与太郎文庫
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| 2003年01月20日(月) |
Happy Birth-Day !! |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030120 Mail'2003/01/20 (月) 15:11 Re: 楽譜目録 阿波 雅敏 様 さっそく膨大な楽譜目録、どうもありがとうございました。 私は現役当時何しろあまり熱心な部員ではありませんでしたので、覚 えのある曲は少ないかも知れません。 また重複しているものなどもございますので、目録分の中でどの曲を 掲載させていただくかは私の方にお任せいただくことになりますが、か まいませんでしょうか? スキャナーの作業、やはりお忙しいようですから私の方でさせていた だいた方が良いかもしれませんね。 しばらく楽譜をお預かりさせていただいて”ボチボチ”という作業に なりますが、そのようにさせていただいてもよろしいでしょうか? また、外注など”費用”の発生する方法は当ページでは全く考えては おりませんので、どうぞ私のほうにお申し付けくださいませ。(どうし ても”楽譜”の管理がご心配でしたら”断念”いたしますが(笑)) >掲示板の“訂正”(昭和58年度→昭和33年度) 「小生は、同志社高校(昭和33年度)19590331卒業です。」< 数字の誤りについては承知しておりましたが、書き込み内容をこちら で勝手に書き換えるという行為が憚られましたのでそのままにしており ました。訂正のご希望を確認しましてからコッソリと訂正いたしますの でお申し付けください。 >あなたのホームページは“非公認”ということですが、ほかに“公式” のホームページは見あたりませんね。< ホザナコーラスの公式HPとしては「中学ホザナ」のものが存在します が、それ以外には今のところどなたもお創りにはなってはいないようで す。私自身、自分の高校時代のクラブ活動を少し懐かしむ年代となり (現役当時はとても”熱心”とは言えない部員でしたのに)、少し探し ては見たのですがどなたもそのようなことをされてはいないようでした ので、自分自身が楽しむという目的もあり、ホザナのHPを勝手に作って しまったという経緯です。したがって、”非公認”という但し書きがつ いたままになっております。 最後になりましたが、阿波様のお名前が同学年の皆様の中で記載漏れ しておりましたこと、深くお詫び申し上げます。 大先輩(概ね60年代半ば以前に高校ご卒業)の皆様につきましては手 持ちの名簿より転載いたしましたが、名簿に掲載されていない方が多数 おられるようです。 また、少しだけ在籍されていた方は相当数おられるかも知れませんが、 そのような方々のお名前は全く分からない状態です。 阿波様のようにご自身で名乗りを上げていただきますと、私自身”冷 や汗もの”ですがとても助かります。 早速有賀様、立石様たちの学年へ追加掲載させていただきたいと存じ ますが、よろしいでしょうか? また、阿波様のHPを拝見したところ、本宮先生のことなど、とても懐 かしいことや興味深いご発言にしばし時間を忘れて見入ってしまいまし た。少し年代の差はありますが、共有できることもいろいろとありそう です。これをご縁に今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。 あっ、今日はお誕生日だったのですね。 おめでとうございます!! 藤田 隆 Mail'2003/01/20 (月) 23:<< 藤田 隆 様 訂正の件、名簿追加の件、よろしくお任せします。 なにしろ小生は一月生まれで、小学校二年生と高校二年生を繰返した ため、同期生の数は三倍におよびます。 同志社中高同窓会では、高校卒業年度ごとに単純分類していますが、 小生にとって、最後の二年間よりも、五年間一緒だった同窓生のほうに 親友が多いのです。 古いホザナOB名簿(誕生日入り!)を、エクセルで編集したCDが ありますので、のちほど(楽譜と一緒に)お届けしましょう。 旧姓・改姓・復姓など、プライバシーに抵触するデータについては、 表示方法などに慎重な配慮が必要かと思います。亡くなられた先生方の 生没年月日についても、信頼されるような“公式ホームページ”に発展 されるよう、期待しています。 小生は、同志社高校器楽部「シンフォニエッタ」結成時(1956-1960) のエピソードをすこしずづ公開するつもりです。 ことし春の、ホザナ・コーラス演奏会のプログラムに、本宮啓先生が 「同志社中高管弦楽団略史(仮題)」を執筆されるそうです。 → http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20011123 Mail'2003/01/20 (月) 05:00 お誕生日 おめでとうございます!! さるさる日記より、お祝い申し上げます いつもさるさる日記をご利用くださいまして、ありがとうございます。 今日は与太郎さまの64歳のお誕生日ですね!おめでとうございます♪ 与太郎さまにとって、64歳が素敵な年になりますように! ところで、もうお誕生日の日記はつけられましたでしょうか? この特別な一日を、ぜひ思い出の1ページに残してくださいね。 与太郎さまの日記 http://www2.diary.ne.jp/user/174942/
それでは、これからも『さるさる日記』をよろしくお願いします。 *-----------------------------------* 日記レンタル 『さるさる日記』 E-mail:info@diary.ne.jp URL :http://www.diary.ne.jp/ *-----------------------------------* 日本人クローンが「きょうにも誕生」、宗教団体が主張 2003 年 1月 20日 Yomiuri On-Line 世界初のクローン人間を誕生させた、と主張している新興宗教団体 「ラエリアン」は19日、「日本人の男児のクローン人間が20日にも 誕生する」と述べた。ラエリアンの日本の広報担当者によると、日本人 の夫婦が1年半前に事故で死亡した2歳の男児のクローン作りを、教団 の関連会社「クローンエイド」に20万ドル(約2400万円)を払っ て依頼したという。 詳細は23日にも記者会見を予定しているとし、現段階で出生地など は明らかにしていない。 ラエリアンは昨年末に米国でクローン人間の誕生を発表、今月4日に はオランダ人のクローン人間誕生を発表している。しかし、両例ともク ローン人間であることを証明するDNA検査は行われておらず、専門家 の間では発表の信ぴょう性を疑問視する声が強い。 日本は、クローン技術規制法で、国内でのクローン人間作りを禁じて いる。ただ、日本人が海外でクローン人間を作っても、処罰はできない。 カトリックの政治家は中絶に反対を…バチカン通達 >> 2003 年 1月 18日【ローマ=秦野るり子】 バチカン(ローマ法王庁)は16日、カトリック教を信じる世界中の 政治家に対し、妊娠中絶や同性間の結婚を合法化する動きなどに反対す るよう求める「教義的通達」を発表。ローマ法王ヨハネ・パウロ2世指 導のもと、「生と性」の問題に保守を貫くバチカンの方針を再確認した。 「通達」は、立法の過程で政治家が「『多様性』、『寛容』、『選択 の自由』の名の下に妥協することは許されない」と言明。クローン技術 を厳しく規制する法整備の必要性を改めて訴えた。 <<
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030119 2003年01月17日 平井 堅 (19720117生) 31歳の誕生日 ── 《おぢいさんのふるどけい/おじいさんの古時計》 ◇[英]My Grandfather's Clock ○[楽]アメリカの歌謡作家ワーク(H.C.Work)作曲のアメリカ民謡。 「大きな古時計」とも呼ぶ。◎1876(明治 9)作曲。 ── http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/japanese/oka.htm 作曲 WORK,Henry Clay (18321001-18840608,51) 原題《ジョージアへの行進》“チック・タック”の語源か? ── 《古時計のルーツを求めて 20010810 23:00-23:50 NHK》 通説の日本初登場は《みんなの歌 1962 NHK》というが、与太郎の もっているガリ版刷りの楽譜には日付がないものの、同志社高校二年生 (1956-1957)以前のものである。 与太郎がホサナ・コーラスに在籍したのは1955年以後だから、おそく とも五年前に日本語に訳されていた。 ホザナ・コーラス非公式ホームページ掲示板に投稿。 → 《虚々日々 20001231 阿波文庫》P36-37“楽譜目録”参照 古楽譜 投稿者:与太郎 投稿日:2003/01/19(Sun) 15:25 No.467 小生は、同志社高校(昭和58年度)19590331卒業です。 ホザナ在籍は 1955-1956(同期に、立石義雄・有賀誠一両君など)。 当時の、ガリ版刷り楽譜(約50曲)を保管しています。 これらを(できれば全曲)Web公開していただけるなら、ぜひとも 提供したいと存じます。容量など技術的課題についてご検討ください。 ── http://www57.tok2.com/home/hosannafamily/yybbs/yybbs.cgi ガリ版の《おぢいさんのふるどけい》の訳詞は、つぎのように古い。
