hazy-mind

2006年05月06日(土) 『おおかみと天使の物語』 短編 要改善 


 俺は飢えたくない・・・

夕顔が夕日に照らされて。茜色に染まっている。
夕顔はだまっていたけれど
おおかみは語ることをやめなかった。
夕顔が聴いているかどうかなんて
どうでもいいことだった。

ただ、おおかみは、こうやってたまに
夕顔の咲く丘にやってきて
夕顔の前で一人、つぶやいていた。

 俺はもう、飢えたくないんだ。


そのおおかみは、けして若いとはいえなかったけれど
野うさぎや、他の食料をとる技術は
誰にも負けなかった

それは、ただ、生き延びるための能力が優れていたわけではなくて
彼自身が、飢えることに対して、ひどくおびえていたからだった


彼が、まだ若かったころの冬
獲物もみな雪の下に隠れてしまっていて
食料がなくなってしまったことがあった

おおかみはもちろん、いつも満腹と言うわけではもちろんないし
ある程度の飢えなら、少しの間くらい我慢することもできる。

ただその年の彼は、運悪くろくに獲物をとることもできずに
冬を迎えてしまった。

普段なれているような飢えとは違う。

意識が遠くなるような
飢えとのどの渇きを彼は自覚し
おそらくこのまま土に返るのだろうと
そんなことすら思った。
そして意識が薄れていった

 なぁ、夕顔。そのとき、いきなり目の前に人間の女があらわれたんだ。

そしてその女は、しゃべることはせず、微笑を浮かべながら
おおかみのそばに近づき。
おおかみは飢えと渇きのあまり
その『天使』を食らった。

 とてもとてもとてもおいしかった
 その天使は俺を怖がっていなかった
 俺がかみついても、悲鳴すら上げずに
 ただ、微笑を浮かべて俺を見ていた

 とてもとてもとてもおいしかった

 でも途中から涙が出てきたんだ
 なぜだかとてもむなしくて
 涙が止まらなくなったんだ

 とてもとてもとてもとてもおいしいのに
 むなしくて涙が止まらないんだ

 天使は最後まで微笑んでいた
 おれが怖くなってその微笑を食らうまで

 あんな『ごちそう』はもう二度と食べたくない

夕顔は聴いているのかどうかわからなかった。
だけど、おおかみは別にそれでもかまわなかった。


 天使は、それから
 俺が極度に飢えると、毎回姿を現すようになった。
 全部食べたはずなのに
 前と同じ姿で、とてもおいしそうな肉をまとい
 あの、微笑を浮かべながら・・・

 俺はもう二度と天使を食べたくなかった。
 あのむなしさを味わいたくなかった
 あの俺が食らっている間に見せるやさしい目を
 二度とみたくなかった


だからおおかみは、誰にも負けないほど
狩を上手にできるようになり
決して飢えることのないように
いつでも、食料を確保するようになった。


それから数年後の冬


おおかみは、鉄の牙に足をかまれ、すばやく動くことはおろか
ろくに狩をすることもできなくなった。

おおかみは夕顔のいる丘に行った
夕顔は相変わらず夕日を受けておおかみをまっていた。

おおかみは言った。

 きっと、俺はもうすぐ飢えるだろう
 そしたらきっとまた
 あの、とてもとてもおいしい天使が
 俺の前に現れるだろう

 でも
 俺はもう二度と
 天使を食べようなどとは思わない
 
 あの目
 あの、すべてを許すような微笑
 いくら乱暴に食らいついても悲鳴を上げない
 ごちそう

 もし食べてしまったら
 きっとまた
 あのむなしさが襲って来るんだと思う。

 何よりも怖いむなしさが
 
 うまいうまいとむさぼりながら
 俺は泣いているんだろう。

 もうそれは、いやなんだ。

 たとえまた天使があらわれても

 俺は、そのまま土に帰る。


おおかみの言葉を夕顔が理解したかはわからない

けれど、夕顔は、以前からずっと
不思議に思っていたことがあった。

 (なぜあのおおかみは、いつもそばに『人間』をつれているのだろう)
 (そしてその女の人は、地に足をつけずに、少し浮かんでおおかみのそばに寄り添っている)
 (なぜ、あのおおかみは、あの存在に気づかないんだろう)



数週間後

おおかみは食料の尽きた巣穴の中で
怪我をした足の痛みをこらえながら
飢えきった心身を感じながら

正面の中空を眺めていた。
おおかみには、なんとなく、なぜか『それ』がもう少しであらわれるとわかっていた。


そして、天使があらわれた。

天使はやはり数年前のあの時と変わらずに
ただ微笑み
おおかみのそばに座った。

それはとてもおいしそうな肢体で

おおかみはよだれを止めることはできなかったが
それでも、我慢をした。

天使はやはり無言で
そして誘惑のそぶりすら見せず
ただ、おおかみの前に存在していた。

目だけが、どこまでも、やさしげだった。


何日経っただろう。
あるいはそれはたった数時間のことだったのかもしれない

おおかみの飢えはもう限界まで来ていた。

意識が遠のいていく。

おいしそうな天使の姿とともに
かすれていく意識のなかで
おおかみは思った

 あの微笑
 昔こいつを食べた時
 最後まで俺をやさしげな表情でみつづけた、あの目
 
 きっと、あの強烈なむなしさは
 この何よりもおいしいごちそうの
 あの残酷なやさしさから来たものかもしれないな・・・

 お腹がすいたな
 でももう土にかえるんだ
 もう飢えることも、こいつを食べて涙を流すこともないんだ

 本当においしかった
 本当においしかった
 ほんとうに
 おいしかった
 
 でも、こいつを食べている最中のあの顔をみるのは
 もう、死んでもいやだ


数秒後


おおかみはほとんど無意識に
最初に天使の頭を噛み砕いた




夕顔の在る丘に
おおかみの啼き声が延々と響いた。
それは多数の感情つまった啼き声だった。

だけど夕顔は、咲かなかった。
つぼみのまま、月明かりの下で、おおかみは明日もここに来るだろうかと
そんなことを、すこしだけ思った。


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