ぼんやり日記
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わからんちゅうに。この写真。 レゴブロックで枠を作った模様。 半畳もの塀を作り上げたと見える。 これだけやって、家中とっちらかったままで外へ 遊びに行ってしまった子達。 真ん中の黄色っぽい物がおなじみチキンラーメンである。 (我が家の大きさ比較の際のスケールとなっているが 何故いつも有るのだ)
ちょっと寝そべって寄って撮ってみた。 こんな感じでブロックを積み重ねている。 ピンクフロイドの“Another brick in the wall(part 1)”を思い出す。 な、なんか寄って撮すと興奮する。 自分が小さくなった気になって、レゴブロックの世界に突入しそうだ。 嘘だと思ったらミニチュアものを寄って寄って写メールしてみて。
| 2003年01月05日(日) |
今日も寒くて家を思う |
今日からパパは仕事始め。 つららの出来る地方にタイヤチェーンを準備して出ていった。
私と子ども達は自転車に乗って教会へ。 寒くて寒くて、やっと辿り着いた時には 頭がくらくらして自転車から降りるのも停めるのも半分ぶっとんだ状態。 私はナチュラルハイだなあ。(違うって) 今日みたいな日は、ちゃんと帽子かぶらないと耳が痛いね。
家に帰ると冷え冷えしていた。 ああ高断熱、高気密の家だったら暖かいのだろうな ふとそう思った。
どっちみち都会で気持ちの良い家を建てるって お金がかかるのよねえ。 ここに話が戻るって悲しいですけれど。 自分たちなりに無理のない範囲で、家づくりを楽しみたいと思う。 どっちみち家族がほこほこしてるのがいちばん。
教会に行く途中、施設の車から拡声器で呼びかけていた。 12月30日から知的障害者の方が行方不明になったとのこと。 すでに1週間が経過しており、とても心配な状況であるのがわかった。 自分がちょうど寒さで参りきっていたので、ああどれだけ寒かろう、 食事はとれているのだろうか、もう寝込んでしまっているだろうか、 車で呼びかけている施設の方々、ご家族の思い。 それらが今でもぐるぐると頭をめぐっている。 どうなったのだろう。神様たすけてください。 自宅に戻りファンヒーターを付け、暖かくなった体をかかえながら 祈るべき人たちを思い、祈った。 どうか、どうか暖かい光が、希望の光が彼らに届きますように。 口先だけの祈りではなくて、ほんとにそう祈ります。
パパ、今日はお泊まりだね。さみしい。
| 2003年01月04日(土) |
ウィンドウ・ショッピング |
デジカメを見に電器屋へ行った。 今、我が家にあるデジカメは4年くらい前のフジFinePix700 まだ使えるのだけれど、使えるのだけれど。 電源を入れて立ち上がるまでの時間たるや。 一度シャッターを押して次に写せるまでの時間たるや。 光感度の奥ゆかしさたるや。 あるのかないのかわからないストロボたるや。
でも使えるのである。 私の愛機である写メール(出始めの機種)と比較して ずっと綺麗に撮れるという理由により我が家では重宝されている。 しかし、ふと考えた。 写メールに負けるデジカメなんて存在理由がないではないか。 それにもしかしたら、最新機種のムービー写メールには 既に負けているかもしれないのである。
なんだかんだと考えて、人にお薦め製品を尋ねつつ 電器屋へ行くと、FinePixの新製品が目を引いた。 しかしその場では買わずにパンフをもらって帰ってきた。 せこい性格だと言えましょう。
来週は買いに行こうっと。たのしみ〜っ それにしても今日は昼間っから雪がびゅうびゅう。 大阪ではかなり珍しい光景だった。でも積もらないんだろうな。
2002年01月04日(金) ケータイの容体
自慢じゃないがここ数年、すき焼きはこの日しか食べない。 毎年3日は、パパの実家に一族が集まり夕食をとる。 「何食べる?」「すき焼き!」 これで決まり。
鍋物は、なにを食べてもそれなりに美味しく食べられるけれど すき焼きばっかりは上等なお肉でないとね。 というわけで我が家ではすき焼きをしなくなった。 実家では、この日のために松阪牛が用意される。 といってもそれほど大したお値段ではないのだけれど 商店街になじみの美味しい松阪牛専門店があるので お肉といえばここで買うことになっている。
今年は土壇場で一家族がキャンセル。 おばさんもキャンセル。 大人3人、小学生2人分のお肉がキャンセル分となった。 というわけで、今年は大人もじっくりと鍋をつついて お肉でお腹いっぱいになることができた。 い、いえキャンセルになったことを喜んでいるのではなくて。
2002年01月03日(木) 初ヘマ
頭のことではなくて・・・・ 元旦は風が少なくて暖かい日だったのに今日は風がきつい。 福袋目当てで住宅公園へ行ったけれど人は少ない。 不景気の風も吹いている上に、あら、初雪?
