こころの大地に種をまこう 春名尚子の言霊日記

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2003年09月30日(火)  私も、帰りたいよ。早く。


なんで、こんなにさみしいのかわかった。
火星が離れてゆくのが耐えられないようです、私は。



抜けるような空の青さに心を染み込ませながらも
空の遠さに切なさを感じます。
秋です。 
もう冬は間近です。


遠くなってゆく赤い星を見ていると
また私をおいてゆくのね
って、そんな気持ちになるの。


6万年ぶりにこんなに近くにいられるのに、
それでも私のことを見つけてはくれないのね。

そして、また遠くへ行ってしまうのね。
私を置いて・・・・・・・・。


私も、帰りたいよ。早く。



赤い星が離れてゆくことが、こんなにも切ないのには
もうひとつ理由がある。
それは、あの王子さまのせいだ。


私の理想の男性は「星の王子さま」です。


赤い薔薇を愛し
その愛に気づいたがゆえに
いのちを投げ出して
あの赤い星に帰っていったあのお方。



エレファントカシマシの「赤い薔薇」を聴いていたのは
スピッツの「俺の赤い星」を聴いていたのは
無性にその曲たちが聞きたくなったのは
そういう深層からの想いなんだろう。


今日のバイトの現場は本町でした。
終了後、地下鉄の駅に向かって歩いていると、
御堂筋(大阪のでっかい道路ね)にさしかかった。

下からライトで照らされたイチョウ並木がうつくしかった。
その緑色の美しさに魅せられて、電車に乗らずに歩きはじめた。
愛しき火星は私の背中を眺めている。


本町から天神橋筋六丁目まで。
あるいたなぁ・・・。
楽しかった。
いろんな歌をでっかい声で、道ゆく人に振りかえられながらあるいたよ。

天六でおにいちゃんにナンパされた。
はて?? 
最近、老若問わずチャレンジャーがおおいのはナゼ?
世紀末か?



きょうのうた。。。

スピッツ 田舎の生活 

必ず届くと信じていたマボロシ
言葉にまみれたネガの町は続く
さよなら さよなら
いつの日にか 君と また会えたらいいな



2003年09月29日(月)  闇夜の朔は、すべてが生まれ変わる夜


夜、地下鉄の階段を昇りきって地上に出た瞬間
冬の匂いがした。
なんか、すごくうれしかった。
今年、はじめての感覚。



赤い星がどんどん遠くなってゆく。
6万年ぶりに逢えたというのに。

ちいさくなってゆく赤い星を眺めながら
切なさに胸が痛んだ。

8月27日の最接近から約一ヶ月が過ぎた。
11月を過ぎたら、もう見えなくなっちゃうのかなあ。



30回目の私の誕生日は新月の日。
月のない日に生まれ、30回地球がまわり、もう一度月のない日が来る。

闇夜の朔は、すべてが生まれ変わる夜。
しずかで、つめたくて、星だけがひそやかに話をする夜。
その頃には、赤い星も見えなくなってるんだ。
けれど、あたらしいナニかを産み出すために
胎動が起こっているのだろう。

起こってるの?



きょうのうた。。。


★ 俺の赤い星 ★ スピッツ

一度だけ現れる 誰にでも時が来れば 
あくびするフリをして空を見た

全力の笑みもやがて ざわめきに消されていく
他人のジャマにならぬように 生きてきた

一度だけ俺の赤い星 よく似た石 百種類
目もくれず迷う夜の果て ただループして明日になっても

どこに 俺の赤い星



2003年09月28日(日)  ビリって、ありえへんやろ。


終ったー。やっと。


秋の運動会。
お弁当、4人分つくってでかけたよ。

こういうイベントごとって、すごくプレッシャーがかかるから苦手で・・・。
参観とか、家庭訪問とか、一週間前くらいから胃が痛くなるんだよね。
すごいストレス。
いまも、胃が痛いよ。


アネキが彼氏と一緒に参戦。
天流川王子のイベントは、いつも我が友総出で参戦する。
入学式、参観日、運動会。
なぜって? みんな子供がいないから。
当分、もしかしたら一生?味わえない親気分を、
あるっぺをダシにして味わおうということだ。

王子はかわいかった。
低学年の踊りとかかけっことか、
やっぱりかわいくて顔がほころんじゃった。

でも、去年はじめてみて小学校の行事ってつまらないなあって思った。
沖縄の保育園は、行事にすごく力を入れていたので
見てるほうもおもしろかったの。

鼓笛隊も組んでいて、毎朝夕一生懸命練習をしていた。
我が天流川王子は2年連続で指揮者をやっていた。
っちゅーことは、最年長を差し置いてリーダーをやってたわけだね。
息子自慢! なかなかの雄姿だったよ。
胎教が喜納昌吉なだけあって音楽魂は着々と育っている様子。

もうちょっとしたら、うちの王子は8歳になる。
8年かぁ。あっという間でしたなあ。
クソ生意気にもなったし、それなりに成長したし、かわいくもなった。

母、叔母、おじさんは玉入れに乱入。
たのしかったぁ。

追記 * かけっこはビリでした



きょうのうた。。。。

ハイロウズ / なんだったっけ? 運動会のBGMでした。



2003年09月27日(土)  僕はひた走るどんなアホらしい人生もすべて喜びに変えて


朝から、日記やHPの更新を延々とやっていた。
ポスカのページも一新し、聖域日記なるものもあらたに加えた。
んで、前に日記でいってた「恋のうたと愛のうた」というのも。

読み返してみたら、うーん。て感じで(笑)
全部、片思いか失恋のお話じゃないか。
まあ、そういうときのほうが、こういうのは残るんだよね。
片想い好きやし。私の好みは、私を好きじゃない人、かもしれん。
古いネタ帳を引っ張り出してきて、いろいろ眺めてたらおもしろかった。
10年分くらいあるからさ。そのうち、ちょこちょことUPしよう。


90年代にやっていたミニコミのなかの
古くなってないネタも打ち込もうと思ってる。

インド旅行記や沖縄旅行記とかね。
まあ、もいっかい入力しなくちゃなんないから、いつになるかはわかりませんが。
マボロシのページの流那魂に、いつの日か一気にUPします。

神奈川から、カネコネカの妹のプリティえみちゃんがやってきた。
あいかわらずのかわいさだった。
かわいい女の子好きの天流川は大喜び。


きょうのうた。。。

エレファントカシマシ / 赤い薔薇

 僕はひた走る どんなアホらしい人生も すべて喜びに変えて

 僕はひた走る どんな悲しい思い出も すべて後ろにして



2003年09月26日(金)  今夜もひとり死んだフリをしながら誰よりも確実に生きている

今、強烈に痛烈に激烈に悩んでる。
なにをってか?

年末の過ごし方よ。

あたしゃー、 幕張 に行きたい。

くるりに曽我部恵一、んでもってエレファントカシマシ。
キヨシローだスカパラだーなんてのは、はっきりいってどうでもいい。

エレファントカシマシよ。
カウントダウンよ。
8000円もするよ。

つうか、金のことはどーでもいいんだ。この際
いやよくないや。
よくないけれど、たいした問題じゃない。

問題は、息子どうするか。
一緒に行くか? 8000えんもするけど。でもオールナイトやし。

親に預けるか? しかし、現場は東京。
年末に一緒にいないっつうのもひどい話やし
あー最強に悩む。

2枚取っとくか? とりあえず。
このメンツならもしもの場合もチケット売れるだろうし・・・。

ああー、年末のことでこの時期からこんなに悩むなんてぇ。ありえない。

昨日、フラワーカンパニーズのライブに行ってきた。
鈴木けいすけの高い声が好きだ。詩が好きだ。

フラカン終了後、このサイトのチラシを配った。
まっすぐに生きつづける鈴木けいすけの詩を好きな人に
このサイトも見て欲しいと思ったから。

「葛藤すること それを 生きることと 名づけよう」と書いたチラシ。
結構、皆さん受け取ってくれたよ。 ありがとう。

でも、きこえるように言われちゃった。
「葛藤すること・・・」と読み上げたあとに

「青っ」
「若っ。」

いいよねー、若いってのわ。みたいな言い方で。
でも、どう見ても私より若かった(笑)
まあ、私実年齢よりもかなり若く見られるからね。

フラカンの客にそういわれるとは思わなかった。
ちょっぴしショックやったなあ。
でも、いいんだよ。
鈴木けいすけの世界をほんまに好きな人に見てもらえれば、私はそれで。

