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帰ろうとしたら、雨、霧のように細やかな、暖かく湿った。 あなたのところには、きっと降っていない雨。 そんなにも、遠いところにいる。 だけど、今から帰るの、あなたの近くに、近くに近づく。今もこの瞬間にも。 かやの、心は震えているのよ、あなたの近くに近づくたびに、嬉しくて、幸せ。 まだ会えなくても。
今朝も、薄く口紅を塗ってグロスもして会社に出掛けた。 誰かに気付かれるかもしれない些細な変化。 雨上がりの街を歩いていると風が髪を絡めて通り過ぎて行く。 あなたに会える時を思って、わたしはもっと女になりたい。 あなたの前で、かわいい女の子でいたいのよ。
あえかに響く、囁くあなたの声。 いつも、これは、わたしのものにしておきたい。 あなたの、この声は、わたしのための、とっておきの声にして欲しいの。 判っている、無茶なのぞみ。 昨日も、懸命に聞いていたのよ、あなたの声。 いつでも、優しくて、暖かい、しなやかな、あなたの声。 いつも、わたしが愛している、あなたの声。
雨の匂いのする風に身体を委ねている。 花たちや若葉たちから揺らぐように立ち上る精気のような香りも。 この季節の官能的な雰囲気、すこしけだるい。 あなたと一緒に、この世界に浸っていたい。 会いたい。
春の風が吹く。葉っぱの間にまだ残っていた桜の花びらが降ってくる。 地上に落ちても、なお、転がるように飛ばされていく。 そんな中でも、日溜りの芝生のうえでは、恋人たちが寄り添って座っている。 あれがあなたとわたしの姿だったらよかったのに。 彼らのかたわらを通りすぎながら、ふと髪に手をやると、風に吹かれて舞い落ちてきた花の芯が引っかかっていた。
新緑の萌え立つ公園の広場の隅で、あなたの声を聞く。 電話での楽しい会話のひととき。 周りでは鳩が飛び交い、人々が行き過ぎる。 暖かい日差しの中で、わたしは、ここではなく、あなたのところにいるような気持ちだったの。 でも、本当はあなたと一緒に寄り添って、この景色を見ていたかったのよ。
今日は娘の中学校の入学式。 初々しい子供たちの中に娘の姿を見ている。 こんな確かな生活があって、守っていこうとしているのに、わたしは、あなたを欲している。 暖かく穏やかな日溜りの中を帰りながら、わたしの心はあなたを求めて、ざわざわと波立つ。
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