ぼんやり日記
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2003年01月30日(木) いいカモさ

セールストークだとわかっていてもうまく断れない。
数日前、某宅配牛乳の人が「サンプルを配ってます」とやって来た。
モニター越しに断ればよかったのに、以前も同じパターンで
サンプルだけ飲んで断った事があったので、ついドアを開けた。

数本入った牛乳やらヨーグルトやらを受け取った。
後日、空き瓶を受け取りに来ると言って帰っていった。
宅配の牛乳というのは実はできればいいと思っていた。
ただ、今回の牛乳は大嫌いな低脂肪牛乳。低温殺菌牛乳は宅配していない。
というわけで断ろうと思った。

昨日、牛乳屋さんが来た。若いお兄ちゃん二人。
夕方の大阪では珍しく氷点下になっていた時間帯。
お兄ちゃんは「うちはヨーグルトが売りなんです」と勧めた。
まあ胃腸の弱い私、ヨーグルトを毎日食べるのもいいかと
思ったことはあるのだけれど、1個¥100ですって。うう。
何度か断ったのだけれど、だめ、断りきれない。
品物が高価な商品だったら、そして相手が読売新聞だったら
頑として断る自信があるのだけれどヨーグルト相手に(週¥300に)
目くじらたてて断るのもなあ。(すでに思考回路がおかしくなってる)
「寒いですねー(とうまく同情を誘いつつ)いつでも断ってくださって
結構ですから大丈夫ですよ」(何が大丈夫なのか)
玄関に出ている自分も寒くてたまらない。
「じゃ、とりあえずお願いします」

パパが終電に乗り遅れタクシーで帰宅した。
ぼそぼそと今日の事を話す。
「頼んだの?」とあきれ顔で私を見る。ええあきれてください。
週3個¥300ごときで夜中に夫婦喧嘩する気力もなく私は疲れていた。
「一ヶ月やで、一ヶ月経ったらパパが断ったる」
「でもお腹の調子が良かったら(一ヶ月でどうなるものではない
というのもわかってるんだけど)続けてもいいやろ」
「それはいいよ。それはいい」
パパは笑い出した。全くしょうがない妻だと思ったのだろう。
言わないで。
自分でもしょうがない妻だと思ってるから。

週3回¥300か。
もう誰も勧誘に来ないでね。
読売新聞なら断るけどね。


やっぱり、自分に自信がないからきっぱり断れないのだろうか。
だって読売新聞の社長はおかしいという判断には自信を持ってるから
きっぱり断る自信があるんだもの。
もう、私のあかんたれ。


2003年01月29日(水) 寝言 / いろいろ興味はあれど

子供は寝言が多い。
大人になるとあまり聞かなくなる。
寝ている時も大人は理性が働くのだろうか。なんだか残念。
(でも隣りに寝ているとびっくりするからあまりなくてよい)

ぶたこはもうすぐ3歳。毎日のように彼女の寝言を聞く。
この子は赤子の頃から夜泣きと共に「夜笑い」をよくしていたから
思いっきり夢をエンジョイしているのだろう。
最も多いのがケンカの夢のようである。
「いやいや」から始まり「○○(次女の名前・呼び捨て)あっちいって!」
「あかんあかん、ぶたこのやで!」「さわったらあかーん」
と非常に機嫌が悪い。
面白かったのが「とことこ歩いてあっちいけ」と泣きわめいた寝言である。
とことこ歩いて・・・そんな発言を起きている彼女の口から聞いたことがない。
まだ二語文(ごはん食べる、おくつはく、など)がせいぜいの頃で
“とことこ”という単語も絵本で読んで聞かせたかもしれないが
日常会話として彼女が口にした記憶がない。

「夜笑い」も相変わらずあるが、こちらでの寝言はない。
ただひたすら笑う。私が気づいてそばまで行っても
まだ笑っているから結構な時間である。
ねえ何がおかしいの?かーさんも知りたいな。
くすぐられているのかな?昼間の指人形を思い出してるのかな?