1.おとぎのくにの やまよかわよ こびとたちよ シンデレラのおひめさまよ きえていまはいずこ たのしよるがおとずれたのに ふりこのうごかない とけいとけい おぢいさんのふるどけい 2.おさないころのゆめが いつもむねにうかぶ しろいひげに まるいせいの おじいさんのすがた やさしこえはきかれないけど あのひのときをさす とけいとけい おぢいさんのふるどけい これだけでは訳詞者も編曲者もわからないが、見開きに印刷されてい る《海女の子供》には、つぎの署名がある。 Ar. by Y.Nishimura / Cop.by K.Hasegawa OB名簿によれば編曲者は、西村義雄(1930生1948卒)氏とみられる。 同世代の《少年ジャンプ》編集長と同一人物かもしれないが確証はない。 ── 創刊に関わり編集長も努めた西村義雄著「さらば、我が青春の少 年ジャンプ」(幻冬社文庫)、「漫画王国の崩壊」(ぶんか社) ── http://www1.ocn.ne.jp/~wanted/recruit/publish.html 二曲とも、ガリ版の筆耕者は、長谷川和彦(1935生1953卒)あるいは 長谷川邦男(19371019生1955卒)両氏いずれか。与太郎の在籍年から推 して後者の可能性が高い。この人たちにたずねれば、訳詞者がだれで、 当時どんな事情からこの曲が選ばれ、初演されたかが判明するであろう。 おどろいたことに、長谷川邦男氏は Four by Four というアマチュア 男性クヮルテットのトップ・テナーとして、いまなお現役であることが わかった。あいにくメール・アドレスが見あたらないのが残念だ。 ── http://www5a.biglobe.ne.jp/~crl-4by4/page13.htm 与太郎自身は、《おぢいさんのふるどけい》を練習した記憶がない。 《海女の子供》も、中学時代に連日キャンプ・ソングとして歌ったので、 (いかに不朽の名曲といえども)ホザナ・コーラス演奏会の演目として そぐわないのである。 Mail'2003/01/19 (日) to:info@tagoto.com sub:《おぢいさんのふるどけい》について 御蕎麦 本家田毎 堀部 勝也 様 気付 まことに恐縮ですが、長谷川邦男さんのアドレスがわかりませんので、 このメール・アドレスをお借りして送信いたします。 なにとぞ、ご高配ください。 長谷川 邦男 様 小生は、同志社高校ホザナコーラスでは二年後輩にあたります。 このほど、ガリ版の楽譜《おぢいさんのふるどけい》を発見しました。 西村義雄・編曲《海女の子供》と見開き印刷されていますが、右頁の 《おぢいさんのふるどけい》には、訳詩者・編曲者の記載がありません。 印刷者の署名が、あなたのものと推定されますが、あなた自身の訳詩 ・編曲であれば、どのような事情で選曲されたのか、あるいはいつ初演 されたのか、知りたいと思い、ご連絡いたします。 このことについて、先にホザナコーラス非公式ホームページ掲示板に 投稿しましたので、こちらにご回答いただけるとよろしいかと存じます。 古楽譜 投稿者:与太郎 投稿日:2003/01/19(Sun) 15:25 No.467 小生は、同志社高校(昭和58年度)19590331卒業です。 ホザナ在籍は 1955-1956(同期に、立石義雄・有賀誠一両君など)。 当時の、ガリ版刷り楽譜(約50曲)を保管しています。 これらを(できれば全曲)Web公開していただけるなら、ぜひとも 提供したいと存じます。容量など技術的課題についてご検討ください。 ── http://www57.tok2.com/home/hosannafamily/yybbs/yybbs.cgi この発見にいたる経過は、小生のホームページにも記していますので、 あわせてご高覧ください。 ── http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20030119 早々 与太郎 こと 阿波 雅敏(19390120生19590331卒) ──────────────────────────────── ── http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000 *(与太郎あての返信は、上記のWeb上で公開されることがあります) ■2003/01/20 (月) 楽譜目録 藤田 隆 様 さっそくご返信ありがとうございました。 やはり自分で、デジタル画像化したほうがよさそうですね。 スキャナーの作業をはじめると、他の予定がずれこむので、あんまり 気のりしないのですが、すべて外注するなら、いかほど用意すればよい でしょうか? とりあえず、曲名だけのリストを送信しますので、ご検証ください。 “楽譜目録”ここでは曲名のみ、複数の印刷者による重複あり。 《姉妹》 《樅の木》 《鐘が鳴る》 《ああ主よみみをかたむけ》 《歩け若人》 《草刈の歌》 《草刈の歌》 《紅いサラファン》 《海女の子供》 《海女の子供》 《おぢいさんのふるどけい》 《同志社中学生のうた》 《同志社中学生のうた》 《送別の歌〜卒業式の歌》 《送別の歌〜卒業式》 《送別の歌〜卒業式の歌》 《アロハオエ》 《静かなるアフトン河の流れ》 《静かなるアフトン河の流れ》 《HERRICH HABE MISSGEHANDELT》 《Stars of the summer night》 《Stars of the summer night》 《山の端に日はおちて》 《Carry Me Back To Old Virginny》 《スコットランドの花》 《スコットランドの花》 《山辺に向かひてわれ》 《主をほめたたえよ》 《Praise to The Lord》 《岩倉愛唱歌》 《〜つきはきよく》 《庭上の一寒梅》 《〜讃美歌392/409/175》 《〜詩篇33-1.2》 《Beautiful Suviour》 《いざやともに》 《サリマライズ》 《きらめく星》 《帰雁》 《おもちゃの音楽》 《ナザレのふせや》 《ふなうた》 《阿蘇》 《世界をあげて》 《川》 《蛍の光》 《いと高き所より》 《Ave Maria》 《Ave verm Corps》 《わがつみよりかおそむけて》 《主よ汝がしもべをば》 《主よ汝がしもべをば》 《祝日頌〜降誕節》 《OHoly Night》 《ノエル・ノエル》 《樅の木まなかに》 ── 《虚々日々 20001231 阿波文庫》P37 追記 掲示板の“訂正”(昭和58年度→昭和33年度) 「小生は、同志社高校(昭和33年度)19590331卒業です。」 あなたのホームページは“非公認”ということですが、ほかに“公式” のホームページは見あたりませんね。参考にすべき例では、同志社大学 マンドリン・クラブと卒業生の団体SMD会の《詳年譜》があります。 ── http://www.smd-kai.gr.jp/nenpu/n_main.html ではまた。 阿波 雅敏 >> 大ヒット「大きな古時計」、印税の行方(夕刊フジ) 2002年09月24日 Yomiuri On-Line 今年、ミリオンシングル不発のCD業界で、ヒットチャート4週連続 1位の快進撃を続け、100万枚セールス目前の歌手、平井堅(30) 「大きな古時計」に期待がかかっている。126年前の歌で印税の行方 も注目されるなど、今年後半の話題をさらに集めそうだ。 原題「My Grandfather’s Clock」の同曲は 1876年にヘンリー・クレイ・ワーク(米国)に書き下ろされ、日本 では1962年のNHK「みんなのうた」で知られるようになった。 昨年8月、平井出演のNHKドキュメンタリー「平井堅 楽園の彼方 にアメリカ・大きな古時計を探して」をきっかけにファンからCD化の 要望が殺到。同局「みんなのうた」での起用を前提にシングル化、今年 8月28日に発売された。 当初から大反響となったが、「みんなのうた」の効果も大きかった。 都内のレコード店販売担当者によると、「平井のファンというより、フ ァミリー層が多い。高齢層も『懐かしい』と買っていく人が増えていま す。ただ、幅広い層にアピールできたのは何といっても平井が歌ったか ら。平井のボーカルが楽曲にマッチしていた」。 一方、今回のヒットで波紋もあれこれ。業界では「ヒット作りの大穴」 と、NHK「みんなのうた」が改めてクローズ・アップ。放送関係者に よると「企画が殺到、来年の春まで枠がまったくない状態」とか。 また、「印税はどうなるのだろう」という声も浮上。関係者によると、 「この楽曲は、すでに著作権がない」という。すでに作者が亡くなり、 保護期間の50年も過ぎているためで、平井のCD音源を制作したNH Kと所属事務所などが「原盤権」として保有することになるともいう。 JASRACから著作権(印税)が発生する可能性のある訳詞者もす でに他界。関係者は「訳詞者の家族に渡ることになるのか…。こういっ た形のヒットはあまり例がなく、計算の仕方も複雑」と頭を悩ませてい る。 ちなみに同曲には“続編”もあり、平井は「機会があったら、歌って みたい」と、第二弾にも意欲を見せているという。 平井 堅 今度は“センバツ出場” 2003年01月16日 07時17分 更新 [スポーツニッポン] 平井堅(30)が昨年歌って大ヒットした童謡「大きな古時計」が、第 75回選抜高校野球大会(3月22日から11日間)の開会式入場行進曲にな ることが15日決まった。童謡が使われるのは初めて。NHK紅白歌合戦 に出場したことで再びセールスを伸ばしているだけに“センバツ出場” とのダブル効果で、ミリオンヒットも射程圏内に入った。 前年度の話題曲から選ぶのが恒例となっているセンバツ行進曲は、い わば「国民的ヒット曲」の証明。数ある“強豪曲”の中から、世代を超 えて親しまれた「…古時計」がその称号を手にした。 決定の理由は「子供からお年寄りまで幅広く親しまれ、平井堅さんの 歌唱により若者にも広く浸透した同曲は、世代を超えて親しまれている 高校野球のイメージと合致する」(毎日新聞社スポーツ事業部)という 点。 問題となるのが、およそ行進曲には似つかわしくないゆっくりとした テンポ。48年(昭23)大会の「鐘の鳴る丘」以来、センバツ行進曲の編 曲をたびたび手掛けている指揮者で作曲家の永野慶作氏(74)が今年も 担当し、アップテンポの明るいマーチ調にアレンジするとみられる。録 音は来月4日に行う予定。 平井は14日に仕事で渡米したためコメントはないが“センバツ出場” はうれしい勲章。97年に九州朝日放送の高校野球中継のイメージソング 「HEAT UP」を製作し、少年時代に父親とキャッチボールしてい た時の自らの思い出を歌にした「キャッチボール」も発表していただけ に、行進曲決定を知らされた時にはとても喜んでいたという。 また「紅白出場」の効果で、年明けのヒットチャートで再び11位まで 急上昇し、売り上げも85万枚を突破した中での“センバツ出場”は強い 追い風になりそうだ。【歴代センバツ行進曲】 <<
