ぼんやり日記
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実は今年でコンタクトレンズ装着20周年になる。ぱちぱち。
なんて長いお付き合いなんでしょう。
この間いったい、いくつのレンズを購入したことだろう。 あるものは3年もち、あるものは1日。 そう、1日で消えてしまったものもある。 私らしいといえよう。(しかも正月三が日)
メーカーもいくつか変えた。 今考えると、一番最初のメーカーのが一番合っていた気がする。 しかし、そこは小さいメーカーらしく取り扱っている眼科が少ない。
さて、今年は一段とボケまくりの私なので、 コンタクトレンズだけ無事に済むはずがない。
先週、レンズケースにあるはずのレンズが無かった。 おそらく、前夜に洗って保管したつもりが落ちたのだろう。
というわけで、眼科に行かないと行けないのだが、何となく 眼鏡でしのいで10日くらいが経った。
眼鏡は度を低めに設定しているので、遠くはあまり見えない。 耳の付け根が痛い。 湯気でくもる。
それでも気軽に生活できる。 コンタクトだと今日のような乾燥した日は、土埃が目に入り 痛くてしょうがない。
どうせなら、今風の眼鏡を買おうかなとも思う。 ほら、新聞の折り込みチラシにも「5000円ぽっきり!」って。
でもなあ。 きっと普通レンズだから、私の度数だと分厚くなるんだろうな。
とりとめのない話でした。
今でもこんな蚊取り線香を使用している 家庭はあるのだろうか。 いや、需要があるからこそ市販されているんだった、すみません。
最近は我が家にも二つあるが、 リキッドタイプのコンセント式のものが 主流になってきている。
しかし、私はどうもこれが信用できない。 こんなグッズで本当に蚊が殺せるのか?
この蚊取りグッズの中には“無臭”のものまである。 ますます信用できない。 あの臭いで蚊が逃げていくわけではないのだが やはり幼児からのすり込みとは恐ろしいもので、 臭いと立ちこめる煙こそが蚊取り線香の基準 という先入観からどうしても抜けきれない。
さて写真の蚊取り線香。 玄関においてます。 うちの玄関は北向き、マンションの1階ということで 蚊が朝からいる。
暑くて、でもまだクーラーには早いという時期には この蚊取り線香を焚く。 そう、蚊取り線香は焚かなくっちゃあ。 この煙でいぶすくらいの気合いがなくっちゃあ。
それにしても臭いなあ。 最近かぎ慣れない臭いだなあ。 マンションの他の住人から「異臭がする」と通報されないだろうか。
それだけが心配である。
| 2002年06月07日(金) |
かんでん / かすれ声 |
かんでん 関西電力のことだが、皆様どう発音されますか。
関西弁では、“かんでん”と、“ん”のところにアクセントを置いて 発音するのではないだろうか。
ところが、先日TVを見て、あれ?と思った。 関西電力が、電線を利用した高速インターネットと ホームセキュリティサービスのCMを流していた。 CMの最後に“かんでん”というナレーションが入ったが、 その発音が“かんでん”という、“か”にアクセントを置いたものだった。
んんん?そうなん? これは、例えばタモリがダウンタウンの浜ちゃんを “はまちゃん”というのに似ている。 すごく違和感があるけれど、TVで何度もそう言われていると 耳慣れしてしまい、別に気にならなくなってきた。
でも、それは全国放送だから“はまちゃん”でも致し方ないが 関西電力って関西限定じゃないのだろうか。 中部地方は中部電力だし、関東地方は東京電力で 九州地方は九州電力・・・・・なんでしょう?
