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こんばんわ。ゆみなです。
昨日アブナかったです。 何がアブナかったって、るるの予言どおり飲んだくれて帰宅したのでもう少しでるるのファイルをアップし忘れるとこでした。 いえ、順番でいうと私の番で、 「今日は”りゃ!”を書かなきゃ。」 と飲んだくれながらも”りゃ!”に対する真摯な思いが過ぎったことは過ぎったんですが、すぐに 「あ、そういえばるるのファイルがあった。今日はアレをアップするばいいんだ!」と、飲んだくれながらも”りゃ!”に対して無責任な考えが浮かんでしまい、飲んだくれながらも我ながらの頭の回転の速さにサプライズでした。 しかし帰宅しお風呂に入ることすら面倒なくらい飲んでた私なのですが、 それでもお風呂に入らなきゃ明日は周りの人間が私の体臭にサプライズだろうと思うと仕方なく入浴したのです。 そのうちだんだん気持ちよくなってきて、すると不思議なことに睡魔が襲ってきて布団に入ったのですが、そのときはたと気がついたのです。 別に羽田さんと一緒に同時に気がついたわけではありません。 「もしかして私アップしてないんじゃないか?」と。 慌てて布団から飛び出しパソコンを立ち上げ、るるのファイルを一体どこにDLしたのかを思い出してるうちすっかり酔いも醒めてしまい、 「ああ。せっかく美味い酒だったのに。もったいないことをしてしまった」と悔やみながらアップいたしました。 それと昨日のるるは私とあゆに 「くだなねえええええええ」 と言われることが褒め言葉だと書いてありましたが、未だかつて一度も私たちは 「くだなねえええええええ」と言ったことはありません。 あれはるるの妄想か脚色かだと思います。 さて。例によって長い前置きでした。 実はここからが本題なのです。 『りゃ!』を真面目に語る。です。 私にとって『りゃ!』を一言で語ると 「私の人生においてこれほどプレッシャーと遣り甲斐が同時に押し寄せた事はなく、尚且つあゆとるるという類稀な人たちと日記を通じ、より密度の濃い友情を構築できたことはこれから生きていく上で誇りとなり財産となり、そして ”あの人たちだって生きてるんだ。私なんかまだまだ大丈夫さっ!” という自信をくれたもの」 であります。 全然一言じゃありません。長すぎます。一言。 句読点も多いです。何度息継ぎしたことでしょう。 読んでくださった方々のことはもちろんでありますが、それ以上にあゆとるるの反応が一番気になっていました。 あゆとるるに「昨日のは面白かったよ〜〜」と言われると嬉しくて舞い上がったものです。 何度天井を壊したことか。 天丼ではありません。天井です。 嬉しくて天丼を壊した人は見たことがありません。 「嬉しいぜっ!この野郎!エビ天!」ってやつでしょうか。 『りゃ!』は私にとって掛け値なしに「友情そのもの」だったわけです。 この年になって「友情」という言葉を出す事に正直抵抗があります。 そういうことを口に出すことに照れがあると言ったほうがいいかもしれません。 私が基本的に好きではない「シモネタ」と同じくらい恥ずかしいです。 シモネタといっても「アッチ系」のシモネタのことです。 うんことかは平気で言えます。声を大にしても言えます。 わざわざ声を大にする必要もありませんが。しかもWeb上ですから。 もし今私がここでパソコンに向かって声を大にして 「うんこ」とか言っちゃうと家族がビックリすると思うのでこれからの我が家の家庭が円満でいるためにもそっと胸にしまっておきます。 初恋の人に告白できなかった時のあの淡い想い出のように。 長いです。こういう話になると。相変わらずです。止め処もなく流れるように文章が出来上がっていきます。 他に活かせないものでしょうか。このネタ系に対する文章力を。 一年たってもなんの進歩もありませんでした。 よって、私が言いたいことは 「え?まだ言い尽くしてないのか?長いぞ!そんなに長く書くと明日のあゆはプレッシャーに押し潰されてしまうぞ。 それでなくても小心者で小物なのにどうするんだ?少しは二日分の日記が並んだときの長さの統一も図れよ」 と思われるかもしれません。 これ自体、無駄な文章でした。 かくして今までもこのように無駄に字数を増やしてきた『りゃ!』に対する思い入れは並々ならぬものがあったということを言いたいのです。 それほど一度パソコンに向かい『りゃ!』を書き出すと、この液晶の向こうにほくそえんでるあゆとるるの顔が浮かび、なかなかパソコンの前から立ち去ることが出来なかったというわけです。 ある種「呪縛」です。「麻薬」です。 さて、結論を言いますと、 結局、私は何を言いたかったのでしょうか? 今日も飲んでいるのがバレバレの日記です。支離滅裂です。 明日はあゆがどのように真面目に語ってくれるのでしょう。 あゆという人は実はものすごく真面目な人なのです。 どのくらい真面目かというと、パチンコで儲けたときパチンコ玉は機械で計算されますが、 どうもニ、三個、少なくされてるのではないかと疑い、まず自分で数を数えてから機械に玉を入れる、というくらい真面目な人なのです。 オオトリは「真面目教の教祖・あゆ」の『りゃ!』。お楽しみに。 さぁ、いよいよ目の前だ!ゴールは近い!
rya
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