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030118 読売新聞vs週刊新潮、広告でバトル! (夕刊フジ) 2003 年 1月 16日 16日発売の週刊誌「週刊新潮」の新聞広告をめぐり、同日付の読売新 聞朝刊は一部を削除して掲載している。本来の広告内容では、読売新聞 販売局を「伏魔殿」と表現しており、同新聞側が「容認できない」など として、同誌を発行する新潮社に削除を申し入れたという。 削除された広告の見出しは、「読売新聞の伏魔殿−裏金スキャンダル 『販売局』に国税のメスが入った」。(略) 本社、週刊新潮を提訴「販売裏金報道は事実無根」 2003 年 1月 17日 16日に発売された「週刊新潮」の記事について、読売新聞東京本社 はきょう17日、発行元の新潮社を相手取り、名誉棄損を理由に謝罪広 告の掲載と1億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こす。 「読売新聞の伏魔殿『販売局』に国税のメスが入った 裏金スキャン ダル」と題するこの記事は、〈1〉東京国税局の税務調査で読売の販売 局に関し数十億円の使途不明金が出た〈2〉販売局は新聞販売店へ支出 する補助金の一部をキックバックさせたり支出を装って裏口座にプール したりする方法で裏金を作っていた〈3〉販売局はもともと、わけの分 からない支出がたくさんあって裏金を作りやすく、伏魔殿のようなとこ ろだ――などと報じた。 これに対し、読売新聞社は「販売局のみならず他の部局に関しても税 務調査で使途不明金が発覚した事実はなく、販売局が裏金を作っている 事実も一切ない。本社から販売店への補助金などは制度としてきちんと 整備されており、キックバックや裏金プールなどの不正が行われる余地 はない」と反論。訴状で「記事は徹頭徹尾、虚偽と評するほかない」と 主張している。 読売新聞社は、週刊新潮が取材していた段階で、事実無根であると説 明したうえ、記事を掲載すれば法的措置を取ると事前に書面で警告した。 それにもかかわらず週刊新潮が記事の掲載を強行したため、提訴を決め た。 読売新聞東京本社・滝鼻卓雄専務(広報担当)の話「週刊新潮の記事 はすべて事実無根です。事前にその旨を十分説明して注意したにもかか わらず、掲載を強行したのはあまりにも悪質で、許しがたい虚報と言わ ざるを得ません。言論機関としての当社の社会的評価に重大な影響があ るので、提訴します」 [フィリピン] アロヨ大統領の「不出馬宣言」で与野党混迷 2003 年 1月 15日【マニラ井田純】[毎日新聞1月15日] 昨年末に、アロヨ大統領が04年の次期大統領選に出馬しないと表明 して以来、フィリピン政界は与野党入り乱れた混迷が続いている。与党 側ではアロヨ政権の前閣僚が立候補に意欲を示す一方、大統領本人は次 期大統領選挑戦もうわさされていた最大野党の党首と急接近。さらには 「不出馬宣言」自体に懐疑的な声も残っており、選挙をにらんだ動きも 本格化し始めた。 アロヨ大統領は昨年12月30日、「私が立候補すれば、国内の政治 的対立はさらに激しくなる」と述べて、突然の不出馬宣言を行った。そ れまでは、折に触れて長期的な政権構想を示すなど、次期選挙でも与党 連合側の統一候補になると目されていただけに、国内の反応は大きかっ た。 01年1月、エストラダ前大統領の不正蓄財疑惑による失脚で成立し たアロヨ政権は、前大統領派との対立を引きずってきた。政権基盤の弱 さから主要な政策課題でも大きな成果を上げられず、側近閣僚や夫をめ ぐる金銭スキャンダルも次々に浮上、最近の支持率は4割台に落ち込ん でいた。大統領は今年に入って、政争や国民の間の亀裂を解消する「挙 国一致」を掲げ、残り任期で経済改革などの課題に取り組む姿勢を強調 している。 国立フィリピン大のランドルフ・ダビッド教授は、大統領の決断を 「これまでの政治家にはない勇気ある姿勢」と評価する。同教授は、不 出馬宣言前に、政権存続を図る大統領を批判するコラムを発表したこと もあるが、「立候補しないと明らかにしたことで、本来の政治課題に集 中する環境を得た。これからの約1年半、経済の立て直し、反政府武装 勢力との和平などに取り組むよう期待する」と話す。 「アロヨ後」をめぐり、与党連合の一部は先週、ロコ前教育相の擁立 を発表。ロコ氏は最近の世論調査で「大統領にしたい人物」1位にもな るなど国民の人気も高く、本人も最近の会見で「汚職根絶に取り組みた い」と意欲を見せている。しかし、アロヨ大統領を支えてきた最大与党 「ラカス」は、候補者の決定を先送りしている。 一方、アロヨ大統領は、エストラダ政権の官房長官だった最大野党 「民主の戦い」党首、アンガラ上院議員と会談。その後、アンガラ議員 が「次期大統領選には出ない」と表明、政権に協力的な態度も見せ始め ており、大統領による新たな連立枠組みの模索と受け止められている。 こうした動きを踏まえて、アロヨ大統領が最終的には宣言を撤回し、 大統領選に出るのではないか、との見方も消えない。支持者の間では 「野党の協力を取り付けて経済改革などで成果を上げ、支持率の回復を 図ればいい」との声もある。今後、野党側候補の人選や、与党連合内の 駆け引きも活発化するとみられ、比政界の行方は不透明だ。 比が日本の高齢者受け入れ 大統領が意向 2003 年 1月 17日【マニラ=源一秀】 フィリピンのアロヨ大統領は17日、大統領府で読売新聞社など邦人 記者団と会見、「我が国内で、日本の高齢者に介護施設を提供する用意 がある」と述べ、今後、日本人の高齢者を大規模に受け入れられるよう に、日比両国間で協議する意向を示した。 比政府は、両国間で協議中の「経済連携協定」に絡み、日本側に、 フィリピン人介護要員の就労許可を求めているが、日本側から好ましい 反応が得られないことから、逆に日本の高齢者を受け入れる姿勢を示し たものだ。 アロヨ大統領は「我が国は日本と飛行機で3時間程度の距離。日本が 冬の間も我が国は暖かい」と、アピールした。日本の高齢化社会を標的 に外貨獲得を狙う、比政府側の意思がうかがえる。 また、アロヨ大統領は、天皇陛下が18日に前立腺摘出手術を受けら れることに触れ、「手術の成功をお祈りしています」と話した。 旧正田邸取り壊し、「容認を」=塩川財務相 2003 年 1月 17日(時事通信) 塩川正十郎財務相は17日の閣議後の記者会見で、皇后美智子さまが 育った東京都品川区の旧正田邸の取り壊しに近隣住民らが反対している ことについて、「反対している人の趣旨はわかるが、淡々と、法律と行 政の責任において取り壊しを容認してくれることが、国民の感情に合う と思う」と述べた。 (了) ──────────────────────────────── 敗戦直後の日本は、与太郎の育った町にも、兄がポンビキとなって、 アメリカ兵を連れてくると、妹がパンパンになり、母はメイドになって、 父だけがブラブラしている家庭が数軒あった。 正田邸保存運動は、テレビのワイドショーが騒ぎたがっているものの、 新聞は低調である。そもそも議論にならない騒動だが、軽井沢あたりに 移転して、観光用の「ミッチー・ハウス」にすればいいのではないか。 (解体前に買手があらわれなかったのは、採算が合わないからだろう) 近隣住民にまぎれて、自由党の西村真吾議員がウロウロしているのは 何故か。さらに、誰が《君が代》を歌おうと提案したのか?
| 2003年01月16日(木) |
Viva Doshisha ! |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030116 Mail'20030116 (木) Re: Casablanca ! 10:00 早速の御教示かたじけない。「ラインの守り」という歌なのですね。 わたしのホームページの同志社カレッジソングのところに何らかの形で 御教示の点を加えようと思っています。ありがとうございました。 早々 谷本岩夫 Mail'20030116 (木) Die Wacht am Rhein 谷本 岩夫 様 ── http://ingeb.org/Lieder/esbraust.html (原歌詞?) Melodie - Melodie - Melodie - Melodie - 156KB MP 3 - Karl Wilhelm 上の“156KB MP 3”をクリックすると、ドイツ語らしき合唱が聞こえ ます。管弦楽の伴奏なので、「カサブランカ」のサントラ盤ではなく、 ニュース映画の音声ではないでしょうか? 74歳のキャッシュ 〜 谷本先生のHPより 〜
学問、教育、その他(注に同志社カレッジソングを載せているのです が、この曲について新しく気づいたことを付記しました)2003.Jan.15; ── http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tbc00346/index.html 不朽の名画“カサブランカ”の一場面にドイツの将校たちが歌詞こそ 違えこの曲を歌う場面がある。対するラザロはフランス国歌ラ、マルセ イエズを歌い始め酒場にいるフランス人たちはみなこれに和しドイツの 将校たちの歌を圧倒する。この曲をなぜドイツの将校たちが歌うのかわ たしには疑問で、それほどドイツではポピュラーなのだろうか、また本 来この曲の歌詞はどういう内容の歌だったのだろう。ドイツをあるいは ナチスを讃える内容であったのだろうか。 この疑問に応えてくれたのが同志社の卒業生、阿波雅敏君からのメー ルでした。答えは既に同志社大学広報課が発行していたWILD ROVER誌 Vol.10(1996年8月1日発行)中の CAMPUS PRESSに出ていたのです。 わたしと同様の疑問をお持ちの方はぜひクリックしてご覧ください。 ── http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tbc00346/component/tyuu2.html#doshishacs 生徒はみんな紳士淑女 谷本 岩夫 ── 私の教師としての道は最初大津東高校(現、膳所高校)でスター トしたことは先にも書きましたが、ほんとの新米の私を気遣って、教頭 先生は“なあに前に座っている生徒はジャガイモが並んでいるくらいに 思えば良いよ”と言われたものです。実際1週間ぐらいは授業に出る前 は胸がどきどきしたものです。 1年後、都合で同志社高校に転じましたが、こちらでは教頭先生が “こちらの生徒はみんな紳士淑女ですから、そのおつもりで”といわれ ました。1年前を思い浮かべて、大変ショックでした。現 京大総長の 長尾君も当時大津東高校に在学中で、生徒たちは優秀な良い生徒ばかり でしたが、同志社はさすが新島先生の学校だなと思いました。 今もそうだと思いますが、先生の勤務時間も基本的には自由で、学校 のまわりに塀もなく、生徒も伸び伸びとしていました。ですから校門を 時間に閉めて生徒を殺すというようなことはあり得ないのです。君が代 を歌うとか丸刈りにするとかいうような形式的なことを整えることを教 育だと思っている愚かさに早く気づいて欲しいものです。同志社の生徒 諸君は先生の前だけかしこまると言う風潮はなく、あけすけで、先生に 友達のように語りかけてくるのです。始めは“失敬な”という感情を持 ったこともありましたが、やがてここの生徒は裏表がないのやなあと本 当に親しみを抱いて、11年間過ごしました。やはり教育には信頼感が お互いの間になければどうしようもありません。高校生はいわば狂気の 一面も持っているのですが、二十歳を過ぎるとやがて一人一人それはそ れなりに形になっていきます。そういう過渡期のケアをしているという 気持ちが、教師や親の側にも必要なようです。 ── http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tbc00346/component/education.html ──────────────────────────────── このときの教頭先生が“カンちゃん”こと高橋勘先生ならば、のちに 谷本先生が修学旅行を廃する提案に、おおいに賛同されたことと感性が 一致する。与太郎の父も、最後の担任だった杉井六郎先生に呼出され、 「彼を一人前の紳士として接してやっていただきたい」といわれ、愚息 の将来に暗澹としてしていた父は、すっかり感動してしまった。 なにもかも同志社がよいとは思わないが、当時の同志社中学高校には 同志社以外の出身者が教師としてあつまった結果、おなじような理想を かかげたのである(とくに待遇がよかったわけではなく、むしろ給料は ほかに比べて安かったという)。
