超雑務係まんの日記
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ヒデへの警告を心の中で訴えてた。
君は本気で文学を勉強したらダメだ。 そう。生半可な気持でやらなくてはならない。
理由は、ダメな人間になってしまうからだ。
「文学」がイケナイわけじゃない。 君が文学を志すことが危険なんだ。
そう、私みたいに、ダメな、堕落した 生活者になる恐れがある。
憧れなんかで、文学をしちゃダメだ。 私はなぜ文学だったのか。
文学に真実があると思ってた。 哲学に思想があると思ってた。
果たして、実際はどうだった? 私よ。
小説よりも奇な現実に私は埋もれ、 ずっと頼っていた哲学は机上の空論だったのか?
回顧してみると 私には絶望していた時代があって、
悲しい、とか。 ツライ、とか。 苦しい、とか。
そんなモノは通り越していると自分で感じていた。
けど、 実際は強がっているだけで、 時にたまらなく独りが怖くなることもある。
今だ突然フラッシュのように過去の情景が浮かんだりする。 絶えられなくなって、胸が詰まることもある。
そばにいてほしい人。 近くに存在しない人がいて 乱暴な絵のように、想像の中ではいつも引き裂かれていて、 何とかしてその絵を修復したくて、 でも触れようとしても不可だったりする。
話がそれました。
幸いにも、 ヒデの成績は順調。 志望校すべてに受かるのでは? そんな勢いが感じられた。
季節は秋。 そろそろ寒くなってきました。
中学3年の夏。
受験生にとっては天王山と呼ばれる季節。
エライな、と思ったことがある。 ヒデは受験勉強に対して、何一つ不満を漏らさなかった。
他の生徒は、この時期、多かれ少なかれ先行きの不安や、 初めての経験に不平不満を言い出すものだ。
時には周りに悪影響を及ぼすこともある。
私としては、 別に偏差値の高い学校とか、名門の高校とか、 とくに受験先には、あんまり興味がないという失格な教師だった。
私がこだわっていたのは、受験をして入学するという、その行為。 だから推薦とか、そんなのは好きではなかった。
入学する為に勉強する、 この姿勢を私は大切にして欲しかった。
なぜなら受験という行為が、 一生のうちで、今回が最初で最後の人もいたりするだろうし、 勉強の原点は受験じゃないだろうか、とさえ私は思ってる。
受験は戦争なんかじゃない。
だって、やめたきゃ、いつだって自分の意志でストップできるものだから。
そして何も進学することが、すべてじゃぁない。 でも、進学に興味がなくても、受験は経験してみよう。 大人になってからは、経験したくても出来ないものなんだよ。
なーーんて事を、 生徒たちには、よく言っていた気がする。
私の両親は、中学までしか出ていない。 したがって、父も母も受験は経験していなかった。
私が家を出るまでの間に「勉強しろ」という言葉は、 幸か不幸か本当に一度も言われた経験がない。
だが、私は10代のうちに勉強をしなくちゃダメだと思ってる。
今だからわかる事だけど 勉強の中で、受験勉強が一番簡単。 きっと社会勉強の方が、はるかに難しい。 そして、自己を高めるための勉強は、もっと難しい。
ヒデは文学を志す為に 大学で勉強するから、大学付属の高校を受験したいと言ってきた。
考えてみれば、私が中学生の時、 進学とか、就職とか。 ましてや大学とか、社会とか、 ぜんぜんわからなかった。
ただ、クソッタレの生き方をしたくない、 そんな抽象的な今の若い子たちに気に入られそうな思いを抱いていた。
実際の中3であるヒデを見ていると、特に感じる。 怖いほどに。
私は中学生の頃、何を考え何をしていたのか。
手探りをしながら、すでに私は20歳を超えてしまい、 社会とか、会社とか、サラリーマンとか、 そんな呼称からは、絶対に反発し逆流して生きていきたかった私が 若い人を指導する立場になっている。
クソヤロウたちが、たくさんいる世の中。 バカヤロウたちのようには、なりたくなかったから。
私は当時 ソクラテスのような ヘーゲルのような キルケゴールのような ニーチェのような 偉人たちにあこがれていた。
ヒデを見ているから、 私も生きている、
そんな実感をいつから考えていていたのだろう。
中学3年生になったヒデ。
受験という道を選択したのは自然だった。 中学生にとって世の中は進学が悲しくも普通の流れ。
私は受験国語を教えるのが大好きだった。 なぜなら一番文学に近い気がしていた。
文学と一口に言っても、意外と種類があって。、 乱暴に分ければ、漢文学、古典文学、明治擬古文学、近世文学、近代文学、現代文学。。。 といったところ。
もっと細かくわけるなら、 お酒を飲みながら私と深夜ずっと付き合わなければならない。 だから、ココではストップ。
