ジョージ北峰の日記
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2015年12月21日(月) 悪性新生物ーこの化け物の正体をあばく

  話しは前後したが、
 実際に実験で得た結果を示してみよう。テーマは癌細胞を、必須アミノ酸だけを含む培地で増殖させるとどうなるか?だ。

  癌細胞は、本来生体で自ら果たさなければならない分化(正常)機能を放棄して、増殖にだけに特化、ただ分裂だけを繰り返す細胞なので、増殖に不利な物質を新たに合成するような無駄な機構は出来るだけ排除しているに違いない。

  通常、癌細胞の周囲にはグルコースやアミノ酸などの栄養素が満ち溢れているので、増殖に際して、これらの物質を新たに合成しなくても、増殖に必要な物質は周囲から苦労なく調達することが出来る。
  癌細胞は増殖に特化する方向へ突然変異を繰り返す過程で、分裂に重荷となる余剰な代謝機構は出来るだけ廃棄する方向へ変異している可能性がある。


 癌細胞の自然史の中で、悪性度が高くなればなるほど、エネルギーを分裂には無駄な方向(物質合成)に消費するのではなく、容易に調達できる物質があれば、当然それらを増殖に利用する方向に変異しているはずだ。


  正常細胞時代に稼働していた代謝機構のうち増殖に妨げとなるものは、すべて放棄したとしても癌細胞にとっては何の不都合もないだろう。

  だが癌細胞の増殖にとって都合の良い変異が、逆に癌細胞の弱点になっているとも考えられるのだ。
  この弱点を突く戦略こそ、癌を治療する最良の方法ではないだろうか?

  この研究に使う細胞は、悪性度の高いFとMC細胞である。
この2種類の細胞は、ハツカネズミに自然に発生した肉腫(F細胞)及び発癌剤メチルコランスレンで癌化させた肉腫(MC細胞)で、10年以上試験管で継代培養されているが一度として悪性度が低下したことがない。宿主のハツカネズミに戻し移植すると腫瘍を形成するばかりか、肺に高頻度に転移、宿主を早いうちに腫瘍死させる非常に悪性度の高い細胞なのだ。

  これらの細胞を、必須アミノ酸のみを含む合成培地で培養してみるとどうなるだろうか?

  通常これらの細胞を培養する培地には、動物の胎仔血清が数パーセント含まれている。この血清成分が実験の妨げになるのだ。
血清成分にはアミノ酸も含めて、どんな物質がどれだけ含まれているか全く分からない。
  これは今回のような実験には不都合である。

  そこで、これまで使っていた培地から血清成分を除くことにする。

  通常、正常細胞は培地から血清成分を除くと、試験管内では増殖出来ない。正常細胞の増殖に必要な生体に含まれる増殖因子、ホルモンなど、いろいろな作用物質が含まれているだからだ。 

  F細胞、MC細胞の場合はどうか。
 これらの細胞を維持している培地から、血清成分を除いてみる。
F細胞もMC細胞も試験管内で増殖力は少し低下するが、継代培養は可能で無血清培地で増殖させることが可能である。つまり、これらの細胞の増殖にはホルモンや増殖因子のような作用物質を全く必要としないのだ。


  F細胞もMC細胞も、細菌と同様、生体の増殖機構から完全に逸脱して、自力で増殖出来る細胞に変異している。
  そればかりではない。免疫機構が正常に働く成熟二十日ネズミに戻し移植すると腫瘍形成、転移形成が見られ、(腫瘍形成や転移形成を指標にした場合)彼らの悪性度は一段と増強しているのだ。

  この培養環境には、増殖や生命維持に必要な、生体の作用物質、ホルモンや増殖因子が一切含まれていない。
  つまり、MC細胞やF細胞は、生体から全く何の助けを受けることなく、まるで細菌のように自律増殖することが可能になっていたのだ。

  さてこれらの細胞を、必須アミノ酸のみを含む、細胞にとっては最悪の環境条件で培養してみると、一体どうなるだろうか?さらに悪性度は増すだろうか?