| 2003年01月15日(水) |
幻の《弦楽技法》 〜 未投函書簡より 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030115 出谷 啓 殿 前略。このほど貴君のホームページを発見したが、メール・アドレス の記載がないので、あてずっぽうの住所で郵便ポストに投函する。 メールなどなくても一向にかまわない、と君はいうかもしれないが、 いつどんな情報が寄せられるかもしれないので、ぜひ開設したまえ。 同封の手紙は、ほとんど無駄話にすぎないが(三年前に電話したあと) 《弦楽技法》という書物について書きはじめたところ、脱線して未完の ままパソコンの中に眠っていたものだ。いまだに本は見つからない。 さいきん私的なホームページを連載するうち、高校時代のエピソード など思いだしたので、この手紙ごと公開することにした。 とくに返事は要らないが、貴君の生年月日を教えてくれないか。私の 人名辞典では、一九四〇年六月、大阪生れというところまで判っている が、著名なる音楽評論家にして、この日付だけが欠落しているのだ。 (占いや占星術にあらず。プライバシーとも関係がなく、公称でよい) 草々。 (Let'19990630-20030115) ── http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000 *(与太郎あての返信は、上記のWeb上で公開されることがあります) ──────────────────────────────── ── 出谷 啓《演奏会評》http://homepage3.nifty.com/detani/index.htm ── 出谷 啓《クラシック この演奏家を聴け! 19960410 音楽之友社》 幻の《弦楽技法》 〜 出谷 啓氏あての未投函書簡より 〜 国語の授業中に眠りこけていた与太郎を、誰かがゆり起した。 座席配置は左に佐々木敏男、右に遠藤瓔子、前方には中国人の林英子。 やや変則的だが、出席番号は男女別のアルファベット順による。 岡谷清子先生は、中国語に堪能で、ときには林君に原語で発音させる こともあったが、この日は楽器にくわしい与太郎が指名された。 寺田寅彦の随筆に「ヴァイオリンの演奏は、右手の弓がもっとも重要 である」とあるのは本当か、と質問されたのである。 後方の誰かに起こされた与太郎は、なにしろ教科書を持っていない。 左隣の佐々木君は教科書に頭をのせて眠っているので、右隣の遠藤君の 教科書を奪いとって(目を通すフリをしながら)出まかせに答える。 「まさしく、そのとおりであります!」 大声で答えると、先生は満足し、与太郎はふたたび眠りについた。 夢のなかで考えるに、漱石一門の高弟にして、高名なる物理学者の説 であるから正しいはずだ、と予見をもって、たしかめたにちがいない。 だが“寒月先生”のヴァイオリン演奏など、猫の“吾輩”も耳をふさぐ ほどのもので、とても参考にすべき水準ではない。 右手の運弓がモノをいうのは、左手の運指が完成されて以後である。 → 落第生は二度眠る 〜 寒月の右手 〜 20021018-1020 改稿 弦を張って音を出すには、撥く・打つ・擦る三法がある。それぞれ、 ギター、ピアノ、ヴァイオリンに代表されるが、ヴァイオリン属だけが 馬のしっぽを張った、もうひとつの弦を用いる。 つまり、ふたつの弓をこすり合わせることになる。したがって、右手 の弓に松脂を塗るとき、キュッキュッと音がする。たぶん、この原理が ヴァイオリン属に特有の使命を与えたにちがいない。 チェリストでいうと、カザルスの運指には思わずウーンとうなるよう なものがある。どうしたら、こんなにも深々とした音程をとらえられる のだろうか、と考えこんでしまう。のちのち、ロストロポーヴィッチの を聴いたときには、フーッと吐息がでるような運弓だった。 (カザルスいわく「右手のしなやかさは、年をとってからも上達する」) そもそも右手か左手か、などという問題は、彼らの演奏水準において 論じるべきもので、なみの演奏家には無用の議論なのである。まして、 アマチュアには、縁なき領域である。 そうはいっても、練習をつづけていれば、左右どちらかが瞬間的に、 うまく弾けたりすることがあり、ドキリとしながらもう一度やってみる と、単なる偶然だったことがわかる。ヘボ将棋とおなじで、そんなこと のくりかえしがアマチュアの特権らしい。 一年前だったか、NHKの秘蔵録画でオイストラフを聴いたときには、 かつてのLPレコード全盛期を思い出し、あらためて感動した。とくに チャイコフスキーの協奏曲は、彼だけが屹立して格調たかい。実演でも おなじように演奏していたことが驚異であった。 こうした名演奏は、録画したりCDを買ってはいけない。毎日きいて もあきないから、ほかのことが考えられなくなる。 それにしても、レコード評論家という商売は、ボクのみるところ謎に みちている。食味評論家とおなじで、まいにち朝昼晩うまいものばかり 食って、なにが面白いのだろう。空腹と粗食こそが、鋭敏な味覚を育て るように、あるいは恋する人に逢わないことが崇高な感情にいたるので はないか。 一軒目の酒場で、さんざん嫌われ、「河岸を替えよう」と叫びながら 二軒目の酒場にたどりつくや、さきの店のママやホステスの悪口をいい ふらすような助平どもと、ちっとも変らんではないか(酒とバラの日々 の記憶は、ボクにも無いわけではないが)。 高校時代のボクは、通学途上の名曲喫茶にあるレコードは、針が落ち ると同時に、演奏者を当てることができた。はじめて聴いたものでも、 数分のうちに曲名と演奏家を推定できた。さらに、十字屋の本棚にある 楽譜や書籍は、ほとんど目を通していた。 読み物として面白かったのは、近衛秀麿《フィルハーモニー雑記》で、 たとえば、若き日の著者がベルリン・フィルの練習のあいまに日本から きた手紙を読んでいると、楽員があつまってきて指さして笑っている。 何が可笑しいかというと、文字がタテにならんでいるからだという。 のちに、もうすこしで著者に会うところだったが、その時には尋ねて みようと思ったのは、当時アラビア人の楽員がいたら、みんな笑ったか どうか(アラビア語は右から左に書かれているらしい)。 まじめな音楽書には、まるで面白いものがなかった。 《指揮法》《管弦楽法》《作曲法》には関心があったが、いまひとつ 大仰で大上段にふりかぶったものばかりだった。十数年後、芥川也寸志 《音楽の基礎/岩波新書》はよくできていて、あのころに読んでいたら、 ずいぶん参考になったのではないか。 結局、自分で勉強法を工夫することにして、ドヴォルザーク《新世界 交響曲・第二楽章》序奏部を、ピアノ・スコアに直すことを思いついた。 これをどうするというわけではないが、木管・金管の移調楽器が錯綜 しているので、なるほどかくしてあのような和声がわきあがってくるの か、というイメージが理解できた。 おなじ趣向のものに、ベートーヴェン《コリオラン序曲》があって、 チェロの分散和音が意味ありげにみえる。しかるに、レコードで聴くと ガサゴソ鳴ってるだけで、譜面の印象にはほど遠いのが不思議である。 全体にまとまりがなくて、駄作らしい。 これを三十数年後に、ウィーン・フィルの就任披露演奏会だったか、 リッカルド・ムーティとかいう指揮者で聴いて「これだ!」と思った。 ほとんど最近の音楽家は知らないが、この指揮者は、なにしろ目付きが ちがうのである。おまけに、にくらしいばかりの斬新なプログラムで、 まずは《未完成交響楽》ではじまったのである。二番目の曲は思い出せ ないが、たぶんコンチェルト風の小品で、最後に《コリオラン序曲》を もってきたものだ。このあと、アンコールなどやらず、プッツリ終れば、 さらに感動したはずだが、さすがに経営者が許さなかったとみえる。 その夜、なにげなくチャンネルを回したところ、なかなかの《未完成》 であって、どことなく凄みが感じられる。 そこで新聞をみると、最後に《コリオラン》とある。一種の誤植だな、 と解釈して聴いているうちに、だんだん引きこまれていく。なにしろ、 目付きがするどいのである。待てよ、ひょっとすると彼は意図してこの ような順序にしたのではないか、と考えはじめた。 そうか、わかったぞ。この男のねらいはやはりそこにあったのだ。 存分に期待させられて、ついに《コリオラン》が始まった。 息つくひまもなく、チェロの重々しいアルペジオが、譜面そのままの イメージで地鳴りのように聞えてくるではないか。そうだ、これだ! なぜ今まで、この曲はこのように演奏されなかったのか。このように 演奏されたとしても、録音再生の技術が、すくなくともこの曲に限って、 いまの安物のテレビにも及ばなかったのだろうか。いや、そうではない はずだ。前述のオイストラフのフィルム(ビデオではない)のように、 録音状況にかかわらず名演奏は伝わるのだから、いままでの指揮者は、 この曲を甘くみていたのではないか。さらに推測すれば、チェロ奏者が この曲の演奏効果を甘くみていたのではないか。まるで練習曲の一部の ように、漫然と奏していたのではないか。 高校時代のボクは、いいかげんな指揮者だったが、いわゆるリズム感 というものには疑問をもっていた(要するにリズム音痴だったのだ)。 しかし、わがオーケストラの、とくに金管楽器奏者に対して、いつも 「腰をおろすな、ドッコイショはいかん!」といっていた。休止符は、 「ヤレヤレ」と腰をおろす時間ではない、つぎのパッセージを予告する 瞬間なのだ、という意味である。 ここにいたって、きみの本が伝える近衛秀麿氏の話につながる。 氏の独創したという《運命》冒頭のフェルマータ問題である。 氏は、いつも長さが同じであるべきだ、という理由で、フェルマータ に時間を定めたという。こうすれば、コンサート・マスターをはじめ、 皆が指揮者のその日の気分に惑わされることなく、自信をもってつぎの パッセージに入ることができる、という。 ボクは、どうも理屈がわからない。これが凡百の凡曲ならいいとして、 西欧古典音楽を代表する傑作であり、無難に済めばよい、という曲では ないのである。チィチィパッパではないのである。安全第一ではないの である。危険を承知で、不条理に立ちむかうのが、基本姿勢である。 フェルマータの長さが一定でないからこそ、緊迫感が生じるのである。 高校時代のボクが、とくに先輩連中から陰口をたたかれていたのは、 棒が見にくい(リズムが不明確)ということであり、後輩たちの不満は いつ始まるか(その瞬間まで)わからない、というものだった。 さすがに、デビュー直前に聞かされたときには、心底まいったものの、 けっして曲げることはしなかった。棒にあわせて拍子をとるのではない、 音楽それ自身のおもむくままに、全員が(聴衆とともに)一体となって 進むべきであり、いつ始まるか聴衆にバレてはいけない、というような ことが信念だった。 ついでにいうと、音楽を聴くときに、いっしょに身体を動かすような 聴衆はまやかしの連中である。ダンス・ミュージックをやってるわけで はない、西欧古典音楽は聴衆を楽しませるためにあるのではない。 