いろんなことをあきらめていたり
斜めにものを見て生きている人からすれば
私なんて一生、青いさ、若いさ。



一日分、日付がとんでいたことを指摘されて気づいた。
だから、数字馬鹿だって言ってるじゃないですか。
ので、書きたいけれど書けなかったことを21日のとこに書いときました。

ところで、だれですか???
「エレカシ スピッツ 喜納昌吉」なんてキーワードで私のサイトにたどり着いたのは。
こんな並びで検索するヤツ。私以外にいるなんて・・・。
このサイト気に入ってくれたんなら、まじで名乗り出てください。
話してみたいよ。


いやーー、でもスカパラの客とかたぶんムカツクだろうし。
ワンマンのほうが絶対すげぇライブ見せてくれるんだろうし。
12月27日はTHEピーズのライブにバナナに行こうと思ってるし。
あーー、年末・・・。
どうしよう、年末。

やっぱ一生バカやわ。



きょうのうた。。。

フラワーカンパニーズ 


近くばかりを見つづけてたら 器が更に小さくなった
遠くばかりを見つづけてたら 取り残されたひとりになった


さよならなんて こんにちはと愛してるを足して5で割ったようなもんだろ
想い出なんて 招待客しかいないコンサートみたいなもんだろ
今夜もひとり死んだフリをしながら誰よりも確実に生きている俺



2003年09月25日(木)  魂の開放だ! 自分でとじている扉をあけよう

最近音楽ネタばっかりですね。
祈りテイストがありませんね。
でも、音楽も祈りも酒も愛も女も男もそれらすべてがあっての私なのでご容赦を。


フラワーカンパニーズのライブに行ってきた。
よかったです。聴きたいうたもきけた。

三ノ宮の東急ハンズを越えて、チキンジョージに向かうとき
あのゆるやかな坂道を登るとき、
どうしようもなくドキドキしちゃう。
あの坂にさしかかると、まだ10代の頃の、ライブがすべてだった頃の私が顔を出す。
でも、私はまだ彼女と一緒にいるよ。ずっと一緒にいるよ。これからも。


やりたいように、楽しそうにしている彼らを見ていて
私ももっともっと自由にやっていこうと思った。
魂の開放だ! 自分でとじている扉をあけよう


エレファントカシマシを見る前ならば、強烈にこころにきたかもしれない。
フラワーカンパニーズも、いいバンドなんだけれどね。
こころにかかえているものの大きさの違いだろうか。
エレファントカシマシには、あらゆるものに真正面からぶつかって、
それでも歩きつづけてきた男の強さと説得力がある。のだ

フラカンに説得力がないとは言ってない。
フラカンの世界も、私にはOK! 
ってか、めっちゃ好きやで。
踊りまくったし。楽しかったし。次も必ず行くし!
ベスト10には確実に入るバンドやで。



今年の6月、THE Heart Sutraを春名尚子語に翻訳しようと思い立った。
世界中で愛されている経、般若心経。

Heart Sutraが大好き。日記では何度も言ってるけれど。
このナチュラルな世界観で生きることが理想なの。
タオともまったく同じ。
真のロックとも同じ。

毎朝写経して、瞑想して、どっぷりと Heart Sutraの世界を生きていた。
うちに、自分の内面にこもっていた時期ですな。
その時にね、たくさんのことに気づいたのよ。
そのころのことも、そろそろ表に出してゆこうと思う。
ゆっくり、ゆっくりとね。



6/19メモ。

もうなにも恐れることはない。
なにもこわくなんてない。
愛からでたものが、愛のもとへ
いま、やっとかえりはじめるときなのだ。



6/22メモ。

ええ、まったく。
私は地獄、餓鬼、畜生、修羅の世界を彷徨ってきましたとも。
永劫につづくかと思われたそれらの世界も、
わたくしのこころひとつですべて終わりを告げました。

それら、私の通ってきたその道を、
そして通り抜けてここまで参ったその生きザマを
無様な生きザマをさらけだしてみせようではありませんか。



2003年09月24日(水)  世界はもっともっと、想像ができないくらいに広いんだ。

愛する男のひとり・たろうのバンドThe country hunchbacksの新しい作品が届いた。
我が沖縄の愛人さやか姫がおくってくれたのだ。

沖縄で(喜納昌吉は別格として)一番愛してるバンドがこのハンチバックスだ。
けれど私は「解散しろ!」とたろうにいいつづけてきた。
その当時のメンバーでは、たろうの才能が活かしきれていなかった。
しがらみを断ち切れない甘さを抱える彼はバンドでやるよりも
ソロでやりたい放題やったほうがすごい音が出せるはずなのだ。
ドラムとウッドベースが脱退したあと、一時の休止を経て
ジャンキージャップドックスのベースやーすーと、ドラムはしらん人が入った。
今作は新生ハンチバックスの一作目にあたる。

頭で歌ってるなあって感じ。

まぁったく、こころに響いてこなかった。
ダメだ。
よくこんな作品を世に出したもんだと、呆れかえった。
うたヘタすぎやし。

私は彼の才能を愛してるのになぁ。
自分自身に負けてるんだろうなぁ。
すべてにおいて、中途半端だなあ。
まあでも今、こんな感じなんだろうなあ。
鳶谷太郎さんは・・・

親愛なるたろう様。
待ってます。その才能が本当の意味でスパークするその日を。
才能ってのは、自分自身と対峙しつづける、
よりよいものを求めつづける貪欲なる妥協なき精神のことでもあるんだよ。

なんだかなぁ・・・。
2曲目の最後のほうなんて、私にはダウンタウン松本のパクリにしか聞こえんズ。


今日の昼、千里中央のピエトロでランチを食べた。
店長をはじめ、スタッフのみなさん教育があまりにもなってなくて、
終いにはわらけてきたほどだった。
こういうプロ意識のかけらもない店に入ると、愕然とする。
最悪な店だ。

ついでに、もう一軒。
松屋町の「練」の入り口にあるクレープ屋。ここも入ってはいけない。
奇跡のようなまずいクレープが出てくる。
よく金を取るなあと、その根性に拍手したくなるくらいの作品。


逆に大好きなのは
阪急京都線上新庄駅(でも駅からだいぶ離れてる)の「Cafe g」
すべてにこだわりの店。
グラスワインを注文しても、ちゃんとボトルをあけてくれる店。
すてきなマネージャーさんが、蓄音機で音楽を聞かせてくれる店。
食器のひとつひとつが愛情をこめられて磨き上げられている店。

いま私は、自分の本を出版するまで禁gしてるから行けないん。
それくらいに大好きなお店です。
うちがいかんうちに潰れてしまわないように、
近所のひとはお金落しに行ってください! よろしく

以上!



自分がこの世界に存在する事の意味とか、価値とか、
そんなことをずっとずっと考えていた。
ちいさな頃からずっと。

私はなんのためにうまれてきたんだろうって。

でも、もうそんなこと考えるのはやめた。

価値がなければ、私は生きることをやめるのか?
意味がなければ、私は生きることをやめるのか?

今までに何度も生きることをやめようとしてきた
でも、結局のところ、私の息の根は止まらなかったんだ。

今も、いろんなことを考える
でも、今の私は自死することはできない

守らなくちゃいけないものもある
書かなくちゃいけないこともある
私だからこそ書けることもあるんだ
それを書かないうちには終れない


価値がなんだぁ?
意味がどしたぁ?
そんなことは問題じゃない。

ごちゃごちゃ頭で考える前に
やりたいことを、やれることを、やるだけだ。

人を刺す前に、その環境から抜け出すことを考えな。
自分を刺す前に、その環境から抜け出すことを考えな。
そこだけが、あんたの場所じゃないよ。
世界はもっともっと、想像ができないくらいに広いんだ。

ほら、いくよ。




明日は、フラワーカンパニーズのライブに行ってきまする!