  F細胞も、MC細胞もこの環境下でさえ死滅することなく、増殖を続けるが、増殖速度は著しく低下、本来これらの細胞が有している悪性性質はすべて失われていた。
1%の寒天培地では増殖できず、戻し移植でも腫瘍を作ることが出来ず、従って転移することも出来なかった。

   これには、驚いたが、実にあっけない結果だった。

  これらの細胞から悪性性質は完全に消失していた。これは、何度も繰り返したが、何時も同じ結果がえられた。


   これまで、細胞にとって悪い環境下で増殖出来る細胞は、よい(増殖するのに都合よい)環境下でしか増殖出来ない細胞より、悪性度が高い(進行している)と考えられてきたが、今回、無血清で必須アミノ酸のみを含む(細胞にとって環境の悪い)培地で増殖させた場合、細胞はむしろ良性に変異していたのだ。
   同じ無血清でも必須アミノ酸以外の非必須アミノ酸を豊富に含む培地で増殖させた細胞は悪性度が増強していたにも関わらず、である。

  7種類の必須アミノ酸から、他の13種類の非必須アミノ酸を合成することによって、F細胞、MC細胞が生き続けることは可能だが、悪性性質を失ってしまったのだ。
  どうしてか?
 次のように考えることも可能だろう。

  つまり増殖に際して,細胞分裂に必要な素材、必須アミノ酸以外のアミノ酸を一から作り上げるとなると、(分裂に際して基本的に必要なプロセス、DNAからRNAに情報が伝達されても)RNAをタンパク質に翻訳する段階で、直ちに利用できるアミノ酸がなく、しかも13種類もの非必須アミノ酸を新たに合成する必要があるので、この段階で多量のエネルギーを喪失するのではないか?
 
 その為、生体側の免疫機構による抵抗や、組織圧に対抗するに必要なエネルギーが消費されてしまったのかもしれない。
 
  又は、そもそも必須アミノ酸から非必須アミノ酸を合成するには、癌細胞の代謝機構は正常化する必要があるのかもしれない。

  少し詳しく考えると、1分子のアミノ酸は、それを運ぶtRNA(トランスファーRNA)に結合した後、その「1分子のアミノ酸と結合したtRNA」のセットが1セットずつ、遺伝情報を伝える運び屋「mRNA(メッセンジャーRNA)」上に正確に配列しなければ、正しいタンパクは合成出来ない。

  つまり、酵素も含めてすべての細胞成分を合成するためには夥しい数のtRNAとアミノ酸を準備する必要があるのだ。 その内「非必須アミノ酸」は、すべて「必須アミノ酸」から合成されなければならない。これは細胞にとって大変な作業なのかもしれない。

  すべての「アミノ酸がすでに準備されている培地」と、「必須アミノ酸しか含まない培地」とでは、分裂必要な素材(酵素や細胞骨格)の準備にかかるエネルギー量に著しい開きが生ずるのではないだろうか。

  実験結果の解釈は色々可能だろうが、
  いずれにせよ、癌細胞を必須アミノ酸で培養するだけで、悪性性質を完全に喪失することが判明した。
  私がやった実験は此処までである。しかし、この現象は、極めて普遍性が高いと考えている。

  この「脱癌」のメカニズムは更に詳しく調べなければならないことが、沢山残されているが、癌細胞の増殖を止めるのに、正常細胞に悪影響を及ぼす、DNAの分裂を直接阻害しなくても、タンパク代謝、ことにアミノ酸代謝の流れを変えることによって癌の治療が可能になる方向性が示されたと考えている。

  この研究を続けることは、現在、私には出来ないが、実験はなくても、癌患者の中には、飢餓療法を含む食事療法、運動療法でいい結果を得ている人がいると考えている。

 だが、この研究からは、癌治療に絶食する必要はないこと 、可能な限り必須アミノ酸以外のアミノ酸を含まない食物を選んで食することである。

  もし蛋白源になる食品を人工的に必須アミノ酸からのみ作ることが出来れば、癌の食事療法に革命的な変化が起こると考えている。

  この治療は永遠に続ける必要はない、癌細胞が消滅すれば元の生活に戻ることが可能だろう。

  もし再発したとしても、癌細胞に耐性が出来るわけではないので、何度でも同じ食事療法を繰り返せば良い。
 ただ、この方法が最も有効な癌は、手の施しようがないほど高度に変異した(抗癌治療も放射線療法も出来ない)癌ではないかと考えている。

今後、症例を検討する(大変重要ではあるが)ばかりでなく

「脱癌」したメカニズムについて、癌の代謝機構の「必須アミノ酸」から、

「非必須アミノ酸」の合成のプロセスの何処に問題があったのかを、基礎的研

究で明らかにしなければ、本当の意味での食事療法を確立することは出来ないと考えている。




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