曲が終わったら、なにがなんでも一番に「ブラボー!」と叫ぶ輩め! しかるに最近は、どこのオーケストラも、まるで銀行員とか市役所の 小役人みたいな顔つきの楽員ばかりで、どいつもこいつも楽譜どおりに 演奏していればクビにならないつもりでいるのではないか。 わかい指揮者もそうだ、みんなが小澤征爾をお手本にして、やたらに 身をくねらせやがる。いいかげんしろ! 演奏中にニタニタ笑うヤツも いるから困ったものだ。なんのつもりか。(未完) 幻の《弦楽技法》 〜 新井 正夫氏あての未投函書簡より 〜 そもそもの動機は、《弦楽技法》という題名の、大切にするあまり、 後輩たちに「ぜひ読みたまえ」と貸しつづけたため、行方不明になって しまい、いまでは著者も出版社も思いだせない一冊にあります。 アマチュア音楽愛好家とみられる著者が、当代のヴァイオリニストは もとより、たとえばヴィオラのプリムローズや、コントラバス、はては ヴィオラ・ダモーレのような古弦楽器奏者まで歴訪した労作です。 たとえば、弦楽四重奏の第二ヴァイオリン奏者に対して「すでに第一 ヴァイオリンが歌いおわった旋律を、つねに繰りかえすのは退屈ではあ りませんか」などと質問しています。「そんなことはありません、同じ 旋律を奏することは、反復ではないのです」と答えているのは、若き日 のシュナイダーハンというわけです。 岩波西洋人名辞典によれば、カール・フレッシュに同名の技法書があ り、岩渕竜太郎氏も(対談では)同意されたが、内容からみて、著者は 別人のアマチュア演奏家でなければなりません。 故人の奏法についても、興味ある伝説が紹介されています。ヨアヒム は、ベートーヴェンが《ヴァイオリン協奏曲》第一楽章、カデンツァの 直後“第二主題”に指定したドルチェ(甘く)を、まるで無視するかの ごとく、ヴィブラートなしで奏した、というのです。 本来、カデンツァは演奏者の即興によるものですが、現代の楽譜では (ほとんど)ヨアヒムのものを印刷しています。すなわち、ヨアヒムの カデンツァは決定版であり、かつまた究極の名演奏であったとされるの に、何故ノン・ヴィブラートなのか? 私の旧稿《弓弦十話19701029》では、本文の記憶をもとに“力つきた 英雄が虚しく回想に心をゆだねるシーン”の象徴的表現と要約していま すが、どのレコードを聴いてもノン・ヴィブラートの実例に遭遇しない ことから、いわば幻の演奏伝説が実在していたのでしょう。(未完) (Let'19950506ca 双竜外伝について) ■Mail'20030115 (水) Casablanca ? 何かご存じなら教えてほしい 風邪を引いて元気がないのですが、前に買っていたDVD“カサブラ ンカ”を今日は見ました。昔見たので懐かしくて買っておいたのですが、 内容はすっかり忘れていたので、新鮮な感動を受けました。やはり名画 ですね。その中でドイツの将校たちがリックの酒場で歌う歌が歌詞は分 からないのですが曲は同志社カレッジソングの曲ですね。地下組織の指 導者ラザロがこれに対してフランス国歌を歌い、酒場の人達がこれに和 してドイツの将校の歌うのを圧倒してしまいます。カレッジソングでは Carl Wilhelm作曲ということになっています。さて、この曲は本来どう いう由来を持っているのでしょう。 何か知っておられることがあれば教えてください。早々。 from:谷本岩夫 ■Mail'20030115 (水) 電話のあとで 22:00 > 20:07 まずは《皇帝賛歌》のこと ── この曲は、たぶんハイドンの作になるオーストリア国歌の変奏曲 のために、彼の弦楽四重奏曲の代表作のように知られ親しまれているが、 ガイリンガーは、「驚くほど霊感にとぼしい四重奏曲で、彼の後期作品 の系列に位置づけることがほとんどできない」と極言している。 ── 大宮 真琴《名曲解説全集 8 19591110 音楽之友社》P086 古楽器による現代的演奏(NHK芸術劇場)を聴くと、初演時のサウ ンドは、当時としては前衛的ではなかったか。 ── 《皇帝賛歌》の歌詞、一番は「外国を刺激する」、二番は「意味 がない」ので、三番だけが“ドイツ国歌”として歌われている。 ── 《朝まで生テレビ 19990327 テレビ朝日》 ■Mail'20030115 (水) Casablanca ! 映画「カサブランカ」で「One purpose」が歌われている?! 「映画『カサブランカ』の中で、カフェで独軍が歌う『ラインの守り』 のメロディーが、なぜ同志社のカレッジソングと同じなのでしょうか」 というご質問を、渡辺峻さん('72年商・院修了)からいただきました。 実は第3号で同様のお問い合わせにお答えしているのですが、改めて簡 単にご説明します。 同志社カレッジソングの作詞者は近江兄弟社の創設者W.M.Voriesで、 旋律は Carl Wilhelm 作曲「Die Wacht am Rhein(ラインの守り)」を 借用しています。この元歌の歌詞がドイツで書かれたのはライン川を挟 んでフランスの脅威が増してきた1840年で、1854年に曲が作ら れ、1870年の普仏戦争の際にドイツで国歌のように歌われるように なりました。 映画 「カサブランカ」 の舞台は第二次大戦下の仏領モロッコ。同志 社カレッジソングが歌われ始めたのは1909年ですから、映画制作時 には既に「One purpose…」は存在していました。ちなみにアメリカの イェール大学校歌も同じメロディーを使っており、本年6月20日に栄光 館で行われた本学グリークラブとイェール大学グリークラブのジョイン トコンサートでは、双方のグリーが校歌の交換を行いました。イェール 大学の方がメロディーを本学よりゆっくりと歌ったのが印象的でした。 ── http://www.doshisha.ac.jp/daigaku/wr/vol10/wr10-21_23.html ── 昭和27年 4月・京都市京都御苑北相国寺南元花の御所東鴨川西に ある中学校に入学。校歌は映画「カサブランカ」に出てくる酒場でドイ ツ将校たちが歌う国歌と同じメロディだった。 ── 遠藤 瓔子《タンゴ、口には出せず 20001201 gui 61号》P167-176 ── http://www.geocities.jp/endohkun_22/profile/gui.html
| 2003年01月14日(火) |
Happy Birth-Day ! |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030114 谷本 岩夫 様
お誕生日おめでとうございます。 一月十四日生れの233人(旧暦・異説は8人)の抜刷を同封します。 同志社校祖・新島襄は、天保十四年一月十四日(18430212-18900123) ですが、この日付では記念礼拝などの行事は記憶がありません。 しかし新暦の二月十二日に、茂 義太郎牧師(のちに同志社高校々長) が中学のチャペルで説教された記憶があります(19530212)。キリスト 教(教派によるちがいはあるでしょうが)では、誕生日より昇天記念日 を尊重するらしく、命日の一月二十三日には、早朝から若王子山頂での 墓前礼拝などの行事がありました。 最近わかったことですが、新島襄の一周忌(一年後の命日)に生れた のが同志社中学教頭・ホザナコーラスの中堀愛作(18910123-19810106) 先生だったので、ご両親はひそかに転生(生まれ変わり)であれかしと 期待されたかもしれません。この“転生”については、ベンジャミン・ フランクリン(17060117-17900417,90/Julius 17060106-17900406)が 伯父・トマス(1598-17020106,103)の五周忌(四年後の命日)に生れ たことを記しています。 ── 「もしも伯父さんが四年後の同じ日に亡くなったのなら、人はそ れこそ生まれ変わりだと思うでしょう。」 ── 松本 慎一&西川 正身・訳《フランクリン自伝 19570107 岩波文庫》
わたしの回想になりますが、高校オーケストラの草創期のメンバーで、 つぎの三人は誕生日がほぼ同じです。 阿波 雅敏(19390120)、吉田 肇(19400123)、馬場 久雄(19410120) この三人は、いくぶん家が近いこともあって、卒業後も緊密な友情が つづいたのですが、二十二年の空白(19720101-19940917)を経て再会 しています(不滅の友情を確認した一夜でした)。 吉田君の誕生日は、新島襄の四十九周忌(五十年後の命日)にあたる ので、同志社に在籍するかぎり、あんまり祝ってもらえない(?)ので 同志社大学への推薦を拒否、トロンボーンで身をたてるべく京都芸大を 受験、すぐに断念して、大阪市立大学を卒業したというわけです。彼の 一日も早い引退(西山ドライブウェイ社長)を待っているのですが……。 (なんだか、まとまらない話ばかりですが、ご健康を祝して) (Let20030112)
■Mail'20030114 (火) 17:07 お礼
阿波雅敏君
わたしと同日生まれの面々の詳細なリストを頂きありがとう。誕生日 の今日、わたしは風邪であまり調子は良くありません。家内が年末から 微熱が続き、検査も必要ということで1月9日に入院し、わたしの生活 リズムも変わって疲れも出ているような気がします。 わたしの職名は次が正しいです。 京都女子大学名誉教授/同志社高校理科教諭〜「74歳のキャッシュ」 ── http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tbc00346/index.html
ではまた。化学部のポン会は17人寺町三条の三嶋亭に集まりました。 早々 谷本岩夫 ■Mail'2003/01/15 (水) はるかなる読者より to:yokoo@rb3.so-net.ne.jp(遠藤瓔子)18:44 < 20:11 落第生は二度眠る 〜 寒月の右手 〜 国語の授業中に眠りこけていた与太郎を、誰かがゆり起した。 座席配置は左に佐々木敏男、右に遠藤瓔子、前方には中国人の林英子。 やや変則的だが、出席番号は男女別のアルファベット順による。 岡谷清子先生は、中国語に堪能で、ときには林君に原語で発音させる こともあったが、この日は楽器にくわしい与太郎が指名された。 寺田寅彦の随筆に「ヴァイオリンの演奏は、右手の弓がもっとも重要 である」とあるのは本当か、と質問されたのである。 後方の誰かに起こされた与太郎は、なにしろ教科書を持っていない。 左隣の佐々木君は教科書に頭をのせて眠っているので、右隣の遠藤君の 教科書を奪いとって(目を通すフリをしながら)出まかせに答える。 「まさしく、そのとおりであります!」 大声で答えると、先生は満足し、与太郎はふたたび眠りについた。 夢のなかで考えるに、漱石一門の高弟にして、高名なる物理学者の説 であるから正しいはずだ、と予見をもって、たしかめたにちがいない。 だが“寒月先生”のヴァイオリン演奏など、猫の“吾輩”も耳をふさぐ ほどのもので、とても参考にすべき水準ではない。 右手の運弓がモノをいうのは、左手の運指が完成されて以後である。 (19990630-20021020 改稿) ── 《一件落着》http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20021018 ── 《ポンちゃん》http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20030114 ── http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tbc00346/component/care.html