一言で「文学」とは何か? 聞きたくても聞けない、イヤ聞きたくもない、日常生活で気にならない話題。
でも、 この疑問には、ずぅ〜っと様々な人たちが思案してきた問題。 加藤周一著『文学とは何か』(角川書店)を読むと、どうだろう。 うん、しかし、こんな評論。 読む人がいるのだろうか。
私にとっては素晴らしい論。響く言葉。 今となっては、誰もいらない書物なのかな。
「だって必要ないじゃん、生きるのに」 なーんて、声がどこからか聞こえます。
話を変えます。
芥川龍之介。誰もが知ってる作家。 『羅生門』『鼻』『蜘蛛の糸』などで教科書で出てきますね。
現代社会で、すごい作家として祭り上げられてしまった芥川。 もちろん遺稿の『歯車』などは表舞台には立たされない。 狂女や目鼻のある歯車が登場するこの作品。
これを読んでわからない場合は、まだ正常だと言うことなんです。
かくして76年前の7/24に自ら命を絶った芥川は35歳でした。
こんな話ばかりしていた、教師。
「先生、僕。将来は文学者になりたいです」 中学3年生が、こんなことを言い出した。
(ちょっとやりすぎたかなぁ) こんな思いが私の脳裏に走る。
そんな心配をよそに、 中学3年生のヒデは文学者を目指すという。
(続く)
「文学」といっても、今はきちんと通じるのだろうか?
いわゆる純文学とは何か?と聞かれた場合、 思い起こすのは学校時代の授業がほとんどではないか。
よくある国語の問題で、 「傍線部の主人公の気持は次のうちでれか?」 「傍線部の作者の心情を○○字以内で述べよ」 といったものがある。
さぁ、これは暗記してたら正解出来るようなものじゃない。
うんん? でも、人の気持を正解・不正解って、さらに人が判断していいのかな。 そんな主観的な事に○×つけていいのですか?
国語で暗記部分は 漢字の読み書き、文法(口語・古文・漢文)、文学史といった感じ。 現代文の読解はセンスといわれることも、けっこうある。
が、しかし。 センスに点数つけていいですか?
ココをうまく説明出来ないと、 みんな国語嫌いになってしまいます。
国語教師の役目はまずココなんです。
例えばヒデの質問はこうだった。 「太宰はわかりますが、鴎外はよくわかりません」
こういう問いは、ちゃんと答えてやる必要がある。 アンタは両方わかってませんね、って。
私も若かった。 でも、ヒデの方がもっと若かった。
(続く)
「学者になりたいです」
即答。 なかなか中学生に出てくる言葉じゃない。
しかし、ヒデが学問に興味を持っていたのはわかってた。
当然、次の私の質問は決まっている。
「何の学者になりたいの?」
実はこの頃からだった。 私は一抹の不安をヒデに対して抱いていた。
未だに責任を感じていることがある。
(続く)
勉強がデキル、デキナイ。
中学までは暗記が得意、苦手によって、 学力が大いにはかられてしまう。 言うまでもなく現状はそうですね。
創造力が失われている子供たち、 そんな言い方をされて久しく経つ。 私たちの頃もそうだった。
果たして、当時の中学生のヒデは、 暗記力も優秀、飲み込みも早い、吸収力もある。 上記能力に比例して、もちろん成績は良かった。 勉強が「デキル」部類だった。
が、しかし。 こういう人の場合、国語でつまづく場合が多いのも事実。
なぜか?
理由は簡単。 暗記の部分が一番少ないからだ。
暗記力=学力。 必ずしもイコールではない。 でも、イコールな所もある。
さて。 ヒデは進学希望。 もちろんだった。
しかし、国語の成績は悪かった。 私の科目に限ってね。
さぁ、君の夢は何だい? ちょっと聞いてみた。
(続く)
逢いたいと言って、逢える人。 みんなには存在しますか?
「会う」とはまた違う形。
あいたくて、あってる人。
あいたくて「会」ってる? これは、実は存在しない行為です。
また「遭う」「遇う」ってのもありますが、ちょっと違います。
一方で「合う」は、だいぶかけ離れます。
どんなアイをぶら下げて、堕落した生活を送ってますか? 生活に追われて足がすくんで愚痴を言って終りですか?
クソったれの人生にトコトン心中しようとしてるなら、 死ぬまでにアウようなヒト、モノ、コト。 全部消化してから、バイバイしようよ。
学校でこんな国語の授業をすすめると、意外と聞いてくれました(笑)
私はたいてい。 授業でよく話していた事があって。
そう、君らの今の学校生活や、まだ見ぬ社会と未来に対して。
恐れを感じ、絶望しているのは、何も君たちだけじゃぁナイ。 私も怖くて怖くて仕方がないのさぁ、って。
後日。 「ヒデはどう思う?」って聞いた時。 「僕は将来を悲観するほど老いてません」
はは。イイ答だ。無駄がナイ。勉強になるよ。
はて。 そろそろ、進路を決めなくてはイケナイ時期だった。 ヒデは就職?進学?