2003年09月23日(火)  シニタイヤツハシネ。


書きたいこと多すぎて、実は一日分すすんでる。ので、二日分まとめる。

京都府の大山崎にある「アサヒビール大山崎山荘美術館」に行ってきた。
私はここの建物と庭が好きで、この近くに住みたい−と思ってるの。

モネの睡蓮が地下の展示室に数点あるんだけれど、
それよりもお庭で丁寧にお世話されているほんものの睡蓮やコケやもみじたちが好き。

ひさびさに行ってみたら、バーナード・リーチと濱田庄司の陶芸の展示をやっていた。
陶芸にも絵にも知識のない人間なんで、もちろん知らない人やけれど(笑)
ズガンときた言葉があった。

「私たちは信念のいと高き共通の表示を目指し責任と利益とを分かち合う事が出来ます。
「私一人で働くのだ」というかわりに「私たち皆で働くのだ」と考えることによって
 この機械時代の手工業者としての主たる経済的問題を解決してきたと確信しています。
 そう考えることによって人々は自分の仕事に信念を持ちかつお互いの仕事に信頼を持つことができ
この信頼こそいろいろな種類の人々の集まりに今尚真の満足を発見し、満足を与えることができると思います。」
「one&ALL」バーナード・リーチ作のピッチャーに添えられた言葉。(抜粋)

なんか、いま読み返してみるとあんまり意味わかんないけれど(笑)
でも、こんな長い文章を書き留めるくらいに、何かを感じたのだ。
「機械時代の手工業者」としての信念ってところにガツンとやられたのかもしれないね。

昨日と今日で、あたらしいポストカードが4種類できた。
いままで出してこなかった自分のキャラだと思うとなんかドキドキする。
(サイトにアップしようと思ったけれど、またしてもコンピューター不調のため次回に持ち越し!)

「愛のうた」は歌っても、「恋のうた」は閉じ込めてきた。
ロックな生きザマに関して語っても、作品としては閉じ込めてきた。
それと同じように、本質は隠してきたように思う。

でも、春名尚子としてのほんとのテーマは“セキララ”
だから、そろそろ、やってゆこうと想う。


BLACK ナオ White ハルナ
そんな感じで。
私の中には、白と黒の私がいる。
大体の人が知ってるのは創られた春名尚子で
一部の人が知っているのは Whiteハルナ。
特定の人の前にしか出てこなかったのがBLACK ナオ。

ハルナを好きといってくれる人のことを、どっかで冷めてみてた。
ナオを好きやといってくれる人のことを、どっかで見下してみてた。
春名尚子を好きといってくれる人のことを、信じれずにいた。

自分自身のことがずっとキライだったから
そんな私を好きだという人の、価値判断を信用できずにいる。
わからないんだよね。自分でも
ほんとの私なんて・・・。

白も黒も愛して、融合してゆきたい。
そのためには、すべてをさらけだしてゆこう
と、考えたのが2000年のことだ。

このサイトをはじめたのだって“セキララ”計画の一環だった。
それから3年近く経とうとしている。
でもいまだ、白と黒の私は分裂している。

まあ、のんびりと行きましょう。
白くて黒くてまるくてとんがっていて、
それでいてトータルな私を
私が作り出した最高の作品だと誇りを持っていえる日が来るまで。


きょうのうた。。。
The ピーズ シニタイヤツハシネ



2003年09月22日(月)  すべては私に都合のよいように、風が吹いている


みんなそうだと思うんだ 

生きることが アート だとすれば

自分が創りだせる、最高の作品ってのは自分自身なんだ


だから、自分の作品を世に出しても恥ずかしくないようにカッコよく生きよう


カッコいいってのは、カッコをつけた結果生じることじゃなく
余計なものを取っ払って、贅肉を削ぎとって
無駄のない生き方をする中で見えて来るもんだと思うんだ


そのとき出来うる最高の選択をしつづけてゆくことだよ きっと




9月の末に東京に行く予定だった。
激烈ロック・パンクスピリットの出版社の社長を紹介してもらう予定で。

その会社を立ち上げた人は知っている。
めちゃくちゃ熱い男で、多くの若者のスピリットを奮い立たせてきた人
今はその会社を仲間に引き継いで、自分はもっとオモシロイコトをはじめている。
ここの出版社から、私の本を出したらおもしろいだろうなあと思う。
あまりに近いので、頼むのが嫌だったのよね。
コネとか、人づてとか、そういうのを使うのってなんか嫌だったのね。
でも、考え方変えた。
本は出してナンボやから。言いたいことは人に伝えてナンボやから。
人脈も才能のうちだから。それを使おうと思った。

結局、10月末に会うことになった。
ん? 10月末? 電話しながら、私は笑ってしまった。
10月末東京ってことは、自動的に10月31日エレカシの渋公にいくってことだ。

実は、エレファントカシマシを神戸チキンジョージを見て以来ずっと悩んでた。
ライブハウスもいいけれど、ホールでじっくり見てみたい。
でも、ホールはファイナルの東京しかない。わざわざ東京まで行くのはバカだ。
そのエネルギーを創作に使うべきだー と思いつつ、チケットとかいろいろ調べてたわけ。

でも今回は仕事で東京だから、そのついでにライブを見ようと、言い訳もできた!

っちゅうことで、コンビニにチケットを買いに行った。


1階28列目・・・・・


どういうこと? 
ぴあでは完売。ネットオークションでは2階席が売りに出されているってのに。
渋公なんて、残ってるだけで奇跡的なのに


まあ、すべては私に都合のよいように、風が吹いているってことだね。



きょうのうた。。。
焼け野が原 COCCO



2003年09月21日(日)  私が望むのは・・・


先日、MDの整理をしていた。

Theピーズのアルバムがいっぱい出てきた。
どれを聴いても、やっぱりよい!

リアルタイムでピーズを聴いていたのは、グレイテストヒッツだけなんだ。
メジャー一作目が2枚同時発売で、しかも一枚に16曲入っているという破格なバンドだった。

大昔、ARBとのタイバンというわけのわからん美味しいライブで、脳みそを吹っ飛ばされた。
エロでバカでロックなピーズは、大御所ARBをある意味喰いまくっていた。
今年、完全復活して、ファンを熱狂させている。
復帰以降のライブは残念なことにいつもチケットが売切れでいったことがない。
復活を待ち望んでいた友だちはみんな狂喜乱舞しているんだけれどね。

しかもこのMD、沖縄で仕事に追われている時期に、
とりあえずCDを借りてきてMDに落としたらしく、
曲名どころかアルバムタイトルすら控えてない。
どのアルバムなのかまったくわからない。ピーズなんは音でわかるんだけれど・・・。
私らしいっちゃあ、私らしいけれどさ。
あとは、ブルーハーツのSTICKOUTとかさ。懐かしくって、切なくなっちゃった・・・。

ここんとこバイト中、めっちゃ素の顔でパソコンの説明してるんだけれど、
頭の中でピーズの歌がまわりっぱなしの私ってどうよ。

「一晩中考えて煮詰まってみたけど 結局何にも浮かんじゃこねぇ 気持ちがよけりゃいい」
THEピーズ 


私が望むのは、
子供がこころのそこから安らいで生きることのできる社会。
安心とか考える必要もないくらいの安心。
平和とか考える必要がないくらいのこころの平和。

それを創りたい。
すごくすごく望む。

こどもが こどもらしく あるがままでいられる世界
こころの底からの願いは必ずかなうから
私は願いつづける



2003年09月20日(土)  終ることなどないのだと強く思い込んでれば誰かのせいにしなくてもどうにかやってゆけます


愛することも 憎むことも ひとつです
それならば私は 迷うことなく 愛することを選ぼう


もっとシンプルに 自分のコトバで
音楽や 暮らしや そう生きることについて
話すように書こう



私にしては珍しく毎日バイトに入っている。
で、家に戻ってお母さん業をして、夜に自分の作品を書いたりするわけだ。
創作テンションがメチャクチャ上がっているので
必然的に寝る時間が少なくなる。

いやー、寄る年波には勝てませんな(笑)
徹夜とか、寝不足とか、そういうエネルギーさえ活力にしていたのにさ。
昨日の朝は、あまりにも疲れてたのでほんまに「あーどうしようか」と思った。
私、基本が真面目だから、バイトでも張り切っちゃうのさ(笑) んで、疲れるの

化粧をする時間がなくなってもいいから
駅まで全力疾走しなくちゃいけなくなってもいいから
自分を元気付けようと思ってギターをひいた。

白檀のお香を焚いて、自分のための時間をすこしとった。
朝からなにやってんだ?って顔で
登校前のあるくが私を見ててもお構いなし。

スピッツのうたは本当にすごいなあと思う。歌っているだけで元気になれる。
歌詞もそうだけれど、きっとメロディーに不思議な力がつまっていて、
それを歌うと身体やこころが元気になってしまう。
細胞に働きかける 何か があるのだ。
一種のマントラやね。