*(与太郎あての返信は、下記のWeb上で公開されることがあります) ── http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000 ■Mail'2003/01/15 (水) Re: はるかなる読者より 阿波様 本名は何とおっしゃる? 高校で同窓でしたか? ぼんくらボン故某佐々木と同級だったかどうかは覚えてません。林さ んとは今でも時々会います。みどり会という女子だけの同窓会で。 >(全文引用、略)< 遠藤瓔子 yokoo@rb3.so-net.ne.jp 「きものであそぼ」 http://www.geocities.jp/endohkun_22/menu.html ■Mail'2003/01/16 (木) 10:45 追伸:遠藤瓔子さんの「タンゴ、口には出せず」も面白く読んだ。 谷本岩夫 ■2003/01/17 (金) 女手(1) 遠藤くんにメールを出したら、「覚えてません」と返事が来た。 (そそっかしいのも、コケットリーの条件ではあるが) 獅子堂静雄(生物)先生の担任で、同志社高校二年D組の同級生とし て一年間にわたって彼女の左隣に(一時的にせよ)座っていたのである。 思いだしてくれない相手に、あれこれ説明するのはバカバカしいが、 そんなに存在感がなかったか、と思うとシャクであり、それならそれで、 与太郎の回想は(とりとめもなく)つづく。 そもそも“寒月の右手”は、知人の音楽評論家あての書簡として書き はじめたもので、高校時代の回想が目的ではなかった。しかるに左手に 佐々木敏男、右手に遠藤瓔子と書いたあたりから脱線してしまった。 当初の構想では、岡谷先生が(女だてらに)弓道の達人だったから、 「右手と左手は、どちらが重要か」と確認された、という推測である。 ここで与太郎が、ヴァイオリンの弓について、気のきいたひとことを 答えていたら、先生も弓道に対比して持論を述べ、余談ながらも授業が もりあがったにちがいない。 与太郎が寝ぼけて「まったくそのとおり」と素気なく答えたために、 先生も興をそがれてしまったのであろう、という反省でもある。 岡谷先生が、いつも顔をしかめて不機嫌にみえたのは、悪ガキどもの 愚かさに我慢できなかったらしい。誰かが教科書の一節を朗読すると、 「アンタは漫画ばっかり読んでるさかい、テニオハがええかげんやネ」 とバッサリ。ズバリ的を射る厳しさは、男の先生たちもかなわない。 さいわいにして与太郎は、入学当初から岡谷先生に一目おかれていて、 模範答案はもとより、文芸部の発禁事件の当事者であること、課題作文 《愚作自叙伝》を通じて(与太郎が)なぜ音楽に魅せられたか、という 告白を、ただひとり知るうる立場にあった。 二年生の秋は、文化祭の運営について(顧問対役員として)具申する 機会もあった。先生が許せなかったのは“不調和”である。そのころに 書かれた文章(出典不明)で、夢の中で出会った人々が下品に笑いあっ ているのを見て「なんと不調和な人たちだ」というくだりがある。 ■2003/01/17 (金) 女手(2) 三十二年前、ベラミでの同窓会(19710115)に前後して、同級生だった 岡林睦くんに電話すると、 「女子ばかりの私設同窓会があって、いつも岡谷先生を招いています」 とのことだった。与太郎は出席できないが、もういちど先生に会いたい というと、電話番号を教えてくれた。当時の与太郎は、俗物そのままに “酒とバラの日々”だったが、岡谷先生と文学談義をすれば、失われた 少年時代にもどれるかもしれないと考えた。この対話が実現していれば、 もちろん“寒月の右手”の話題からはじめるつもりだった。 遠藤くんの自伝によると、晩年の先生は痴呆症だったそうである。 同志社中学三年C組の担任は、児玉操(英語)先生だった。九州大学 英文科卒業の才媛で(くわしい事情はわからないが、女手ひとつで一人 娘を育てながら)英語教育への情熱は、コロコロと太った全身にあふれ ていた。 たとえば、都々逸「♪思いだすよじゃ惚れよが浅い」の一句を英語で 翻訳するむずかしさを説明された。とくに「惚れる」に相当する英語が 見あたらないという。中学生としては、なんと反応すべきか? 正しくは「♪夢に見るよじゃ惚れよが薄い、真に惚れたら眠られぬ」。 中学三年のとき隣のクラスだった遠藤くんは、座談会に出席している。 ひとことしか発言していないが、事実上の編集者が与太郎だった。 → 《図書室便り・第五号 19550316 同志社中学校図書委員会》 これを再録した《虚々日々 20001231 阿波文庫》では“瓔”がなくて、 “●=王+嬰”を当てている。 インターネットを検索していて、どこかで見おぼえのある漢字に目が とまった。ようやく“瓔”の漢字コードが追加登録されていたのである。 「呉音=よう、漢音=えい。一種の玉、髪飾り」 検索を拡大して“遠藤瓔子”のフルネームを発見した。 与太郎は“Eiko”と読んでいたが、命名は“Yo^ko”らしい。さらに 本人のメール・アドレスでは“yokoo”と表記している。 もし彼女が、洋子とか陽子のように平凡な名前であったら、あるいは 結婚して離婚せず、つまり“安部瓔子”のままで小説を書いていたら、 ついに気づかなかったであろう。
| 2003年01月13日(月) |
無頼の研究 〜 キンコンカンの客たち 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030113 ■2003/01/13 (月) キンコンカン(1) 映画監督の深作欣二氏死去=「仁義なき戦い」「蒲田行進曲」 2003 年 1月 12日(時事通信) 「仁義なき戦い」「蒲田行進曲」などで知られる映画監督の深作欣二 (ふかさく・きんじ)氏が12日午前1時、前立腺がんのため東京都中 央区の病院で死去した。72歳だった。水戸市出身。自宅は東京都世田 谷区成城5の5の10。葬儀は16日午後零時30分から中央区築地3 の15の1の築地本願寺第二伝道会館で。喪主は長男で映画プロデュー サーの健太(けんた)氏。 深作氏は昨年9月、骨がんが全身に転移していることを告白、12月 に病を押して新作「バトル・ロワイアル�供廚了1討魍�始したが、年末 に激痛を訴えて入院していた。 1953年日大芸術学部を卒業後、東映に入社。61年に「風来坊探 偵・赤い谷の惨劇」で監督デビューした。72年「軍旗はためく下に」 で、戦争中に国家と組織によって圧殺される弱者の怒りを暴力と情念で 表現し、タシケント映画祭平和賞を受けた。 73年からは実録ノンフィクションを映画化した「仁義なき戦い」5 部作を発表、若いやくざの激烈な青春像をダイナミックに描いた。その 後、「柳生一族の陰謀」「魔界転生」などの娯楽大作のほか、つかこう へいの舞台を映画化した「蒲田行進曲」が日本アカデミー賞作品賞に輝 くなど、各映画賞を総なめにした。 2000年の「バトル・ロワイアル」では中学生の壮絶な殺し合いを 描いて物議を醸したが、大ヒットした。97年に紫綬褒章を受章。 ──────────────────────────────── 昨年9月、「寿命というものはどうしようもない。燃え尽きたら燃え 尽きた時。精いっぱい出来ることをやっていきたい」と語り、12月1 6日に撮影に入った。 しかし、同21日に体の痛みを訴えて入院。プロデューサーでもある 健太さん(30)が、今月5日から監督代行として撮影を再開させた。 病院で健太さんがそれを報告すると、うれしそうに息子の頭をなでてい たという。 今年に入って病状は安定していたが、11日夜に容体が悪化。妻で女 優の中原早苗さんや健太さん、「仁義なき戦い」に主演した俳優の菅原 文太さんらに見守られて、静かに息を引き取った。東映の関係者による と、菅原さんは無念そうに「運命だな」とつぶやいたという。 ── YOMIURI On-Line 20030112
(未完)
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030112 ■2003/01/12 (日) トライアングル 〜 Canada & Kannu 〜 カナダの有賀君に「カンヌの若林君あてのメールが届かないようだ」 という趣旨の質問を送った。 閑居老人の、いかにも浮世ばなれした疑問が、多忙な聖職者にとって、 どうやら迷惑らしいので、一休みすることにしたが、メールのやりとり に混乱が認められるので、別項“Ariga Mails”をまとめておく。 混乱の理由のうち、日本語のパソコンで、英語とフランス語の混在文 を翻訳ソフトで解読できるか、というサンプルであり、もうひとつは、 メールの管理ソフト(MS-OutLook)が、時系列上の行きちがいをコン トロールするには、まだまだ未熟なことである。 タイトルの《Tell Me Why》は、中学時代に歌ったキャンプソングの 題名で、彼ならば通じるキーワードとして、そのまま用いたものである。 「Tell Me Why the Ocean is blue(どうして海は青いの?)」など 少女の素朴な質問が、さいごに「あなたを、忘れられのはどうして?」 というようなオチで結ばれたと記憶する。 ビートルズ(ジョン・レノン詞)に同名の曲があるらしい。 「Tell me why you cried And why you lied to me? (教えてくれ、なぜ泣いたのか、なぜ僕に嘘をついたのか)」 電子メールの件名は、簡潔でわかりやすいものがよい。かといって、 「毎度ありがとうございます」とか「はじめまして」などは趣向がない。 返信のおりには、そのまま「Re: 」で始まることを想定すべきである。 「Re: はじめまして」というような件名は、後日わかりにくい。 数年前のウィルス・メール事件では、数百万の人々が「I Love You !」 と題されたメールを開いてしまった。このメッセージのつづきを読みたい という誘惑に勝てる人は少ない、とアメリカの当局者がコメントしたのが 印象的だった。つぎは「Happy New Year !」などが危ないかもしれない。 川柳・狂歌や漢詩の一行、映画の題名をもじってみるのはどうか。 ただし「ロシアより愛をこめて」とか「夜霧よ今夜もありがとう」など、 初対面の相手にぶっつけるのは過激すぎる。ひとりよがりなものは不愉快 だが、親しい相手なら(陳腐なダジャレでも)いろいろ実験できる。 与太郎の自信作は「拝読・通読・愛読しています。」である。高校時代 の谷本先生のホームページ発見を伝えたもの(20020303) 。 ■2003/01/12 (日) トライアングル 〜 Dr.Ariga 〜 Profile of Chaplain(礼拝堂牧師)〜 自動翻訳のママ 〜 Rev.Seiichi Ariga、B.Eng博士。M.Eng、Ph。D(M.Div)。 日本、ドイツおよびカナダの核融合および高性能のレーザー物理学の 前の研究者および教授は、UBCの中の神学のバンクーバー学校(Vancouver School)の卒業生、およびカナダの結合した教会(United Church)の規定 された大臣です。 彼はさらに熟達したフルート奏者および美術の恋人です。 彼は少数の言語を話し、もっと学習することを望みます。 彼は、全学生数の現在のethno-文化的多様性を評価し、喜んでいかな るものあるいは任意の国あるいは文化からの信頼がないの学生に情緒的 かつ精神的な支援を提示します。 信頼伝統の記述 カナダの結合した教会(United Church)は、3つの主なプロテスタント 伝統の結合として1925年に形成されました; メソジスト派、PresbyterianismおよびCongregationalism。 その後、福音の結ばれた同志は結合に参加しました。 教会は、したがって、神学の位置およびアプローチの広いスペクトル を包含します。それは、活動的に従事されるだけでなく、世界的・相互 信頼活動の中で。社会裁判関係は非常に同様にその伝統の一部です。 活動のスケジュール UCCMは、下記活動の中で現在提示するか参加します: 1) 日曜礼拝;大学丘集合(VSTの内部のキャンパスの北の東の終了に) 午前10:30。 ウェストポイントGeryは教会(SAFEWAYの後ろのTolmieおよび西の第8 の通りの)午前10:00を結合しました。他の隣人は教会(情報はUCCMオフ ィス(UCCM Office)から利用可能です)を結合しました。 2) 次のものでTaizeのソングを持った祈願を等しくする日曜: ウェスト ポイントGeryは教会(4月、午後7:30、大学丘集合(9月)3月(8月))午後 7:00を結合しました。 3) UCCMオフィス(UCCM Office)のバイブル研究(9月 3月)金曜正午 4) 回転で懇親会(9月 4月)午後6:00を等しくする金曜。 Arigaの家 オフィスの位置 5885のuniversity大通り、バンクーバー、 BC、V6T 1K7 Lutheran Campusセンター(Lutheran Campus Centre)の中 で:Wesbrookモール(Wesbrook Mall)およびuniversity大通り(University Boulevard)の角で。UBC病院(UBC Hospital)の向こうに対角線上に。大学 村の第2のカップ・コーヒー店の前に。 ── http://chaplains.students.ubc.ca/2seiichi.htm ■2003/01/14 (火) トライアングル 〜 Many Thanks ! 〜 有賀 誠一 君へ 君が多忙なことは、英文のホームページ“UBC Chaplains”を開いて 分かった。 プロテスタントの牧師が、オフィスや自宅まで公開して、地域住民に 信頼されている情景は、日本では想像できないのだ。ますます切磋琢磨 してもらいたい。だが一方では、みんなが引退して、のんびり昔話でも と思う(ボクは15年も前から、その日を待っているが)。
君の名は、漢字で検索すると数件あるが、ふと思いついてローマ字で 検索してみると53件もあって、たちまち写真にもめぐりあった。 (父上の鉄太郎博士の風貌そっくり、母上の面影もしのばれる) ビル・ゲイツも言ったように、翻訳ソフトは「ほとんどが使いものに ならない」が、当面の最重要部門だと思う。 あたかも両替所で円をドルに換えて、さらにポンドから円に戻せば、 いくら目減りするのか?(早急に、君の助言にもとづいて検討したい) さらに、木下君の電話でも話したことだが、現代日本は、あまりにも 文化的秩序(ボクは“情報美学”と創称したが)が低迷している。 カナダ合同教会のホームページは見事に洗練されていて、あきらかに ローマ文明を継承している。ところが同志社や慶応のホームページは、 まことにみすぼらしい。 若き日の与太郎がデザイナーを目ざしたのは、注文主に金をもらうた めではない。自己表現できる新しいジャンルを選んだつもりだったが、 広告代理店という伏兵が、業界に君臨してしまったのだ。 与太郎は、俗物だったので、ほかの仕事で金をもうけようとしたが、 天は二物を与えない。金など欲しがらず(酒など飲まず)に、貧しい 芸術家の道を歩むべきだった。 15年前の与太郎は、毎日8時間も飲んでいて、表面的なトラブルは なくても、内心は不安をかかえていた。ムソルグスキーやフォスターも 依存症のために亡くなっている。数人の友人は、家庭そのものを放棄し たが、その後も酒をやめていない。 たんに経済的な理由だけでは、治療不可能である。 与太郎が断酒できたのは、きわめて稀な成功例だったと思う。 (古代暦の研究に没頭して、旧約聖書などの大著を読みつづけた) カトリックには聖職者専用の病院まであるらしいが、もし役立つなら、 せっかくの経験を活かしたいものだ。 ではまた、“愚僧の愛妻”によろしく。 与太郎 より ■2003/01/15 (水) トライアングル 〜 Re: Many Thanks ! 〜 7:58 雅敏くん、 僕の人生背景をインターネットで調べてくれたようで、ありがとう。 僕自身、そんなにあるとは知らなかった。(時間もないし、まだ調べて もいないけど)貴君が酒に溺れていた時代があったようだね。もともと 芸術家志向だった君が利潤追求の世界で人生に嫌気がさしたというのは、 僕にはよくわかる。僕自身、もともと金銭には縁遠い世界に育ってきた んだけど、ものすごい競争社会である工学系に進んだために、もう少し で人生の目的を見失うところだった。牧師になることはとても恐ろしか ったし、僕が適任かどうかと自らを疑うことはあるけれど、後悔はして いない。 すくなくとも、自分の信じることを述べ、またそれに従って行動でき る自由を持てることが、なんと素晴らしいことかと思う。「神」という、 永久に不可解な存在と対峙しながら、自らを反省し、理想を模索追求す るという贅沢は、この利潤追求社会ではそう簡単にできるわけではない。 ありがたいことだ。 僕は仕事柄、毎日学生や教職員と飯を食い、雑談をし、会議に出席し、 また真面目なカウンセリングなどもやったりしている。この社会では、 表面的には問題がないような顔をしているが、誰もが深刻な問題を心に 抱えているのが実状だ。つい数時間まえにも、一職員から家族に一員に アルコール中毒者が居ることを聞かされた。中毒がいいとは言わないが、 自分を偽って生きていかねばならない社会であれば、酒に溺れる人間が 出ても不思議ではない。新島先生は「良心の全身に充満せる丈夫の起こ り来たらんことを」と祈られたが、僕はいま「空の鳥をみよ。蒔かず、 刈らず、蔵に収めず。それでも天の父はこれらを養っておられるではな いか。何を飲み、何を食べ、何を着ようと、思い煩らうな。ただ、神の 国と神の義とを求めよ。そうすれば、その他のものはすべて添えて与え られるであろう」ということを信じて生きていく学生がこの大学から生 まれてくることを祈っている。 ところで、Tell Me Why だが、全部の歌詞は(僕の記憶が正しいとして) 次の通り。 Tell me why, the stars do shine; Tell me why, the ivy twines; Tell me why, the oceans blue; And I will tell you, that's why I love you! Because God made the stars do shine; Because God made the ivy twines; Because God made the oceans blue; Because God made you, that's why I love you! それでは、また。お元気で。祝福を祈っています。 誠一愚僧 追伸。円、ドル、ポンド、ユーロと外貨交換するたびに交換手数料を 取られるから、必ず目減りしていく。ただし、交換レートは毎日変化す るから、タイミングが良ければ、元金より増えることもありうる。僕は 日本、ヨーロッパ、北米を渡り歩いていて数回この恩恵に浴したことは あるが、意図的にやったことは一度もないので、実際にどの程度儲かる ものなのかは知らない。いずれにしても牧師にはあまり縁の無い話だ。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030109 Re: 各種リストの掲載について ご利用ありがとうございます エンピツサポートの有住です。 > 各種リストに、わたしの日記が見当たりません。 > 下記のとおり設定したつもりですので、ご確認ください。 最新の日記の日付が2020年になっておりますが、 仕様上、現在存在する日記の日付より古い日付の日記を登録しても リストには掲載されません。お手数ですが2020年の日記を削除し、 2020年の日記に記載があった説明は別途デザイン設定でご記入ください。 > リンク解析 使用する(昨日0108までありましたが0109から空白です) > この解析はなかなか面白いのですが、くわしい解説は? 「マイエンピツの説明」をご覧ください http://www.enpitu.ne.jp/docs/myenpitu.html > 表紙に、すべての目次ALL LISTを、つねに表示するには? このURLを目次としてご利用ください。 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000 主な変更法としては日記ページから目次ページへのリンクを 上記のリンクと変更してください。 やり方がわからないようでしたらこちらで設定致しますので お申し付けください。 他にも不明な点などありましたら お気軽にお問い合わせください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「エンピツ」 http://www.enpitu.ne.jp/ エンピツサポート(有住理) support@enpitu.ne.jp