先日、BBSでジョニー・マーが来日するけど東京だから関係ないや、と
書いたけれど今日、ぴあからのMLを見ていると
3月3日に心斎橋クラブクアトロに来るではないですか。
あああ知らなきゃよかった。どうせ行けないのに。
だから音楽とかお芝居とか興味持ち始めたら、
あっちもこっちも行きたくなるのが目に見えていたので
情報が入らないように過ごしていたのに。
それにしても“The ピーズ”ってあるけどあのピーズなのかな。
“カステラ”とか思い出しちゃった。
やっぱりライブはいっぱい見たいなあ。
だめだめ。
何が一番大切か考えて暮らしましょう。

自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。
そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。
自分の宝は、天にたくわえなさい。
そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。
あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。
新約聖書マタイによる福音書6章19,20節


2003年01月28日(火)

先日、ライフセンター(キリスト教の専門ショップ)で
ゴスペルシンガー岩渕まことの2枚組ライブCDを買った。
その中に“父の涙”という名曲も含まれていた。

それを聴きながら、自分の父のことを思いだしていた。
もうそろそろ父のことをきちんと考えてもいいような気がした。
私は父が大好きだった。いつも精一杯父を愛していた。
父は完全な人だと思っていた。
頭がよくて、いつも正しくて、何でもできて私を可愛がってくれる人。
実際はかなりの気分屋で、猫かわいがりしてくれていると思ったら
突然怒り出してその度に私は身を縮こませた。
それでも父が好きだった。顔色をうかがいながら抱きつきに行った。

いろいろあって父が亡くなった。
その当初は泣いてもいい気がして泣いた。
数ヶ月すると、もう泣く必要がないと思って泣きやんだ。
父のことを考えなくなった。
友人との会話の中で「私はファザコンだから」と言ったり
母と父の昔話をすることはあっても、特別感傷的にはならなかった。

父が死んだのは過去のことで、父と私は遠く離れている。
思い出の一つであり、すべては解決済み。そう思っていた。
でも、そうではないこともうっすら気づいていた。
私は、いまだに父の死に直面できていない。
父の期待に応えることができず、失望させたまま
受け入れられないまま、父が死んでいったことが恐ろしかった。
父に受け入れられなかった自分を、自分も受け入れられない。

昨夜、父のことを考えた。
涙が出てきた。23年ぶりに父のことを思って泣いた。

教会で牧師先生がよく言われる。
「あなたのお父さんのイメージはいかがでしょうか。
怖いお父さんですか、優しいお父さんですか。厳しいお父さんですか。
寛大なお父さんですか。そのお父さんのイメージが、そのまま
天の父なる神様のイメージとダブるのですよ」

私の神様のイメージ。
大きくて暖かくて正しくて、でもやっぱり恐い。
とがめられそうで、責められそうで居心地が悪い。
本当はそうではない事は知性でわかるのだけれど。


2003年01月27日(月) におい(つづき)

先日、コンビニ等で特有のにおいがありませんか?と問いかけたら
一名の方がご賛同メールをくださった。(さんきゅっ)

清掃用薬品のにおいでは、と言ってくださる方もいた。(どうも〜)
そうかもしれない。物理的に実際に本当ににおうのだから
何かの薬品や建材のにおいなのかも。
それにしてもなあ。
それを不快に感じる人が多ければ改善されるだろうから
改善されないのは一般的な人には全然気にならないという事。

本当ににおっているのか、そういう気がしているのか
自信がなくなってきた。
でも賛同してくださる方がいらっしゃるのだから
やはりにおいは存在するはず。
今度一緒にコンビニ行って「このにおいよね!」と
確認し合いましょう。(笑)

ゲームセンターはうるさいから嫌いというのもある。
音に閉じこめられそうな気がする。
家に帰ったら娘三人で十分うるさいんだけど。

義母は私の実家に来て、あまりに静かで気持ち悪いと思ったそうだ。
静かすぎると耳鳴りがするような「シーン」という音が
聞こえる気がする。トンビもいないような都会に住むよりいいじゃん。
と田舎者の私は思うんだけど、その田舎にいても
人は暇つぶしにパチンコ屋へ行くんだよなあ・・・・・
パチンコ屋のにおいは知らないけれど、煙草のにおいかなあ。