「終ることなどないのだと強く思い込んでれば
 誰かのせいにしなくてもどうにかやってゆけます」
                        謝々


「君と出会えたことを僕ずっと大事にしたいから
 僕はこの世に生まれてきた理由にしたいから 」
                        恋のうた




2003年09月19日(金)  どっちにしても、自分の生きる道は、自分で決めてよね


16TONSのCDを本屋で100円で買った。
100円ダヨ、100円。

すごく懐かしい。

渋谷のEggmanていうライブハウスで一度だけ見た。
アコーディオン、バンジョー、マンドリン、かっこよかった。

あと10年遅かったら、売れていたかもしれない。
わからんけれど(笑) 
私の知らんところで売れてたんかもしれんけれど。
ポーグスみたいなのに、今歌詞を読み返すと
アンジ−を思い出しちゃうのはなぜだろう・・・。

カントリーもラスティックも大好きな私は、
クラッシックチャイムス大好きなんで、
地元にいることなんでそのうち見に行こうと思っている。



毎日働くっていうのは、ほんとに大変なことだね。
社会人のみなさんには、ほんとに頭が下がる。

たとえば9時〜5時働いたとすると
一日の三分の一は仕事をしている時間ってにとられるわけだ。
その大事な時間を費やす事のできるくらい価値のある、
その大事な時間を費やしてもいいと思えるくらいの
なるべく、自分の好きなことをできるように、がんばって。

どっちにしても、自分の生きる道は、自分で決めてよね

おもしろいと思うことを
やれる環境
そんなもんは、誰も与えてくれないから
文句いうヒマがあったら
自分で創りだせ



2003年09月18日(木)  強い想いと、あきらめない意志


最近の私はおもしろい。
歯車がやっと回りだしたって感じかもしれない。

昔の友だちとの交流を深めながらも、新しい出会いがいろいろ起こっている。


HeartbeatsFreebirdのポストカードを置いてくれるお店が増えた!

わーい!
おまたせしましたー。

次は、関東で2軒だよ。
三宿から北方向、淡島への通り道にある隠れ家的飲み屋「蓮月」
駅でいうと三軒茶屋と池尻大橋の間かなあ。

ここは、私の15歳の頃からの友達がやっているお店で、朝の5時まで!
のんびり、くつろげる、ステキなお店です。

私の愛するバンドのメンバーたちもやってくるそうです。 よ! 
ばったり、会ってみたいよ、ここで。


もう一軒は、八王子の「リトルパーツ」
オリジナルシルバーやアクセサリーといったアーティストものを扱うお店。

でも、肝心の作品を送る準備中なんで(笑)まだお店には並んでません。
近日中に発売開始予定でする。
詳細は、また追って報告しまっす。


今日、梅田の駅の階段を駆け上りながらふと思った。

「私、これまで自分がやりたいと思ったことはたいてい実現させてきたなあ」

15歳で音楽に出会って以来、
自分の思う通りに生きていこうと決めて以来、
会いたい人に会い、やりたい仕事をやってきた。

私の思い通りにならなかったことなんて、恋愛くらいだ


強い想いと、あきらめない意志を持ちつづけていれば、
どんなことだって、必ず実現できる。


やりたいことを、こころの中にしっかりと思い描いて
あせらないで、結果を出すことに執着しないで、
日々を、楽しく、のんびりと、夢とともにね
歩いていこう



きょうのうた。。。


   あたりまえに過ぎ行く毎日に

   恐れるものなど何もなかった

   本当はこれで そう 本当はこのままで

   何もかもが素晴らしいのに


      エレファントカシマシ / 風に吹かれて




2003年09月17日(水)  つないでゆくもの。

宮古島を襲った台風はすごかったらしい。
うちはテレビみないので、情報が何にも入ってこないんだ。

心配になって宮古に住む、私の大好きな大人のひとり・みなこさんに電話をした。
「だいじょうぶよー。まだ電気つかないからロウソク暮らしだけどさー。
 鍋でご飯炊いたらすごく美味しくて−。もう炊飯器じゃだめよー。」

 あいかわらず、かわいい。たくましい。愛しい。

ダイビングショップ「エコガイドカフェ」のオーナーのパートナーのみなこさんは
めちゃくちゃ魅力的なひと。
宮古でダイビングをするならば、ぜひここでね! 絶対よ。

今年の2月「エコガイドカフェ」の仕事で宮古に渡った。
そん時の日記には遠まわしに書いたけど、ここは元夫・孝司が夏まで働いていたshop。
オーナーが文章を書ける人を探しているとき、
「あ、いますよ。魂のかたまりのような文を書く人。」
とうちのサイトを紹介したら、気に入ってくれたのだ。

仕事で知り合ったみなこさんの純粋なこころに私はすっかりやられちゃった。
きっかけとなった孝司がお店を辞めても、私とみなこさんの縁はもう切れない。
いろんな出会いがあるね。おもしろいね。

宮古上布という宮古島の織物がある。
熟練の職人さんが毎日必死で織っても完成するまで何ヶ月もかかる
繊細かつ美しい、昔ながらの織りの工法を伝える布。

宮古上布の原料となる「チョマ」という麻がある。
地元では「ブー」とよばれるその糸には、すごいパワーが存在している。
ある方法でお守りをつくると、あらゆる災厄から身を守ってくれるの。

実際、私もその方法でお守りをつくってたいせつな人たちに分け与えた。
私にかわって、私のたいせつな人をそれぞれ守ってくれているはずだ。

「おーー。これは不思議なものです。螺旋を描いて上昇してますねえ・・・」
占い師の守生さんにそのチョマをみせたら、そういってた。


そういう糸で織った布、想いのこもった服を着ているのと、
大量生産大量消費用の洋服とじゃ、意味が全然違う。

チョマや宮古上布とか世界各地の伝統的工法の織物や工芸品。
そのモノに込められた想いを、受け取れるヒトでありつづけたい。


そういうスピリットを受け継ぎたい。
そして、次へとつなげてゆきたいってこころの底からそう想う。
地球を愛して、いろんないのちとともに生きて。

この手から、いろんなものを生み出すの。

現代の手法も使いこなしながら、
それでも基本のたましいは変わらずに
想いを込めて、想いを伝えられる「モノ」を創ろう。

たいせつなものを、たいせつなひとびとに。
そんな想いをいつまでもわすれずに。


台風は 過ぎ去って
強い風は たくさんのものを壊していったけれど
こころは 吹き飛ばされないから

愛する人々よ 愛しい人たちよ
強い風の中でも 笑って 明日に向かう しなやかさを

そして
そんなものはあたりまえにその島が持っていることくらい
私は知ってるよ


きょうのうた。。。

THE BEATLE CRUSHER / FAT GRAND MOTHER  歩いていこう



2003年09月16日(火)  ちいさな奇跡、ちいさな前兆、ちいさなメッセージに気づきながら たいせつに歩いていこう

バイトを終えてから急いで西梅田に走った。

第1回アートストリーム・リバープレイス という
10月25、26日に湊町リバープレイスで開催されるイベントに出展するために。

16日必着 というのがこのイベントの締め切り。
私がこのイベントを知ったのは、15日の夕方。

夜家に帰ってから、申し込みの準備をバタバタとした。
朝、事務局に電話をして「直接届けちゃダメですか?」とダメもとで聞いてみた。
しかもバイトが心斎橋で6時半まで・・・。
ほんとうは5時〆切だけれど7時くらいまでなら待ってくれるという。
バイトが終ってから走って事務局に申し込みに行った。

すごい数の申し込みで、これに出展できるかどうかは審査のうえなんだけれど、
それでもこういうイベントに参加しようと思い切れたことがすごい。

いままで、自分の作品を表に出すことをやってこなかったので、
これをきっかけにいろいろと出展していこうと決めた。

昨日このイベントを知って、「やろう」と即決して、
今日のバイトの現場が大阪市内で、
普段は7時終わりなのが珍しく6時半に終るのも、
すべてすべて、偶然の事だけれど、でも偶然じゃない。

