「また食事。いいご身分だな?」と唐突に後ろから、声。 こいつ、いちいちタイミングでも謀っているのか。あたしは顔を極力しかめないように気をつけながら、振り返ろうと足を止めた。食べかけのコロッケサンドは紙袋の中に一時避難。溜息まじりに言ってやる。 「あのね、」「我が輩はこんなにも飢えているというのに」 するとその声はあたしの言葉を遮り、はっきりと耳元で溜息をついた。 その溜息に驚きながらも少しどこかで――ああ、こいつってこうなんだよね。ていうかさすが、人じゃないだけあるよね――なんて納得しちゃう自分がいてちょっと嫌な気分になって、あたしは二、三歩前に歩いた。それから振り返れば案の定ネウロが澄ました顔で立っていた。ああもう、それでも涎垂らしてるし。 結局訝しげに尋ねたところで答えなんて決まりきっているのだけれどあたしは言った。 「何」 するとネウロは顔をわざとらしいほどの満面の笑みに切り替えて「謎が呼んでいるものですから、」と言った。そして「ね? 先生」と目を細めて、念を押すように続けた。 「呼んでるっていうか…」 もうあんたが呼び寄せてるとしか思えない。そう言いかけた一瞬のうちにネウロはあたしの背後にまわったらしく、耳元で「さぁ行きましょう?」と囁き声。 一体なんなのか! あたしは憤慨しそうな気持ちを抑えて歯軋りをして吐き捨てる。「どうせ選択肢なんかないんでしょ」当然、間髪を入れずネウロは「答えるまでもない」と一蹴。嗚呼。 ネウロはぐるりと静かにあたしに背を向けて、早々と歩き出す。結局あたしの意思なんてやっぱり無視なのね。呼び出しでないだけマシ? どっちにしろ微妙だと思う。いや、わかっちゃいたけど。 あたしは慌ててその背を追って足を踏み出した。 するとネウロはぽつりと言った。 「しかし貴様は食べ過ぎではないか。対してカロリーを消費することもないくせに」 「……好き嫌いがないことはいいことだもん」 苦し紛れにそう言えば、ふん、と鼻で笑われた。 あたしは悔しくて言い返す。 「謎以外食べれるものがないなんてほうがおかしいよ」 けれどやっぱりこれも苦しい。ネウロの顔は見えないけど、多分「莫迦め」と言いたげな顔であることはあたしにだって予想できた。淡々とした声が帰ってくる。 「仕方がないだろう、そういう風に生まれ落ちたものなのだから」 「じゃあ文句言うな」 「文句を言ったのは貴様だろう豆腐め。謎以上にうまいものなどどの世界にも存在しない。まだわからないか、ヤコよ」 「わかんないよ」 ああネウロのやつ、楽しそうな声になってる――そのことにもそれがわかる自分にも――腹立つ。 ああまったく、こんなの最低だよ。内心であたしは呟く。ネウロはククッと喉を鳴らして笑った。まるで貴様の考えなどお見通しだと言いたげ。ああでもきっとそうだ。ああもう、むかつくったらない。 「まぁ貴様のような豆腐に言ったところでしかたがない事だがな」 -- むずかしい……。 眠い……。
微かに残る煙の香りに顔をしかめ、窓を開ける。そんなことをしたところで染み付いた匂いなんてきっと消えない。わかっていたけれど開けずにいられなかった。 それから目についたテーブル上の煙草の空箱も握りつぶして塵箱に投げ捨てた。 結局、そうしたところで俺は後悔し始めてしまっていた。 あっけない。なんてくだらない。なんてどうしようもない感情なんだろうか。 会わなければいけない。 そう思うと、呼吸も煩わしくすら思えてきた。なんでお前はここにいないんだろう? 足跡だけ残して行くなんて、どれだけ残酷なことか。ああお前は知らないだろうけど。 お前は知らないうちにゆっくりと足を踏み入れた俺を受け入れたくせ、こうしてあっさりと俺を捨てて行った。けれどお前はちっとも考えていないだろう。俺がこんなふうになってるなんて、想像だってしてないに違いない。 馬鹿みたいにお前のことばかり考えている。 あくつ、アクツ、亜久津。 なんでお前はここにいないんだろう。 なんでここにはお前の跡ばかり残っているのだろう。 馬鹿みたいに考える。お前の後ろ姿を思い出したら涙がにじんで来た。畜生、ずるい、ずるい、ずるい。 こんな思いはお前がすればよかったのに。 俺じゃなくて、お前が。 俺はずっとお前が俺の足跡に縛られていてほしかった。 -- (たかだか七行を写すはずがなんでこんな風に文字が増えてるんだろう…)
|