雪とも呼べないほこりのような白いものが舞っている。 確か昨年も2日は凧揚げしていて雪が降ってきたんだっけ。
さて住宅。 我が家は外断熱に興味を持っているのだけれど、新しい工法なので 大手ハウスメーカーではあまり大がかりに施工していない。 今回行った小林住宅は、これを2年前からやりはじめたそうだ。 確かにモデルハウスの3階(実質、屋根裏部屋)は エアコンを付けていないのに暖かく、普通の部屋のように過ごしやすい。 でも高いお値段なんだろうなあ。 とりあえず勉強してます、はい。
と、工法とかばっかり考えていて肝心の間取りは考え及ばず。 普通、逆だろうと思いつつ。頭悪い癖にハードを気にする私。 (実際、その違いなんてわかんないのにね)
住宅公園の帰り、スケートをしに行った。 長女はそれなりに滑る。次女は手すりを頼りに今年は何とか 一人で一周できるようになった。すごいぞぉ。 応援するばかりの運動音痴のかーさんは、ぶたこと一緒に 階段を昇り降りしたり走ったり。そうでもしないと凍り付く。
こうして正月休みならではの一日が終わった。 しかしお家の勉強は底なしだ・・・・
2002年01月02日(水) おしょうがつには、たこあげて〜♪
今年は未年、ええと羊だとか。
聖書に羊はいっぱい出てくる。 昔、ユダヤ人(およびそのご先祖)は放牧民族だったので 羊を例えにしたお話がいっぱい出てくる。
教会で聞いた羊のお話。 羊は弱い。 普通、自然界に生きる物は何らかの武器を持って暮らしている。 草食動物でも、サイは大きな角を持っているし キリンは遠くにいる敵を素早く見つけるためのあの首、足がある。 概して草食動物は足が速いものだ。
さて羊。 鈍足。のろのろ。しかも方向感覚がなくてすぐ迷う。 角。あるにはあるけど先がまる〜くなっていて 戦うためにあるとは思えない。ぜ〜んぜん役立たず。 可愛いだけ。ただ可愛い。 彼らが頼るべきものは羊飼いだけ。 羊は羊飼いの声をよく知っている。もし羊飼いの声を聞き逃したら 迷い、さまよっているうちに敵に襲われてしまうから。 決して羊飼いから離れては生きていけない。
わたしはよい羊飼いです。(ヨハネによる福音書10章11節) 主は私の羊飼い。 (詩篇23編1節)
私達はなんだろう。 虎や獅子のように強い大きな武器を持っていると思うべきか。 私の力で人生を乗り切っていくことができるのだろうか。
聖書の中にクリスチャンの武器が登場する。 諸刃の剣より鋭いものや、この世の最大の敵である“悪魔”に 立ち向かうことができるものがあるという。 弱い羊は羊飼いによって強くされる。
結局、とても西欧的なこの考え(思想的、政治的、慣習的)は 日本人にはなじめないかもしれないけれど 聖書を長いこと読んでいて、少しずつわかってきた。 自分が弱いと認めることは決して自分を卑下することではないし 神様に自分をおまかせすることは、全てをコントロールされ ロボットになってしまうことでもないということも。
新年が明けました。 おめでとうと言える人もいらっしゃるし そういう気持ちになれない人もいらっしゃるでしょう。 これを読まれた方々の上に祝福がありますようお祈りします。
2002年01月01日(火) おもち・おもち・おもち
2002年が終わると少し寂しいのは、ビジョンメガネでもらった 2002サングラスをかけられなくなること。
もちろん2003サングラスもくれるらしいんだけど やっぱり2002じゃないとねえ。
大晦日くらいちゃんと書こうよ<自分
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