だとしたら、やはり“かんでん”は“かんでん”なのではないだろうか。 “かんでん”側は、どうしても“かんでん”と発音して欲しいのだろうか。
そりゃ確かにニュースで読み上げられるとき “かんでん”じゃ格好がつかないとは思うけど。
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今日はまた長女の授業参観日。
小学校は月一くらいで参観日がある。 学校の様子が見られて嬉しい、と言われるお母さま方もいらっしゃるが 正直言って私は飽きている。もういい。
何とか休もうと算段するが、長女に厳しくチェックされる。 今回もあれこれ行かない理由を考えたが、 残念ながら見つけられなかった。
ぶたこと真夏のような暑さの中、小学校まで歩く。 夏と違うのはセミの声がまだ聞こえない、それだけだ。
今日の授業は「せいかつ」というやつだ。 よくわからないが、昔の「りか」と「しゃかい」が 一緒になったものらしい。
前日に公園で様々な生き物を観察し、そのリポートを発表するという、 なかなか面白いものではあった。
うちの長女。 よく発言するのだ。 我が家でも、のべつまくなしにしゃべっているが、学校でも やはりそのまんまらしい。 見ている私は、しまいには冷や汗が出てきた。
実は彼女、春先から声が枯れている。 時期的に花粉症かもしれないと思っていた。 しかし現在もハスキーなままである。
耳鼻科でノドを見てもらった結果、ノドの使いすぎだと診断された。
ノドの使いすぎ? 君はアナウンサーか!歌手か!応援団か!
耳鼻科の先生によると「男の子が時々こうなるんですけど・・・」 活発で大声を上げすぎて、小学生でも ポリープが出来る子もいるそうだ。
「だからね、あんまりしゃべったらあかんで」 これで何とかおとなしくしてくれるだろうとそう言った。 「あんまりしゃべったらあかんってどのくらい? 何やったらしゃべっていい?」 「はい、と、いいえだけにしなさい」 「でもどっちでもない時はどうすんの?しゃべらへんかったら宿題で本読み出たら、宿題できへんやん。それにヤマハのれんしゅうで歌うたうのもできへんやん。だいたいどうしてしゃべったらあかんの。しゃべったらどうなるの?ポリープって何?あっおかあさん、明日ベランダのトマトの水やりするで。それから妹が私の消しゴムとったから、もうあんまり消しゴムないねん。こんなんは、用事やからしゃべってももええやろ?・・・・・」 云々かんぬん。 あーたらこーたら。 君はさんまか!宮川花子か!息継ぎしてるか!
しかしこれも神様が長女にくださった大切な個性。 大切な贈り物。 いっぱい話せるってすごいことだ。
ただ、鈴を転がすような綺麗な声もいただいたのに、 娘時代まで温存できるか心配である。
長女、この間、「おんがくかい」が終わったところで また紙をくれました。
「さくひんてんのおしらせ」
| 2002年06月05日(水) |
熱狂 / W杯の影響は? |
昨夜はW杯の日本戦があったようだ。 「ようだ」なんて冷めた書き方(^^;)
日本でワールドカップを開催する、という話を聞いたのが 何年前だろう。 15年くらい前かな。 あの頃は「うっそぉ〜大丈夫?なんでぇ〜??? えええ!開催国は出場できるから日本も出るってぇ!?わはははは」 という感じであったのを覚えている。 ひどい話ですみません。 当時の日本でのサッカー認知度プラス世界とのレベルの差は こんな冷笑もおこる程度だったとご理解ください。
その後、日本でもプロサッカーができると聞き、しばらくは 「プロって、そんなの今から作っても 2002年のワールドカップで恥をかかない試合ができる程度に 間に合うのか?」 と素人ながらも真面目に心配していた。
サッカーファンの方ごめんなさい! でも本当に当時はこんな感じだった。
あれからJリーグが見事に発足。 そして日本人はサッカーが好きになった。 私は何故かあまりサッカーを観なくなっていた。
そして昨日の試合。 ベルギーとドローだったらしい。2得点。勝ち点1。 すごく、すごく良い試合だったらしい。
よかった。 そして、あの時笑ってごめんなさい。 でもよかった。次も頑張ってください。
さて、運良くスタジアムで生観戦できた人も、 それぞれの場所で声援を送った人も、昨日は熱狂したようだ。
