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家光はつい半日前まで足を下ろしていた街並を思い出した。まだこの辺りの石畳は真新しく、消耗の跡は見えない。イタリアの街並を再現しようとしているらしいこの小洒落た通りは――まぁ、出来て間もないだろうこともあってか家光の好みではないのだが――なかなかよく出来ているように見えた。悲しいことだ。思わず溜息が漏れる。 「もっと消え行く日本文化を愛してくれないもんかね」 キャラメル色の革靴の底で具合を確かめるように石畳を叩き、退屈を紛らわすのにもそろそろ退屈してきていた。日本に来て早々に動かさなければならなかった身体も、今はだらけるほかない。家光はたかだか数時間のうちに身体が鈍ってしまいそうな錯覚さえ覚え始めていた。日本という国は平和的すぎ、しばらくその感覚を忘れていた身体には逆に毒かもしれない。 くぁ、と欠伸をひとつして、家光は着慣れないスーツの襟首に手を伸ばした。指先でネクタイを緩め、しばらく諮詢したが結局は解いてしまった。ネクタイはどうにも好きになれない。正式な場ではつけるようにしているし、そうするべきだとわかっているのだが、いかんせん肩が凝るような錯覚を覚えてならない。そもそもスーツからして得意ではないのだ。息はスーツを羽織った時点ですでに詰まっているし、いかにナポリ風にしあげようがきざったらしさが拭えないところが気に喰わない。家光の美意識からすればそれはとても鼻につくことだった。 -- なんなんだ……orz
繋いだ手を離さないでいてよと調子をつけて言ったら後ろを歩いてる亜久津が笑った。 「ちょっと、鼻で笑わないでくれる? 傷つくから」 「ふん。何度だって笑ってやるよ。ばーか」 でも振り向けばさもおかしそうに唇をゆがめているから、なんかもういいやと思った。煙草は没収してやるけど、まぁ、皮肉げに笑う亜久津はちょっと綺麗だから。 日に焼けていない長い指先から吸いかけの煙草を取り上げて軽くくわえると、亜久津は忌々しそうに眉間の皺を深めた。 「てめぇ、」 「ケチなことは言いっこなし」 踏出す亜久津。後じさる俺。殴られるかな。でも虚勢はってニィと笑って煙を吐きつけてやる。 「それとも亜久津はこんな吸いかけ一本でキレるような人だったかしらん」 すると亜久津は舌打ちして、俺を置いて歩き出してしまった。慌てて追いかける。いつもみたいに。
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