2002年01月27日(日) たまには走るか

2003年01月26日(日) デジカメ購入

パパが買ってきてくれた。フジFinePix F401
お手頃価格で売れ筋だそうである。
今までかなり旧式のデジカメを使っていたせいか、驚きの連続だ。
まず起動時間。凄い。スイッチ入れてすぐ写せる。
(この表現だけで今までどれだけ時間がかかっていたのか推測ください)
もちろん連写もOK。パシャパシャ。
そして室内だというのに蛍光灯だけでびっくりの明るさ。
今までどの写真も神社の境内状態だったのが嘘のようだ。
すごい。すご〜い。

これで私も写メールからもう少しグレードアップな画像をHPにアップ
できることでしょう。(たぶん)
ちょっと浮かれております。
電池がどのくらい持つのかが心配だ。


2002年01月26日(土) プロ野球って試合時間長いよね

2003年01月25日(土) ネットの友達

久しぶりに友人たちと会った。
こんな風にたわいもない会話をするのもすごく久しぶりで楽しかった。
気がつくと6時間くらい経っていた。ただ喋っていただけなのに。

若い頃っていつもこんな風に喋りあっては
時間が過ぎていったような気がする。
ご近所のママさん同士のおつき合いでも、たわいない話をするけれど
私はどうしても会話が続かない。
近所付き合いだから下手にこじれてはいけないし、
やはり気が合う人がいないという理由もある。
もともと波長が普通の人と少し違っているので、友達ができるまで
少し時間のかかるタイプでもあるし致し方ない。
ママさん同士で「気の合う友達ができない」と悩む方も
時々いらっしゃるけれど、別に無理矢理友達を作らなくても
よいではないのとアドバイスさせていただく。
無理してお茶に付き合うより、「こんにちは」だけの挨拶で
すませてしまえる方が楽ではないの。
そして、誰かがホントに困っている時に手助けができれば
それが本当のよい友情ではないかと思う。
(私自身それを目指している。まだうまくできないけれど)

今回会った友人達はネットを通して知り合った人たち。
話すのが苦手な私はインターネットというコミュニケーションツールが
出来てとっても助かっている。
文章そのものは下手だけれど、それでもこうして書くことによって
自分の気持ちや考えを、話すよりも忠実にあらわすことができる。
だから、ネットを通して知り合った人とは最初からすんなり
友人としてつきあえる確率が高い。
もちろんネットを通して困った問題も起きるけれど
私はネットがあってよかったなあと思っている。

帰り際、JRで帰るからとみんなと別れて切符を買ってから
「今日は御堂筋線で一本の駅に直行しなくちゃいけなかったんだ」と
思い出し、でも切符買っちゃったのでJRに乗り
途中駅で乗り換え無駄にお金を使ってしまった。
相変わらずツメの甘い私であった。なんでこうなんだろ。


2003年01月24日(金) におい

昨日「コンビニやTSUTAYAに行きづらい」と書いたけれど
どうしてそうなのか考えてみた。

コンビニ、ビデオレンタルショップ、カラオケ、ゲームセンター
ある種の本屋等々・・・・
そこを利用するというのが自分の中では後ろめたいという
気持ちがある。
コンビニはよそで買えば確実に安く手に入るものを
『便利』というだけで買ってしまうという圧倒的な後ろめたさがある。
もちろんコンビニ固有の商品やチケット販売など、
今はコンビニでなければ買えないものもたくさんあるのだけれど。
コンビニは18歳で大阪に出てきた頃には、あまりなかったのよ。
デイリーヤマザキとかはあったけどね。
いわゆる「駅前の煙草屋さん」がなんでも屋の時代。

まあ、それ以外のものも含めて「後ろめたさ」以外に
それらの店独特の「におい」が気になるという理由がある。
この「におい」がどんなものかを説明するのが難しく
今まで理解し納得してくれた人はいない。
あるでしょう、コンビニの「におい」。
同じ「におい」をビデオレンタルショップでも感じる。
そしてある種の本屋でも感じる。
ある種の本屋って別にアダルトな本を売っているとか
古本屋という意味ではなく、ある種の本屋としかいえないのだが
こういう店には、その「におい」が存在する。

煙草の「におい」でもなく、食品の「におい」でも
雑誌の「におい」でもない。
私個人としては、あまり好きとはいえない「におい」。
人を拒絶する「におい」というか、人間味という部分をそぎ落とした
無機的な「におい」なのである。

おわかりになる方いらっしゃいますか?
(いらっしゃったら是非教えてください)
どうしよう、あなた病気ですよなんて言われたら。


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