TVニュースでその光景を見ながら、やはり少し奇異に映った。 人間、時には熱狂するのもいいかも知れない。 彼ら、彼女らも普段は普通の日常生活を営んでいるわけだ。 でも、サッカーを観ない私が観ると、 やはり非日常的な光景で奇異に見える。
私もプロ野球が好きで、ペナントが押し迫ってくると、 熱狂まではいかなくても球場で声援を送り、一喜一憂する。 それが野球ファンでない人には奇異に映るかも知れない。
誰かが冷静でなければならない。 一人が何かに感情を支配されている時。 そばにいる誰かが冷静でいなければ、事態が間違った方向に行き 後で修正できなくなるかもしれない。
そして、熱狂の対象が何であるかを把握していなければ。 冷静な友人が常にいてくれる事の大切さをふと思った。 私の場合、それが夫だったり、教会の先生だったりする。
夫とは趣味がまったくといってよい程、合わないが そのおかげでお互いを客観的に見られるのかもしれない。 結婚して何年だろう。いまだにいろいろ教えられてます。 そして、結婚してよかったと思います。
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幼稚園から、お知らせがあった。
地元近くのスタジアムでW杯の3試合が行われる。 混乱が予想されるので、当日は自由登園にする、とのこと。 休んでも欠席にならない、というわけだ。
長女の小学校区は休校にならないが、隣の校区は、 もろにスタジアム近辺なので当然お休みである。
回覧板等で、試合当日周辺の駐車禁止が予告されている。
さて。 いったいどんな騒動になるのだろうか。 密かに様子をさぐりたい気もするが、 「恐ろしいから止めなさい」という声も聞こえる。 ま、まあ骨折してるし、行かないけどさ。
小学校からもお知らせが来た。 子ども達だけでスタジアム付近に行かせないように、ということだった。
まあね。 そう言われたら行きたくなるだろう。 私が小学生だったら絶対そう思う。 行くヤツいるんだろうな。 幸運を祈ります。 グッドラック!
| 2002年06月04日(火) |
ジャンクフード / スケジュール作りフェチ? |
存在を頭から糾弾し非難するような言葉。 ファストフードの事をこう呼ぶと知ったのは村上春樹の 「ダンスダンスダンス」からだった。 確かに体の事を考えた食事とはとても言えない。 それでも子ども達はここが大好き。 写真は、ぶたこのかじった歯形が可愛くて、 思わず写メールしたものだ。
2歳の子にハンバーガー? 長女が小さい時には、とても考えられなかった。 結婚してしばらくは、食事にはとても気を遣っていた。 和食とお魚中心、麺類は控えめに、できるだけ無農薬 添加物はなるべく避けて、化学調味料は使わない。
料理がとことん苦手な私がよくやったと思う。 長女は三食いつも野菜たっぷりとお魚で満足していた。 お肉はあまり食べなかったせいか、たまに出しても食べなかった。 おやつももちろん厳選。量も時間も厳選(笑) 10ヶ月の時に実家で、おばあちゃんから卵ボーロを与えられたとき ええ〜っそんなん食べて大丈夫かな、と思ったくらいである。
今思うと、なんだかなあ、ちょっと神経質ママだったね。
その長女。すくすくと育った。 そして3歳を過ぎ、幼稚園に入った頃から変貌。 ハンバーグ大好き。焼き肉大好き。スパゲティナポリタンも大好き。 (伊武雅刀の「私は子どもがきらいだ」みたい 笑) でもスナック菓子はジャガイモ類とチョコ類意外はダメ。 今でも「あんまり食べない長女ちゃん」です。
次女がおっぱいを卒業した辺りで、私の食事作りもいい加減に なってきたせいか、小さいうちからお菓子が好きだった。 お姉ちゃんのお友達用のお菓子がある環境で、 彼女に食べさせないようにするのは大変だった。
IDDMになり、彼女なりに食べ物に対する執着が芽生え、 またそれを乗り越えて現在に至る。 結構がんばってる次女です。
ぶたこちゃんは。 一昨日、おばあちゃんから 「ちょっと食べ物を加減しなさい」と、とうとう言われました。 ぶたこちゃんなのに(笑)
ファストフード店に入り、メニューを見るなり、いつも “ジャンクフード”と心でつぶやきつつ注文する。 注文する食べ物を、それを口に運ぶ時ですら軽蔑しながら食べる。 そして、その軽蔑は自分自身に帰ってくる。
食べなきゃいいのに。 (自分の体を守るという)権利放棄。 家族の健康管理をきちんとしなきゃ。
口にはいる物はみな、腹にはいり、かわやに捨てられることを知らないのですか。 しかし口から出るものは、心から出てきます。それは人を汚します。 新約聖書 マタイによる福音書 15章17〜18節