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030105 ■2003/01/05 (日) 畏友諸君! 謹んで新春のお慶びを申し上げます 2003年1月1日(Let'20030101-0103) 上の絵は昨夏訪れたエトルリア文明の美術品です。倉敷にもこの文明 の美術館がありますね。本年もよろしくお願いいたします。 610-0331 河原 満夫/友子 ──────────────────────────────── 倉敷蜷川美術館。日本で唯一の古代ギリシア・ローマ美術専門美術館。 京都の蜷川家が3代にわたって収集したもの。 美術館側の要請により残念ながらこのページは閉鎖しました。 ── www.officenet.co.jp/~yoji/vase/kurash_j.html 「三代にわたる四十余年のコレクション」だというが、蜷川(にながわ) 明&岸子夫妻の生没年月日は不詳。現況については別項にまとめた。 江戸っ子の京都府知事・蜷川 虎三(18970224-19810227)とは関係が ないらしい。 畏友・河原満夫君は、同志社国際中高で西洋史を講じているという。 その風格は《虚々日々》で「余太郎」以下「発禁始末」に詳しく述べ たので、いずれ《与太郎文庫》でも公開するつもりである。中学高校を 通じての旧友ベストテンであることは当然だが、「悪筆番付」では張出 平幕筆頭などと陰口している。→20010920 四十余年の疎遠を経て、《虚々日々》を受取った彼は、荘重な返信を くれたが、これに応えないまま二年以上たってしまった。他の諸君への 弁解同様、書くべきことが多すぎて、すぐに書けなかったのだが、彼は (悠揚迫らず)ことしも年賀状をくれたのである。 昨秋、杉井六郎先生からの電話に、こう伝えた。 「先生は、大学教授を引退されても、学者としては現役でおられるから、 私ごとき問題児の訪問はご迷惑でしょうが、やがて河原満夫君が退職の あかつきには、ぜひもういちど連れだって、お邪魔したいのです」 その他の諸君にも伝えたいのだが、与太郎は忘れたふりをしているの ではない。すくなくともこの《与太郎日記》では、あちこち旧友あての メッセージを書きとめているのである。ことしは思いきって、メール・ アドレスをもつ数人だけでも、URLを伝えてみよう。 → http://www.enpitu.ne.jp/usr8/87518/ ■2003/01/04 (土) 蜷川コレクション 加計美術館がオープン/倉敷・美観地区 >>2002年12月2日 更新 (朝日新聞) 加計学園グループが倉敷市中央1丁目の美観地区にあった倉敷蜷川美 術館を買い取り、改修した加計美術館の開館記念式典が30日、催され た。オープンを記念した特別展「ベルギー絵画と学園のアーティスト達」 が22日まで開催される。 倉敷蜷川美術館は72年にできた民間美術館。京都市の蜷川家が収集 した古代ギリシャ、ローマの美術品を展示していたが、00年3月に閉 館した。倉敷芸術科学大などを運営する加計学園(岡山市)と、吉備国 際大学を運営する高梁学園(高梁市)などが土地・建物を2億7千万円 で購入、整備した。展示スペースは660平方メートル。 式典には館長の田村鎮男・倉敷芸科大教授や加計孝太郎・加計学園理 事長、石井正弘知事らが出席、看板の除幕やテープカットをした。 両大学教員の絵画や彫刻、陶芸、染織などの作品を中心に展示。吉備 国際大には文化財修復国際協力学科があり、最新の修復、分析技術を紹 介したコーナーもある。開館記念の特別展では、大原美術館が所蔵する ベルギーの作家の絵画なども展示している。 加計理事長は「両学園の講義など教育面でも活用し、地域に開かれた 美術館にしたい」と話した。月曜休館。入館料は一般300円、高校・ 大学生200円、中学生以下無料。 問い合わせは同美術館(086-427-7530) ──────────────────────────────── ■京都ギリシアローマ美術館(抜粋) 京都市左京区下鴨北園町 075-791-3561 入場料金 中・高校生 500 円 開館時間 午前10時−午後5時 休館日 月曜日(祝日の場合は翌日) 古代ギリシアローマに魅せられた蜷川明氏と妻岸子さんが、40有余年 にわたるコレクションを広く一般に公開し、同時に末永く保存するため 自宅を改装して創設しました。 蜷川明・岸子夫妻の40年に渉るコレクションを保存・公開するため、 閑静な住宅街に開館した美術館です。紀元前3000年から紀元200年頃ま での約3200年の古代ギリシア美術の流れを一望することができます。 蜷川明氏によって設立され、1〜2階に近代ヨーロッパの装飾品、 3〜5階に紀元前300年〜紀元後200年ごろまでの古代ギリシャ・ローマ の美術品を展示しています ■2003/01/06 (月) バックアップ&ピックアップ 正月早々、CD-RW 内臓ドライブの認識不良。 東芝PC(ナビ)ダイヤル 0570-00-3100 22.5秒ごとに10円(一時間1600円)。 簡単な質問で15分、こみいった問題では一時間を超えることもある。 さいきんは、ほとんど納得できないまま未解決で終ることが多い。 数年前のサポーター(正しくはサポート・エンジニアと呼ぶらしい) は、私生活を通じて研究熱心だったような気がする。あたかも家庭教師 のように、ユーザーと一緒になって問題に取りくむ姿勢があった。 最近は、女性が進出して(それ自体はいいことなのだろうが)急所を 直撃すると、すぐにキッとなって反論する。「私に責任はありません」 といいたいらしいが、困っているのはユーザーなのだから(もっと親身 になって)他の方法を提案してもらいたいのだ。 女性の適性は、未経験なトラブルよりも、過去に解決した処理手順を 反復することにある……などといえば、たちまちキッとなって反発する だろう。「あら、どーして?」とは聞かないので、問答無用なのだ。 「あーら、ごめんなさいネ」という女性など、絶滅してしまった。 こういう経験のない人は、たとえば田嶋陽子・辻元清美・土井たか子 ・田中真紀子・川口順子といった女性を思いうかべてみるがいい。この 人たちが、困っている相手に親身になって答えてくれるとは思えない。 ふだん彼女たちは“利権”から遠いので、しばしば正論を吐く。しかし いざ、みずからの“既得権”を守るには、あらゆる論理的矛盾をこえて、 平気でトボケることができる。 かつては、ビギナーの「おろかな質問」が、ユーモラスな人間関係を 演出していたが、いまでは女性サポーターの冷酷無比な「切り口上」が “業界の常識”になった。 結局、何ひとつ参考になることはなかった。集中修理センターの電話 番号を聞いただけで数百円かかったが、これも正月明けで通じない。 今回も半年前と同様、ピックアップ・サービス以外に方法がない。 東芝ホームページを開いて、集中修理センター「修理依頼シート」に 入力して送信、先方からの電話を待つ。明朝にはかかってくるだろう。 さすがに今回はメール送信だが、半年前にはファックス用紙をプリント して、手書き記入してファックス送信するという、旧態ぶりだった。 ■2003/01/07 (火) ピックアップ ピックアップ・サービスとは、修理依頼から一両日中に、専用の外箱 をもった宅配マンがあらわれ、パソコン本体だけを受取って、数日後に 部品交換されて戻ってくるシステムである。 パソコン初期のころまでは、壊れたパソコンを持って販売店にどなり こむのが、不運なユーザーのあるべき姿であり、あるいは地方在住者は、 「どなりこむことのできる工場が近くに存在することを確かめてから、 製品を選ぶこと」などと、パソコン雑誌に投稿されていたものだ。 最近の、修理トラブルに関する<2ch投稿>では、「いかに早く、 無残に壊れたか」自慢しあっているものもある。今回のCD−RWなど、 唯一TEACを除いては、すべて不完全製品らしい。そうと知っても、 与太郎のようなノート派には、内臓機器を取替えることができない。 また、今回のように、データ保存できずにハード・ディスクに残した まま運搬するのは、あきらかに危険かつ不合理であり、矛盾している。 おまけに修理約定に「データが破損しても、責任はもちません」とある (入院契約書の「手術で亡くなっても、訴訟しません」とおなじ趣旨)。 パソコンは「カミナリ・停電・落下・運搬」の順に危険とされるが、 ほんとうに恐ろしいのはデータが亡くなる事態である。 したがって、CD−RW以外の外部保存法、たとえばカード型ハード ディスクは「はたして万全か、どれくらい普及しているか?」といった 現況について、サポーターに相談したかったのである。 くりかえすが、数年前のサポーターは赤誠にあふれており、たとえば 「お立場上、答えにくいでしょうが、あなたの個人的見解を聞きたい」 と突っこむと、率直かつ公平な考えを打ちあけてくれたのだ。さらに、 彼自身のパーソナル・システムや、将来の構想まで語ってくれた。 最後に感動して「ぜひ出世して、パソコンの発展に貢献して下さい」 と受話器を置くこともしばしばあった。そのとおりに出世したであろう 一人、ツルカメさんなど、あえて実名をあげておく。 当時は、もちろんマイクロソフトのサポーターにも世話になっていて、 数時間、数日にわたってハードディスクのトラブルを解決してくれた人 もいるのだ。これらのエピソードは、やがて開拓史の伝説として、後世 に語りつがれるべきである。 20020115 Toshiba DynaBook 型名 PAT3/410PME480CME 購入。 購入直後、ADSL導入のため各種トラブル発生。 リカバリの際に判明したこと。XPとうたっているが、 20011003 出荷の Windows 98(!)だった。 これは業界ぐるみの“雪印商法”ではないか。 この間、CDドライブ使用せず(その余裕がなかった)。 20020606 東芝PCサポート 0570-00-3100(担当は、Mr.谷田) 各社CDを取替テストするも、ディスクを認識しない。 試行錯誤の結果、内臓ドライブの不良以外に考えられない。 2002070.(上旬) 集中センターでCDドライブ交換(3日間)。 →20021203 (火) バックアップ(日記参照)この時は、うまくいった。 この間、月に一度使用したが、昨年末にCDを認識しなく なった(前回と同じ症状)。 20030106 東芝PCサポート 0570-00-3100(担当は、Ms.X) 内臓ドライブ、前回と同じ症状。誠意ある対応みられず) 集中修理センター 0120-86-9192 通話中のためメール送信。 【Web修理依頼シート】(抜粋) ハードディスク(HDD)修理に伴うデータの初期化 (すべてのデータ、ソフトウェアが消去されます) あらかじめ、データのバックアップをお願いします。 ×同意する(事前承諾により、データの初期化を伴う修理の際は、 「修理納期が短縮」できます。) ○同意しない(HDD内のデータはメーカ保証しておりません。 故障状況により未修理返却させていただく場合があります) ▲(ユーザーからの注意書き)バックアップできない(他に外部保存 していない)ので、決して消去しないで下さい。 20030107(火)東芝PCピックアップ・サービス(Ms.村島)より電話。 20030121(火)09:00-12:00 引取り予約 ついでに、キーボード[M]が外れたことを伝えると、本来は盤ごと 取替えるので、数万円かかるところ、今回にかぎり(再度迷惑をかけた ので)無償交換してくれるという(いちおう、言ってみるもんだなぁ)。 だが、歴代の3台をくらべると、最初のものが一番よくて、外れても、 すぐにパチンとはめ込むことができたのだ。
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