(続く)
昔ハナシ。
出会いは8年前? 先生と生徒の関係でした。
「難しそうだなぁ」 コレがヒデの第一印象。
そこそこ頭はイイ。勉強もできる。
でも出来ない事や、困難な壁にぶち当たるとすぐに投げ出してしまう。 ふふん、今の若い人たちもそうだねぇ。
当時のヒデも アレコレ理由を付けてムリだと論理的に説明してくれる。 ははん、今の若い人たちは、もっとそうだねぇ。
「不可能な可能性は、やらない人が誰でも平等に持ってるよ」 なーんて、先生らしくちょっと難しい論法を私はぶつけてみる。
「論点をスリ変えないで下さい」ってムキになってるキミ。 「質問に答えてないのは、ヒデの方じゃないかな?」 と、さらにイジワルに攻めてみる。
確か寒い季節だったような気が。 ヒデは中学2年生。 私は23歳。
年齢にすると、約10歳。
お互いに不安定だったせいもあるかもしれない。 私はあの頃から君を友人だと思ってた。
(続く)
そういえばのハナシ。
カフェで売ってるパンは全部デカイものばかり。 眼前の波の音を聞きながら、 薄くてマズいコーヒーを飲んでいた。
恐らくは日が落ちて、相当たっていた。 ドリンクをコーヒーからシャンパンに変更。 辺りは暗くなり、人出も少なくなってきたようだ。
ストリートミュージシャンは、こっちが面白い。 少し散歩をしてみたかった。
怪しいチャイナタウンに迷い混んだようだ。 白塗のベンツからアジア人が出てくる。 こんな場所ではかなり怖い。
薬を売り付けようと、数人が私を囲む。 丁重に断り、足早に去った。
周りを見ると、 私より身長の大きいコールガール達が、ズラリと並んでる。 フラフラと、だいぶ奥に来てしまったようだ。
マフィアとクスリとコールガール。 典型的な縮図。意外にも怖い。 新宿もススキノも、まだこんなじゃナイ。
そう。 イラナイものが多すぎヨ。
改めて考えてみる。 キミだったら、好きなコトのために、 何をどのくらい、って伝えられられるだろうか?
自分のためと、 好きな人のためは、 イコール? それともNO?
霞みゆく記憶の中でも、死ぬまで忘れられない出来事がある。 うつろう光景は、いつまで「何か」を待ってくれるのかな。 時間がたてばたつほど、偽りの言葉だけが生まれてくるよ。
二度として経験できないだろう脳裏に焼きついている事実は、 風化せず曲った真実として、私の中でずっとずっと寄生している。
オカシイとかクルッテルとか、 そんな事よりも、
ねぇねぇ?
死んでしまわないように、 一番気をつけなくちゃ。
血まみれでくたばる前に、ヘコヘコ頭を下げるかい。 吐き出しそうな毎日毎日に、愛想笑いをしてみるかい。
我慢とか忍耐とか、 そんな事よりも、
ねぇねぇ?
死んでしまわないように、 やっぱり気をつけなくちゃ。
君の覚悟を受け止めていなかった事、とても恥ずかしかった。 泣きたくて、悲しくて、苦しかったのは、アノトキ誰だったのだろう。
無念とか後悔とか、 そんな事より、たぶん。
ねぇねぇ?
戦争とかなにかで、わからないけれど、 もしかして 死んでしまったら、一番最初に逢いにいくよ。 まっしぐらに。
君とのバイバイをしたくない。 楽しくて、素敵で、貧乏かもしれないけど、信頼のある未来。
騙しダマシながらだったかもしれないけど、 純愛とか不倫とか行きずりとか、結局よくわからなかった。
私についてきてくれるって、ありがとう。嬉しかった。 僕には夢があった。果たしたい夢が存在した。 でも、ココで決めなくちゃ。
悟るとは理解する事なのかな。 今後の生活を理解する事と、最終を理解する事は微妙に違うと思う。
膝を抱えながら、頭を抱えながら、 甘ったれのバカヤロウで、這いつくばったフリをしちゃって、 元気です、ワタシ。
失う何かよりも、もっと大切な 刹那の美が、ちょっぴりでも残せたカナ。 この際だからカッコヨク飾ってみたいのです。 さんざん言ってきたかもだけど。 10年以上も前に考えた案件だけれども。
気持よく、憎悪もなく。 安らかに、みんなにメッセージを送れました。 こういう人間もいるんです。
ダカラ、グッバイ。
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