そういうちいさな奇跡とか、ちいさな前兆とか、ちいさなメッセージに
気づきながら、たいせつに歩いていきたいって思う。

出会ったすべての人を大事にしよう
糸を紡ぐように、つないでいこう
すべての出会いをたいせつに


帰り、中古CD屋によったらスピッツのビデオクリップ集がかかっていた。
すんごくすんごく好きだけれどライブビデオ持ってないんだよね。
んで、テレビも観ないからビデオクリップも見たことないんだ、あんま。

思わず立ち止まって数曲、ってか5曲ほど見てしまった。


すげーね、スピッツ。

ある意味、すべてを超越してるね。

どーやったらあんなにダサいのができるんだってくらいのださださ加減。
尊敬した。まじで。
いや、狙ってダサくしてるのもあるのよ。
でも、そのねらいを超えて、すごいレベルのさ、もう超越してダサいの。

この平成の、しかも21世紀に、
これだけ「ダサい」っつ−死語を連発してもらえるスピッツってすげぇ。

愛してるわ。私スピッツを。きっと一生。

でも、エレカシのライブ見たさにDVDデッキ買おうかと思った私。



メモ。 (9月11日より)

あせるのはやめよう
急ぐのはやめよう
今をゆったり ゆったりと
呼吸をするように
ふかく ふかく しずかに

浅い呼吸じゃ 魂の枯渇は満たされないから

ふかく ふかく   ほんとうの呼吸を



きょうのうた。。

 死ぬときがこの毎日ときっとおさらばって言うことなんだから
 それまで出来うる限り、そう出来うる限り己自身の道を歩むべく
 反抗を続けてみようじゃないか 

 胸を張ってさ そう 

           エレファントカシマシ ガストロンジャー



2003年09月15日(月)  愛すればこそ 俺は強く求めよう 今以上の俺を 

祝日の月曜日。三連休の最後の日。
初日はエレファントカシマシ、二日目は母ダウン(笑)

三日目くらいは息子孝行しなくちゃ−ねぇ。
あるっぺにどこに遊びに行く?ときくと「練」とこたえる。
しゃーないから(笑) 練にでかけた。

練では「チャレンジショップ」というカタチで、
アーティストにブースを短期間貸し出している。
参加費が高いから、うちはやれないけれど(笑)

3名のグループで写真とメッセージのポスカやオリジナルキャラクターグッズを出展している人がいた。

写真ポスカが気になったのでお話をしてみた。
蒼海はるかさんというポスカ作家さんに
アートストリーム・リバープレイスという10月25、26日に湊町リバープレイスで開催されるアートイベントあることを教えてもらった。

単純な私は、よし!参加しようと決めた。

熱い気持ちは、熱い時にカタチにしないとね。


そいえば、ライブの日の朝、コーフンしてカバンを作ったよ。
ジーンズ生地をベースにうさぎの皮をあしらったヒップバッグ。
結構、気に入ってますわよ。
芦屋までには、こういう作品もいろいろ創って
みなさんに見てもらおうとひそかに計画中です。



メモより。


後悔はしない。

すべてにおいて
 NOW IS THE TIME
   だと思っているから。


宗教的にならざるを得ないでしょう。
本気で「生きる」ということを考えて、その中に生きていると。
(hpが宗教的?といわれたことに対して。)


きょうのうた。。。 エレカシ「俺の道」ばっかじゃ!


「 愛すればこそ 俺は強く求めよう 今以上の俺を 」

          エレファントカシマシ 心の生贄



2003年09月14日(日)  アート部門そろそろ本格始動か? ちゅうか、生きることそのものがアートなんだよ。


さて、エレファントカシマシのライブから一夜明けて、静かな夜。
でも、興奮はいまださめやらず

昨日、ライブの前に芦屋私立美術博物館にいった。

10月11日、12日の土日に開催されるアートフリーマーケットに、
暢気堂-のんきどう-が参加するので、私も一緒に出展させてもらえることになった。

今回で三度目だというアートフリーマーケットには50ブースもの作家さんが出展をする。
私も、写真やポストカードやカバンや小物など、いろんな作品を出展しようと思っている。

詩や散文や紀行文などの作品集も創る予定ですし、
共同編集書「喜納昌吉1948-2000流れるままに」も販売します。
書いた自分がいうのもなんですけれど、これはね、すごい本だよ。


ちゅうわけで、関西の方は10月11、12日いまから予定空けておいて下さい。
生ハルナをひやかしにきてくれてもいいから(笑)。
遊びにきてね

12日はエレカシ大阪ライブやし。
チケットは完売やけれど、今から探します。
エレファントカシマシにもらったPOWERで、いろんな作品をうみだしますよ。


8月の高野山スピリチャルツアーのことも、東京のことも、
日記に書こうと思っているんだけど、なかなか書けずにいる。
こういうところが私の悪いところ。

でも、すべてはその最高のタイミングで起こるので、
自分の言葉も、そういう流れのなかで表に出てゆくのだと思う、ことにする。



2003年09月13日(土)  オノレの道をゆくもの同士には 言葉など必要ないのだ


たましいが揺さぶられた。
こんなバンドがこの国にいるのならば、
私は歌う必要はないなあと、はじめて思わされた。
喜納昌吉でも、スピッツでも、そんな風に思わされたことはなかった。

エレファントカシマシのライブ。
9月5日の日記に書いたけど、12年ぶりか、13年ぶりかよくわからん。
数字に弱いから、私。

言葉という記号はくそったれなもので、
ほんとの感動を伝えるには、足りないし、多すぎる。
私が音楽ライターにならなかったのは、そういうことだ。
多分。


 「俺のせいなの?」「いやいやこういうものだ」
 おいオマエもう一回 再生だ
 いい古されてしまった言い方で悪いが
 おい俺もう一回 帰ろうよ

 オマエはオマエ自身の中へ 帰ろうよ 帰ろうよ
 どこへ?

                   「どこへ?」


「俺の道」のすべての曲を演った。
ガストロンジャー、ファイティングマン、も。
真のLIVEだった。

何度も何度も、思った。
やっぱり私は、私のままで、あるがままで行こうと。
エレファントカシマシはすごい
こんな男がいることに衝撃を受けながらも、私もすごいって思った。
自分の生きてきた道は間違ってなかったよ。


ライブが終っても、誰とも話ができそうになかった。
沖縄でもビートルやジャンキーやひるぎがライブをやっていた。
電話やメールが入ってたけれど、
もうどんな言葉もでてこずに、ただただ余韻を楽しんでいた。


チキンのすぐ横、生田神社の階段に座って風に吹かれていた。


火星が、美しく怪しく光り輝きつづけていた。
ずっとずっとそれを眺めていた。


終演から二時間以上たった頃だろうか、
右手の入り口から、そうチキンジョージの方向から
5名の男がしずかに歩いてきた。


宮本だ。


エレファントカシマシだ ・・・・


今夜、私の魂をワシ掴みにして高みにいざなった男どもが歩いてくる。
ほんのすぐそこまで。


話しかける言葉さえもっていなかった。
その必要さえもなかった。

私は、ありったけの敬意を両拳にたくして
乾いて心地よい風のなかに、黒い空のなかにかかげた。

彼らは神社の駐車場に止まってたバンに乗りこんだ。
私は階段に座ったまま、
誇り高い男どもを、静かに熱く見送った。


彼らの車が走り去っていった時
私は、13年前の自分と対峙していた。

あのとき、私は16才。
バナナホールではじめて彼らの演奏を見た。
ライブハウスの一店員として。
けれど、ライブがはじまった瞬間、仕事なんてできなくなった。

ほんとうにやりたいことをやるのだと、めちゃくちゃだった家を飛び出した。
けれど、なにをやりたいのか、なにができるのか、ちっともわからないまま、
音楽にふれていたいというその想いひとつだけを抱えライブハウスで働いていた。


