hazy-mind

2005年08月21日(日) 「あきず羽」 短編  未完成の駄作だが削除防止のため


踏み切りの反対側に君が立っている。
カンカンカンと信号の音が聞こえるたびに
現実の中からかけらがこぼれていくようだ。空中に。
列車が通り過ぎ踏み切りが開き君のもとへ行くころには
現実は一握りしか残っていない。

君のその長い黒髪と、少しはれた目。





去年の夏の専門学校の説明会
そこで君と出逢った。

話し掛けたのはぼくからだった。
隣に座っている君があまりにつまらなそうだったから。

この学校に興味があるの?

いや、ひまだったからなんとなく来ただけ

そう、俺もだよ。

あなたも、ひまなの?なら話し相手になってよ



はじめは少し緊張していたけれど、すぐに打ち解けた。
言い古された言葉だけれど、まるで前から知っているようだった。

その日からぼくらの付き合いは始まった。
一月もしないうちに恋人になった。
恋人になろうと言ったのは君からだった。

ぼくらには時間があった。
モラトリアムと言う長い時間が。


3ヶ月が経ち、海辺に散歩をしに行ったとき、同棲しようとぼくは言った
君は少しも驚いたふうもなしに、いいよと言った。


君がぼくの部屋にいる。
それがあたりまえになっていった。

君はぼくが睡眠薬を飲んでいるのが気に入らなかったようで、

あたしがそばにいてあげるから
薬なしでも安心して眠れるよ

と言った。

君は寂しいと言うことを知っている人だったから
ぼくを、寂しさから救えると思っていたんだ。
ぼくが寝れないのは寂しいからだと思っていたんだ。
だから安心と言う言葉を使ったのだろう。
ぼくのそばにいれば、ぼくが眠れると思っていた。
ぼくも、最初はそう思って、薬を使わないでみたけれど、眠れなかった。
君と抱き合って、横に居て、君に触れていてもぼくは眠れなかった。
安心しなかったわけではない。君に触れることで少なからずぼくは安心していた。
なぜ眠れないのかはぼくにもわからない。

毎晩、おやすみと言って口付けをする。
ぼくからすることもあるし、君からしてくることもあった。
ぼくは、そばにいて、と思いをこめて口付けをしていた

ふと君は何を思ってしているのか気になってきいてみたら
いい夢をみて、と君は言った。



今は出逢った日から一年が過ぎ、また暑い夏の中にいる。


君がぼくのアパートを出て行ってから三日が過ぎた。
ぼくの頭の中にできた渦はまだ中心に向かって強くまわっている。

なぜ君は出て行ったのだろう。
どこへ行ったのだろう。


なぜか左目が痛くて涙が出ている。


君にとってのぼくは、小さい子供のぬいぐるみのような存在だったのではないだろうか。
いつもいっしょにいないと不安だけれど
いつのまにかいなくなってしまうのが、自然に受け入れられるような。
そんな存在。

いつか二人でかけっこをした。
息切れ、走り、息切れ。
君のほうがぼくより体力があるようだった。


君は言った。
あなたはなにもできないちっぽけないきもの
できることは私のそばにいるくらいよ

そう言った君のほうがぼくの側から離れていったのはなぜ。

ぼくから離れてどこへ行くの。
あなたを抱いてくれる人はいるの。
あなたが支えていられる人はいるの。
あなたにやさしくしてくれる人はいるの。

それとも一人になりたかったの。


頭の中にできた渦が逆流し始めた。世界が回る。
中心から世界を侵していく。


左目の涙が止まった。
が、それに何の意味があるのだろう。


おそらく君はもう帰ってこないだろう。


君のいない部屋で今夜もぼくは
睡眠薬を飲んで
いつもより早く眠りに着くのだろう
おやすみの口付けに感情をこめることはできなくなったから
毎日増えていく机の上に散らばった薬の空を、ながめながら
ぼくは言う、独り言


おやすみなさい、あいしているよ


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