してしまった。
”やめて!”は、兄さんを襲った運命に対しての叫びだったのだろうな。 頭の中で、ポイント計算をしてしまう。
それからは、レースに、兄さんがいない、その空白を見つめていたよ。
兄さんに出会ってから。 何度も経験させられた、天国と地獄。
最後まで兄さんは、劇的過ぎるその姿を見せてくれるんだな。 なんとまあ。 その激烈さは、笑えてしまうくらいだよ。
ほんとに。なんという人なんだろう。 うん、笑うしかない。 そんな激しすぎる道を歩いてきた人なんだよな。 そんな人に惚れたんだから。
マシンを降り、ヘルメットをぬいで。 かつて見た中で、もっともおそろしい兄さんの形相を見た。
けれど。 ピットに戻ってきた時。 兄さんの顔は、とても、とても優しかったよ。
誰が悪いのでもない。 君達は、ベストをつくしてくれたと。 仲間をいたわり抱きしめる、兄さんの表情。
ああ。 そんな人だから。 心から愛することが出来たんだ。
最後まで、悔いがないよう、走らせてあげたかったなあ。
もう、彼が鈴鹿でレースをすることはない。 あれほどの速さを見せつけ。 人々を魅了しながら。
そう思うと。 涙がこぼれた。
悔しいよ。 哀しいよ。
負けてしまったことじゃない。 勝ったのが誰であろうと、関係ない。
どんな結果であろうと、最後まで走ってもらいたかったから。
たくさん泣いたよ。 サーキットで。 家路をたどる道の途中で。 何度も、何度も。
おそろしいほどの速さを見せていながら。 唐突に断ち切られたレース。 まるで、兄さんの引退の仕方のようじゃないか。
そう。 そう思って私は、笑うことが出来るんだけどね。
涙は、とめどなく流れるけれど。 サバサバと、今の気持ちは吹っ切れている。
うつくしい生き物。
これ以上に愛することの出来るドライバーには、もう出会うことはないのかもしれないけれど。
あの人と同じときを生き。 あの人に出会えた喜びがあるから。
あの人を、この目で見つめることが出来たから。
2006年10月03日(火) |
F1中国GPが終わり、次は鈴鹿 |
兄さん、ミハエル兄さん。 上海のレースがスタートし。 やるせない痛みと悲しみに襲われ。 なんという、せつなさだろう。 そう思って見始めたレースだったのに。
予選6位となったあなたを、雨は苦しめるだろうと思っていたのに。 またあなたは、なんという逆転劇を見せてくれたのか。
これほど心臓の痛む思いは、かつてミカとのタイトル争いで感じて以来。
おそろしいほどに速かったミカ。 フェラーリのマシンが、マクラーレンに追いつくことがあるだろうかと。 絶望的な差に、キリキリと胸が痛んだ。 それでもあきらめず、ひたむきに追い続けていったあなたを、好きになったんだ。
追いつけない悔しさの中に突き落とされ。 プレスの批判に、憤りを覚え。 その中で、希望を作り出していく。 目くるめくような歓喜を与えてくれる。 そんなあなたを、好きになったんだ。
ミカとの息づまるような予選争い。 鈴鹿の地で。 ミカがタイムを縮めたのをモニターで見つめ。 手強いライバルの存在に、喜びを覚えたか。 その目元が、かすかに微笑んでいた。 そして、走り出したあなたは、再びタイムを縮めてみせた。 そんなあなたの姿に感じた、しびれるような戦慄。
あなたは、戦いを、誰より楽しんでいる。
ああ、引退を口にしたのに。 今のあなたは、楽しそうだ。 なんという、美しい笑顔。 心から勝利を喜び、心からレースを楽しみ。 これほど楽しいものはないと。 そんな顔で笑ってみせる。
あなたの走る1周1周が、最後の戦いを刻んでいく。 どの1周も、あなたのかけがえのない時を刻んでいく。
その最後のシーズンに。 これほど拮抗した激しい戦いを見つめることは。 安らぐことを許されない、苦しみなのか。 このうえない、喜びなのか。
胸をかきむしるような悲しみと。 喪失の痛みと。 絶望と、涙と。 くるおしい歓喜と。 こみあげる愛しさと。
そのすべてを与えてくれた人。
愛しい人。
会いに行きます。
鈴鹿へ。
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