凄まじいLIVEを終えて帰ってゆく彼らを、今日と同じように見送った。
なんの言葉もかけることができずに。
こころのなかで、ありがとうとくりかえしながら。

あれから13年。
私は、激しく熱く愚かに強く弱く醜く美しく、
自分の声の命ずるままに生きてきた。


彼らにかける言葉は、ない

エレファントカシマシにかける言葉など、きっと一生浮かばない。

オノレの道をあゆむもの同士には ことばなど 必要ない


私は私の道をゆくのみだ




2003年09月12日(金)  オノレの道を振り返るのは 前に歩くため ただそれだけだ

最近、熱いことばっかり日記に書きすぎ。
でもあたしのいいとこは、この熱いところ、暑苦しいところだと、認めることにした。

あたしは死ぬまで未完成。
でも、今生でイチ抜けると決めた。 ちゅうか抜ける。
輪廻から。

だから、上を上を求めつづけている。
やれることをやれるときにやれるだけ やる。
歩きつづける。自分の道を。信じたこの道を。


15才のとき。
ホンモノの音楽に出会った。 山ほどのバンドに影響を与えられた。
はじめて、自分が息をしていると思えた。
モノクロだった私の世界が、誕生以来はじめて色を取り戻した。

16才のとき。
高校を辞めて、年をごまかしてバナナホールでバイトをはじめた。
スピッツに出会った。エレファントカシマシに衝撃を受けた。
文字を書いて生きていきたいと漠然と思いはじめ、ミニコミをつくりはじめた。

18才のとき。
はじめてみた喜納昌吉&チャンプルーズにがつんとやられてこの人と一緒に仕事をしたいと思った。
喜納昌吉という稀有な、世界にとって必要なアーティストを私だけができる方法で表現しようと思った。

移住を決めたとき、ソウルフラワーユニオンの中川敬に
「なんでお前は大阪で生まれ育ったくせに、沖縄にいくんや。
 大阪でやれることをやれ。沖縄に行くな」といわれた。
その言葉がずっとこころに刺さっていた。

「惑星のかけら」を出したばかりのスピッツと朝まで酒を飲んだ。
「表現は違うけれど日本ですごいと思うのは、喜納昌吉とニューエストとエレファントカシマシだ」
といったのはマサムネ。
男気というか生きる道について真剣に考えている人間じゃないとこの3バンドはあがらないはずだ。

19才のとき。
沖縄に移住した。それから9年、喜納さんと一緒に仕事をした。
たくさんのコンサートや祭りを創った。たくさんのアーティストと仕事をした。
どんとや永井さんゼルダメンバーも一緒にインドに行った
ライクーダーとのアメリカツアー。
出発直前に東京・高円寺でマサムネとばったり会った。
スピッツはまだ全然売れてなくて、それでも前を見ている姿勢が愛しいと思った。
ネイティブ文化やツアーの話をして、それぞれに歩いてゆくのだなあと思った。
アメリカ横断しながら23ヶ所でコンサートをやった。デヴィッド・バーンも見に来てくれた。

たくさんの場所に行って、いろんなことをしたよ。

沖縄という地に立って、
自分の生きている大地は地球すべてだと知った時、
中川敬にいわれた言葉を、自分の中で消化する事ができた。


2000年には、夢だった喜納昌吉の本を書いた。
ネイティブマインド、ローリングサンダーといった素晴らしい本を世に出した北山耕平さんは、
その本「流れるままに」を、ご自身の集大成「ネイティブタイム」で参考図書としてあげてくれた。

18才のときに書いたインド旅行記を読んで、吉本ばななさんは、初インド旅行へと旅立ったという。


いろんなことをしてきたなあ。いろんなひとに出会ってきたなあ。
私は、なにをくすぶってんだろうかと思う。



生きることは アート そのものだ。

すべての瞬間を ロックで パンクでいよう。
アーティストでありながらプレイヤーでありながら。
24時間が祈りであることを ハラ に置きながら。


今は、充電。
たっぷりたっぷり吸い込んで

ふわーーーー ってすんごいのを 世界にばらまくの。

いつか


だから、焦らない。
ゆったり のんびり 


さて、あと数ヶ月の20代をどのように生きてくか?

次の10年、まだまだ走るぜ!


死ぬまで、熱いよ。 きっと。



2003年09月11日(木)  エレファントカシマシ「俺の道」とスピッツ「三日月ロック」


CDが不調だといいながら、CDを買ってしまった。

エレファントカシマシ 「俺の道」

ガッツーンとやられて、それから笑いがこみ上げてきた。
ほんとに、この人たちはすごい。


  努力を忘れた男のナミダは汚い
  言い訳するなよ おのれを愛せよ
  鳥が飛ぶように俺よ歩け
  ライバルでなき友よ さらば


  オノレの道をいけ

  人生においちゃ何やったって構わないが
  オレの心と相談して嫌だなと思ったら立ち向かえ 立ち向かえ


前の日記に書いたけれど
はじめてエレファントカシマシを見たのは1991年のことだ。
12年も前の話だ・・・。


ピンスポットひとつという照明をマネージャーが操り、
客が拍手をすれば叱り飛ばして、黙って座って聴けという、
そういうバンドだった頃だ。

その後、大ブレイクをしたエレカシについては
テレビの、たとえばHEY! HEY! HEY!を通じてしか知らない。

エレファントカシマシという異様な存在のことはずっとずっと気になりつつも、
強烈なインパクトを残した初ライブ以来、足を運ぶことはなかった。


「俺の道」

このアルバムは、昔に戻ってるんじゃなくって、
ひとまわりして、でもすごくすごく高いところに到達している。
一周の高度差がすごく高い螺旋階段を上り詰めている。

こういう人たちが「俺の道」と言い切るアルバムはすごい
凄まじい力がある。

YO−KINGの「IT'S MY ROCK'N'ROLL」もそうだ。

隠しトラック(っていうのかなぁ)もすげ−って想う。
いろんな意味が込められてていい。


エレファントカシマシの軌跡と宮本氏の葛藤
そこからやっと突き抜けて、自分を取り戻したひとりの男の
すべてがこの一枚で表現されているみたいで
すごいなあと思うし、尊敬してしまう。


たくさんの時間をかけて、いろんなことを見てきて
それでも道を見失わない強さが、そこにはある。


というわけで、9月13日神戸チキンジョージでのライブにいってくる。
とっても小さなライブハウスだよ。
大昔に、ここでTHEBOOMを見た。いろんなバンドを見た。

調べたら、2日前だというのにまだチケットがのこっていた。
10数年ぶりにチキンジョージにチケットを買いにいった。
坂道を登りながら、いろんなことを思い出してドキドキしたよ。

エレファントカシマシは
エレカシ、エレカシと呼ばれて
チャラチャラと誉めそやされているのかと思っていたら
ちがっていたんだ。
ぜんぜん違っていたんだ。

もう、忘れ去られているのか? 
流行という、つくられた音楽しかきくことのできない耳からは?

それでいい。
それがいい。


そいえば、去年の昨日もCDを買いに走った。
私が発売日にアルバムを買うアーティストなんてひとつしかない。

スピッツの三日月ロック。

発売日は9月11日。
けれど、私は10日にチャリンコを飛ばした。
たいていは前日にレコード屋に入っているものだ。

9.11 

スピッツは、マサムネは、ほんとうにかっこいい。

2001年8月15日に喜納昌吉が「花の祭り」を代々木公園でやったとき、
スピッツは主旨に賛同して、賛同人になってくれた。

2000年の沖縄公演で8年ぶりにスピッツのライブに行った私は
ライブ終了後、あまりの懐かしさに胸をつかれてマネージャーに話しかけた。

忘れていると思ってた。
でも、憶えてくれていた。

うれしくて、その勢いもあって
翌年「花の祭り」の協力依頼を事務所に送ったのだ。

三日月ロック 9.11

どんな言葉も必要としない。
普通ではありえない発売日。
あえてそこに、アルバムを発表するマサムネ。

「花の祭り」はあまりに政治的な平和ムーブメントだった。
それまで喜納と活動をしてきた多くのアーティストが
賛同することすら拒否した祭りだ。

スピッツは、その主旨に賛同してくれた。

政治的な言葉も、とがった言葉も、彼らからは聞くことはない。
スピッツは、すべてを音楽だけで表現している。

彼らが世界に対してできることは
音楽を通じて、想いのすべてを世界にばら撒いてゆくことだ。
スピッツとして、アーティストとして、ひとりの人間として、
彼らにできるこれ以上のギフトはない。

9.11 私はそれを受け取って、祈りとして昇華した。
スピッツを愛しつづけていられることに、私は誇りを持っている。


でも、9.11だけが特別な日じゃない。
すべての日が、特別な日。
だれかが傷つかない日なんてない。
だれかが愛しあわない日なんてない。

すべてのいのちがおだやかに
あるがままに生を謳歌できるように
そんな世界へと移り変わることができるように
私は 私にできることをしよう
あなたは あなたができることを。