食べ物が悪いのでなく、軽蔑してしまう自分の心を見る。 きちんといい素材で賢く料理し、家族の栄養管理に気を遣う 賢い主婦に対するコンプレックス。
このままだと自己憐憫におちいる。 神様、 18歳の時、ジャガイモ一個の皮むきに30分かかりました。 こんな私が毎日おさんどんできるのは奇跡です。感謝します。 さらに良い知恵とアイデアと謙遜を持って、喜んで料理できますように。 いっぱいいっぱい助けてください。 __________________________________________________
「今夜、時間があったら一緒にカードゲームしようか」 そう言ったら張り切った長女。 見えにくくて申し訳ないが左記のような予定表を書き、 壁に貼りだした。 内容は以下のようなもの。
1.おかたづけ(7:15) 2.おべんきょう(7:30) 3.おふろのようい(7:35) 4.おふろにはいる(8:00) 5.きがえる(8:15) 6.おふとんしき(8:25) 7.バイブルメモリー(8:30) 8.かんたんなあそび(8:45) 9.パチンをしてねる(9:00)
さらに時刻のそばには、まだ時計を読めない次女のために (ながいはりが3まで)のように注釈がある。
長女はこんな風にスケジュールを作ったり、 ごっこ遊びの中でプログラムを作るのが大好き。 よく「おかあさん、はい」と紙を渡される。 「パーティーのしょうたいじょう」とかなんとか書かれている。 玄関の壁には「ようこそ、かいじょうはこちら←」 なんてかんじにポスター?が。 短い廊下にも「←」の表示。 あっという間にたどりつくリビングにも、いくつもいくつも「←」の表示。 パーティ自体は、子どもたちのお遊戯会なのだが。
一週間くらいすると、そろそろ捨てていいかな、と ポスター類を捨てる。
また一週間くらいすると、紙をくれる。 「おんがくかいへのごしょうたい」
今朝「おかあさんといっしょ」で “だんご三兄弟”の歌がかかっていた。 歌がブレイク後、「だんご劇場」として番組内で、 毎回ショートショートのコーナーが設けられている。 歌の方は時々、こうして流れてくる。
「あ、だんごや」 母の声にぶたこがじっと画面を見ていた。 この歌が最初に番組で流れた時を思い出した。
何かのTVCM(要するにポリンキーですけど)かと間違えるような ポップな感じ、歌い方も普段は抑揚タップリなお兄さん、お姉さんが なんだか淡々と歌っている。 あれ〜? そう思ったが、うきうきはずんでいる。 子どもは、2回めには一緒に口ずさんでいた。 数日後、公園のお砂場に行ったら、よそのお母さんが 「だんごっだんごっ」と鼻歌を歌っていた。
1ヶ月くらいすると状況が変わってきた。 夕方のニュースに“だんご三兄弟”が流れた。 あらあらっという間に大ブレイク。
歌のお兄さん、お姉さんは紅白に出た。 私はすごく心配だった。
今までものすごく売れた曲や流行りものの行く末と 同じにならないだろうか。 突然、売れに売れて、そうして飽きて捨てられる。
「おかあさんといっしょ」は多くの小さい子どものいる家庭の 日常である。 こどもと一緒に過ごす保護者達がそれを見る。 一緒に歌ったり、踊ったり。(そう、踊ります)
だんごもそうして受け入れられた。 子どもはそれを「流行りもの」として受け入れない。 いい!と思ったら、それをそのまま受け入れる。 おむつをしている子どもを見ているとそういう気がする。 だから、「聞き飽きた。もう恥ずかしいから聞かない」 そういう概念がまだない。
次女は、いつ、どんな時に「だんご」を聞いても喜んでいた。 今、ぶたこが体を揺らしてTVを見ている。
そういう懸念を持っていた頃、だんごの作者である佐藤雅彦さんが 新聞のコラムに同様の違和感を書かれていた。 (いや、もっと理路整然とですが)
「おかあさんといっしょ」がブームになり、廃れることはない。 そういうことになれば非常に困る。 私たちの日常生活そのものだから。 公園のお砂場で、「だんごっだんごっ」なのだから。
今、ちっともブームになっていない中、こうして 誰にもじゃまされずに「だんご」を見たり聞いたりできて嬉しい。 あの頃、まだ生まれていなかった、ぶたこと一緒に。
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