自分自身を愛するように世界を
世界を愛するように自分自身を



2003年09月10日(水)  叩かなければ扉だって 開きはしないさ 閉ざされたままさ そこで見ているだけじゃ

うちのCDが不調である。

ぶちぶち途切れてとまってしまう。

いい感じでのっていて突然音楽が止まると、
空白にこころを盗んで逃げ去られてしまう感覚におちいってしまう。

音楽がないと生きていけない私にとっては深刻な問題だ。

最近、古いアルバムばかり聞いている。
今朝、起きた瞬間にこころの中で鳴っていたのは



叩かなければ扉だって 

開きはしないさ 閉ざされたままさ

そこで見ているだけじゃ

 
叫ばなければ聞こえはしないし 

歌わなければ振り向いてもくれないんだ

だから勇気を出さなくちゃ


僕はこのままずっとずっと 

勝手気ままに生きてゆくさ

そしてこのままずっとずっと


THE COLLECTORS アーリー・イン・ザ・モーニング
 

と書いている間に、とうとうかからなくなった。
ちっ・・・

仕方がないので、MDウォークマンをひっぱりだしてきた。

このMDは昔ラジオ番組を持っていたとき(いろいろやってきたよ)
インタビュー用に個人で買ったもの。
月から金の帯番組の、ネタ考えて、インタビューして
自分でしゃべって、編集してって、
プロデューサーとパーソナリティーをやってたことがある。
その番組のほとんどをこれで録音、編集してつくっていた。
懐かしいや

MDにはいったまんまだったので、久々に上月大介を聴いた。 

やっぱり よい。
上月君は神戸の、今後がおおいに期待できるうたうたい。
ライブ見たくなってきた。

で、ほかに何があるだろうかとMDの山をみてみると、
インタビュー素材にまぎれて
ピーズ、ハイロウズ、モンパチ、ビートルクラッシャー・・・。

コレクターズと書いてるMDをかけたら
ムスタングA.K.Aがおきらくに流れ出した。
なんじゃ、私のMDは(笑)


処分に困っている、2台あるので使ってないよという
CDラジカセ、ステレオをお持ちの方、

ください



きょうのうた。。。

THE COLLECTORS / アーリー・イン・ザ・モーニング
ムスタングA.K.A / 欲BO Let’s Go
上月大介 / 経験者は語る そして大介も語る  温泉に行こう 



2003年09月09日(火)  6万年ぶりの逢瀬 恋のうた。

火星とお月さまの6万年ぶりのデートを河川敷で眺めた。
いったい、どんなことを語らったんだろう・・・・。

6万年も会わなければ
 あなたは
  私を忘れてしまうでしょう

忘れないでいてくれるのは 誰

遠い彼方から 呼びつづけているのは 誰
シリウスの彼方から ずっと ずっと
この胸に かすかに 響く その声は



ふと思い立った。
やっぱり音楽をやろうと。
お友だちの天才トランペッターに声をかけた。
「セッションしましょう。私は素人だけれど、歌います。」
「はいよ!」 とお返事をいただいた。

先日の高野山にて。(まだ日記書いてないや・・・)

まだあけきらない朝の空気が、私に歌えと催促した。
水分を帯びてきらきらとしずかに光る霧と夜露に濡れる葉、
高野山の偉大なる精霊達。
私は、ひとりゆったりと、ただ木々や空気に伝わるように歌った。
昇る朝日にバトンを手渡すその瞬間まで。

それ以来、ずっと歌いたくてうずうずしている。

どんな歌がうたえるかわからない。
けれど思うままに、うたってみよう

さて、まずは腹筋鍛えるか!



きょうのうた。。。
スピッツ / 恋のうた 死神の岬へ 君が思い出になる前に
THE BOOM / 虹が出たなら
COCCO/ 焼け野が原



2003年09月08日(月)  ペンタクロスとアムリタとビブーティー・・・。

昨日、日記を書いたあと暢気堂にいった。

ここでは私のポストカードを販売しており、作品が生で見れますよん。
非売品のメッセージ集「鼓動」1.2.3も置いてあります。
ナカヤ氏が「ハルナ占い」と名づけた占いも、できるそうです(笑)
おためしあれ!


ナカヤさんの占いは、断易という占いなんですが
当りすぎてイヤになっちゃうくらいです
やさしいお兄さんはとっても親身になってお話を聞いてくれるし、
自分にあったパワーストーンを選んでブレスをつくってくれるし
暢気堂に集まる人々もステキな人が多いので、
悩める方も、そうでない方もぜひどうぞ! お薦めです

ヒーラーで占い師のナカヤさん、麗しきアロマテラピスト千里さん、
白楽天の言霊を伝える守生(酒精)さん、ヴィジョン心理学のセラピスト青野さん、
天流川王子、そして私という、なんだかなー、すげーなー、
なんだこりゃーというメンツが集まった。

昨日、こむすびまんにわけてもらったサイババのアムリタをみんなに見せた。
守生さんは目を閉じて額で感じると、
「これは宇宙ですね。銀河系を上から見たような渦巻きが見えますよ。
基本のカラーは青です」とおっしゃっていた。
うーむ。とにかく美しい物体だというのはわかるけれど、
見る人が見ると、見方が違うものだとつくづく思う。

「青野さん、これ連れて行きましょうか?」
の一言で、なぜかナカヤさんのボージーストーンも連れて、玉造の沖縄居酒屋ゆいまーるに飲みにいった。

お酒が入ると守生さんには白楽天が降りてくる。

「はるなさんペンタクロスもってるやろ?」
「は? なんですかペンタクロスって?」
「いや、そうやって聞けといわれた。僕も何かしらないけれど・・・」
「いえ、持ってません」
「いや、嘘つくなというとるよ」
 という調子で、不思議話はヒートアップしてゆくのだ・・・・。


ニューエイジでもなく、不思議好きとかでもなく、
めっちゃ普通に見えない世界、あちらの世界とつながる人ばっかりなので
このメンツとお話していると、いろんなことが瞬時にして理解できる。
おもしろい。

4時間ほど飲んで話して、さて帰ろうかといったそのとき
ボージーストーンをあけてみると
女石にびっしりと灰が付着していた。

「ビブーティーだ・・・」
持ってくるときは、なんにもついていなかったのに。

場と、集まった人たちのエネルギーの高さと
アムリタの影響なのだろう・・・。



FTPの設定がうまくいかず写真をUPできない。
ちょっと落ち着いて考えりゃわかるはずなのに、
落ち着いて作業をする事ができないこの性分。
そのうちに、そのうちに。



きょうのうた。。。。

エレファントカシマシ/ 愛と夢
COCCO / タイトルわかりませーーん
Jun Sky Walker(s) / 変身 言葉につまる



2003年09月07日(日)  ひたすらに純粋な自由を手に入れるのはあまりにも多くのものと引きかえだということを憶えておけ


私の愛する人がこの世に生まれてきてくれた日。

2000年6月30日に、奇跡は起こった。
喜納昌吉が経営していたライブハウスPOWWOWで、
ニライカナイ祭り2000のプレイベントが行なわれた。
約1ヵ月半にわたって毎週末沖縄のたくさんたくさんのバンドが出演した。
モンゴル800やインハイ、
もちろんビートルクラッシャーも。

その日、THE COUNTRY HUNCHBACKS が出演した。
そのライブを見に来た彼女と、そのライブを主催していた私。


何度も何度もこの日記で書いているけれど、
ロックでパンクで、熱い女。

たましいからほとばしる光と闇のかたまりで絵を書く女。

まわりにいる人間の魂に火をつけちゃう女。


こいつが男だったら・・・・って本気で思う。

あたしが男か こいつが男だったら
うちらふたりが異性だったら
どうしようもなく、激しく愛し合うだろう。

堕ちて 上がって 傷つけて 与えあって
それでも光に向かって たましいが還る場所を目指して
ふたりであるいてゆくんだろう

残念ながら、ふたりとも真正の異性愛者なので
今生では こいつと一緒になるのはあきらめて
こんな私を愛してくれる男を探すことにする。

くやしいけれど
こいつほど男気のある男にはまだ出会ったことがない。


愛する人よ。

生まれてきてくれたことに感謝します。

あなたのままで 幸せで。


光も闇も 黒も白も すべて抱いて

ハヤシサヤカが

ハヤシサヤカであることを誇りとして

今 を生きてください




ひたすらに純粋な自由を手に入れるのは

あまりにも多くのものと引きかえだということを憶えておけ

生きるということだけに 溢れて止まらない情熱を

狂気にも似たこの情熱だけを 握りしめ走り続ける

                   ハタヲカカゲロ



きょうのうた。。

DEEP&BITES / コメを食う
スピッツ / 日向の窓に憧れて ハニーハニー
THE COUNTRY HUNCHBACKS / カタヲカカゲロ ひまわり畑で会いましょう



2003年09月06日(土)  大切なことは、出発することだった

「星野道夫の世界」という写真展を見に行った。

写真を撮るということは
ただその風景をきりとる事ではなく
その瞬間のすべての存在が協力をして
一枚の芸術を創り出す 

ということを思い出した。

半分見たあたりで打ちのめされて、胸が苦しくて、
自分自身の弱さや甘さに、打ちひしがれた。

置いてきたいろんな過去がよみがえって
椅子に座ると立ち上がれなくなった。

写真を撮るということは、
そのファインダーに映る
目に見えるもの見えないものすべて
その場の ほかの瞬間では存在しない
「今」を凝縮してカプセルに閉じ込めることだ。


雷に打たれたような強烈な感覚で
シャッターを押す瞬間がある。

この地球の鼓動の 瞬間 をたくさん切り取ってきた。
けれど、私はその作品を封印しつづけてきた。

ダンボールにつめたまんま
こころの底に落とし込んだまんま
多くのスピリットを閉じ込めてきた。

「大切なことは、出発することだった」
オオカミの子供がその生を歩みはじめる写真に添えられた短い一言。

「今」 を生きようと思う。
過去でも未来でもなくて 
現在の私を創り上げた過去を愛して
現在の私を 私のままで。 

自分が生きてきた道を、
自信を持って、すべていかして
前へ向かってあるいてゆこう

そう思えた。

アートとは 生きること なのだ。



写真展に一緒に行った京都のあやしい美青年こむすびまんに
サイババのアムリタを分けてもらった。

なめると奇跡が! ってやつだ。
ルルドの水につづく 癒し怪しグッズだ

病気に苦しむ母に持っていこう。


きょうのうた。。。

YO-KING/HEY!みんな元気かい?
スピッツ/オーロラになれなかった人のために



2003年09月05日(金)  浮世の夢 


今日はエレファントカシマシな気分。
宮本はよい。 
かっこいい。


13年前、大阪のバナナホールというライブハウスでバイトをしていた。

音楽に関わっていたい!
ただその気持ちに突き動かされてた。
なにができるかわからなかったから、ライブハウスでバイトをする事にした。

たくさんのバンドを毎日見た。
どうしようもないのから、メチャクチャかっこいいバンドまで。


その中で一番印象に残っているのはエレファントカシマシだ。

それまでに聞いたことはあったけれど、
それほどまでのステージをするとは思っていなかった。

照明はピンスポット ただひとつ。

フロアもステージも真っ暗な中、
マネージャーの操作する白い光が、
静かにそれでいてすさまじいエネルギーを放出する宮本を照らす。

強烈なインパクトとその音楽に、一瞬でこころ奪われた。

それが私の初エレカシ体験だ。


私はその後喜納昌吉と出会い、92年に沖縄に渡った。
喜納昌吉の事務所に入ると、毎日のあわただしさに追われて、
ほかの音楽業界の事など気にするひまがなくなった。

ずっと一緒に生きてきたスピッツのアルバムだけを聴きながら、
喜納ワールドにどっぷり浸かりこんでいた。

ある日、スピッツがポッキーのCMソングを歌うようなバンドになった。
メチャクチャ驚いた。でも、うれしかった。
デビュー前からほれ込んで、ライブに通っていたけれど、
沖縄に移住してからなんの情報もなくて
スピッツがどういう活動をしているのか
何にも知らなかった。

私が必死で自分の夢を生きているその間も、
彼らは、自分の道を歩きつづけてた。
やりつづけた。

それ以上に驚いたのは、
エレカシがポッキーのCMソングにつかわれたことだ。

最初にそのCMを見たとき、全身に鳥肌がたった。

売れる、売れないは問題じゃない。

でも、より多くの人に聞いてもらうためには
やらなくちゃならないこと、通らないといけない道も
今の音楽業界には存在する。

てか、そんなぐちゃぐちゃはどうでもいい。

エレカシは、かっこいい。

POPに転向とか、売れるためだとか、
グデグデいうヤツなんてほっときゃいい。

宮本の姿勢はなんも変わってないじゃない?
ずっとずっと。ずっとずっと。

一本どうしても通したい筋があって、
絶対に譲れないたいせつなものがあるならば、
方法なんてどうでもいい。

かっこいい、かっこわるいなんて、
人に決められるものじゃない。

自分がそれをしたいかどうか。

それがすべてだ。



きょうのうた。。
エレファントカシマシ/ 見果てぬ夢 過ぎ行く日々 ふたりの冬 



2003年09月04日(木)  好きなことを 好きなだけ。


昨日と今日と、おうちの大模様替え大会を決行している。
なんとかちょっとづつ落ち着いてきたけれど・・・。
まだ完璧ではない。

汗にまみれながら昔のCDやら本やらを整理した。
いろんなことを思い出した。
自分の歩いてきた道を。
出会ってきたたくさんの人の顔や、交わしてきた言葉たちを。

「小説もいいけれどエッセイとか散文も書いたら?」
最近、会う人会う人にいわれつづけている。
じゃあ、やってみるか! と思う。

ネタは腐りそうなほどある。
書き溜めてきたことも山ほど。
自分のミニコミやあっちこっちに書いたのも
この際UPしてしまえ!と意気込んでいる。
HeartbeatsFreebird 久々の大更新の兆しです。

で、エッセイページの「流那 魂」
( ルナだましい でも ルナコン でも なんとでも読んでくれ)
なるページを新しくつくろうと、テケテケやっていた。
UPしようとしたら、FTPの設定でつまづいちゃった。
このPCからページ更新した事なかったんだよね。忘れていた。
明日は出稼ぎの日なので、更新無理かもなぁ。
ちなみに明日は、美人女教師となり生徒どもに教えをたれる日。
やっぱ開襟シャツにミニスカかしら・・・。
 ただのOAソフトのサブインストラクターのバイトです(笑)



夕方バンジョーをつまびいた。
ひびきが心地よい。
おなかに響いてくる。
こころに響いてくる。
三線とはまたちがうきもちよさ。

弾けないくせにいろんな楽器がうちにある。
エレキギター、ぞーさんギター、ギタレレ、
エレキベース、キーボード、三線、バンジョー
私ののど 



好きなことを 好きなだけ

今 そのとき この瞬間

やっていることに すべての熱を 傾けて


好きなことを 好きなだけ。




きょうのうた。。
スピッツ / 死に物狂いのカゲロウをみていた・トゲトゲの木
Flower Companyz / 09.29



2003年09月03日(水) 夢を見ることは、もうやめた

夢みることはもうやめた。

もう、材料はすべてそろったんだ。

いまのあたしに必要なものは全部。



あとは、現実にするだけだよ。

そうあとはやるだけ。



すべて カタチにしてゆきます。



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最近、あんまり眠れない。
やりたいことがいっぱいあって、眠れない。
今朝も3時くらいに目が覚めちゃった。
でもそれはね、よい感じなんだよ!


爪を切った。
めちゃ短くした。

キーボードで文字を打つときに、邪魔になるから。

今日、爪が邪魔だと感じて、私は驚いた。
ここまで伸びるまで気づかないほど
キーを打ってなかったのだ。


爪が長いと、文字が打ちづらい。

爪が長いと、弦をおさえづらい。


文字を書くことも

ギターをひいて歌をうたうことも

生きる上で必要なこと。



おいおい、ちょっと待ってよ

どんな長い期間、私は生きてなかったんだ?



見かけだけの美はいらない。

あたしには必要ない。


ほんとうの美しさ それだけを追い求めて 生きてゆくのだ



きょうのうた。。。

YO-KING/大人だから夢を見る
エレファントカシマシ/ふたりの冬・夢のかけら
FISHMANS/Woofer Girl


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