ジョージ北峰の日記
DiaryINDEX|past|will
2010年04月26日(月) |
オーロラの伝説ー人類滅亡のレクイエム |
私がふと目を覚ましますと、私はベッドで横になっていました。そして傍にパトラが座っているのでした。「此処は何処ですか?皆はどうしたのですか?」と私が寝ぼけ眼で起き上がりますと、すでに身支度を済ませていたパトラは、それには答えず「目が覚めましたか?」とそして「窓の外を見てください」と言うのです。 眠い目をこすりながら窓の外を見て驚きました。其処には珊瑚礁はなく、真暗闇に果てしなく続く星空が広がっていたのです。そして、雲の切れ間から宝石の様に輝く懐かしい地球の街灯りが見え始めたのです。 さらに、驚いたことがありました。パトラが指を差す方向を見ますと、なんと戦闘機らしい影が追尾しているのです。「あれは?」私が叫びますと、パトラは「恐らく何処かの国から発進した戦闘機が我々のUFOを調査しているのでしょう」 「相手は攻撃しないのですか?」と尋ねますと「大丈夫です、相手はこちらに気付いてはいるようですが、見えてないと思います。センサーで我々の機体を捕らえている可能性はありますが---」 私はとんでもない状況下に目覚めたようでした。しかし2機の戦闘機は、猛烈なスピードでこちらへ接近して来ましたが、此方の方向を振り向きもしないまま眼前を通り過ぎて行きました。私は一瞬冷汗をかきました。 しかしパトラが言う通り、彼等は私達の存在に気付いていないようでした。すれ違う瞬間、チラッと見えたパイロットの横顔はとても緊張していました。
パトラは「私達は異次元に存在しているので、彼等は気付かないのです。」 「分かりやすく、説明してくれませんか?」尋ねますと、「現在、彼等と私達との間には異次元の膜があるのです」とパトラ。 「膜は見えないのですか?」さらに尋ねますと 「あなた方は時間軸を認識することが出来ても見ることが出来ないのと同様、彼等にはエネルギー軸は見えないのです」 私がパトラとオメガ国の女王との対決時に不思議な星空の動きを見ましたが---と言いますと、パトラは「そんな経験があったのですね」続けて「あなたも見た通りラムダ国もオメガ国もエネルギー軸に囲まれた5次元の世界に存在しているので、普通の人には見えないのです。しかしあの日あなたが見たのは5次元の膜だったのでしょう」と、「それはあなたがラムダ国に住むことが出来る能力を獲得した証明でもあるのです」と言うのでした。 私はなお寝ぼけていましたが、パトラの話を聞いているうちに、全身にエネルギーが回復してくる兆しを感じるのでした。 しかし、「ところで私は今一体何処に居るのですか?女王室ではないのですか?いつの間に宇宙に飛び出したのです?」と、何気ない風を装いながらパトラの手を握り締めますと、私の気持ち(下心)が伝わったのか、パトラは笑いながら「あなたが就寝前に訪ねてきた部屋は、このUFOの一部だったのです。あなたが寝ている間に飛び立っただけなのです」と、答えるのでした。 私が呆気にとられた顔でもしたのでしょうか?それとも寝ぼけ眼(まなこ)が、よほど可笑しかったのでしょうか、パトラは声をたてて笑い「コーヒーを飲みますか」と召使に朝食の準備を命令するのでした。 それで---私のめらめら燃える欲望の炎がそがれてしまいました。 私が急いで身繕いを済ましますと、パトラは別室へ案内してくれたのです。 そこは広い窓が広がるダイニング・ルームで軽食が準備されていました。何時の間にか、窓は地上の緑と海の青がとても美しい昼間の景色に変わっていました。時間がとても早く経過していくのです。そして! 先程、目前を通り過ぎていった戦闘機がダイブしながら地上攻撃を開始するのが見えました! 地上で突然花火の様な閃光があがりました。一瞬美しく見えましたが「あれ!戦争?」、私が呟きますと、パトラは頷きながら「今、戦争が頻発しているようです。地球では、今、何が善で、何が悪か分からなくなっているようですね。その上、此処から見ても分かる通り都会は、文明国に著しく偏って見られるでしょう」 「便利だからでしょう?それが問題ですか?」 私がコーヒーを飲みながら尋ねますと、パトラは「それが大いに問題なのです」と、確信的な口調で答えるのでした。 「人でも動物でも、地域に片寄りなく分布している間は、コミュニティーは安定なのです。富も権力も同じことですが、それが一極に集中しすぎると、エネルギー分布が不均等になり、コミュニティーは破綻しやすくなるのです。権力も同じ原理で民主主義は、政治権力を分散化する為に考え出された原理でしょう? 人口の集中も同じことで、狭い空間に熱した分子を閉じ込めるのと同じことなのです」パトラが地球のあり方についてこれ程考えていたとは、夢にも思いませんでした---。 しかし彼女の何気ない会話の中に納得出来る部分が多々ありました。 丁度私がラムダ国に来る前、地球が混沌していて、私自身「何故だろう?」と随分考えてはいたのです。 その悩みに対する答えを!パトラが今話したのです。 際限もなく続く地球破壊と混沌とした世界情勢、その原因は外でもない、片寄った人口と権力の一極集中化にあるのだと! 31 私達がUFOから降り立った地点は四方八方見渡す限り延々と続く雪原で、風が強く吹き上げる度に粉雪が荒々しく舞い上がっていました。 幾重にも高低差のある大波が荒れ狂う白い大海原のようでした。5次元から3次元の世界へ復帰した瞬間から厳しい寒気に見舞われることになったのです。無論寒さ対策は十分してきたのですが、それでもその凍えつくような寒さは、初体験の私には堪(こた)えました。 女王パトラは、随分手馴れた様子でUFOの乗務員と一緒になって簡易建築物を設営したのです。 設営が終わるとUFOと乗務員は私達を残して忽然と消えて行きました。 パトラに促されて、小屋に入りました。外は吹き荒(すさ)ぶ雪原、しかし内部は暖かく、広い間取りの一室で、テーブルやベッド、ソファーなどの調度品が調和よく揃えてあり高級ホテルの一室のように見えるのでした。 「あなたは一度オーロラを見たいと言っていましたね」と、緊張が緩んだのか、パトラは防寒服を脱ぎながら笑顔を見せるのでした。 私も少し緊張の糸がほぐれて「確かに---しかし随分昔の事だったように思えます。あれから今迄、本当に私には想像もつかない体験の連続でしたから---すっかり忘れかけていました」と答えますと---パトラは「お酒かコーヒーでも入れましょうか?」優しい声で囁きました。 私はこれまでアルコールを飲む度に意識が朦朧としたことに懲りていましたから「熱いコーヒーが良いと思う」と苦笑しますと、パトラは私の言う意味が理解できたのか「そうね、あなたが目を覚ます度に、驚かせてきましたから---。でも、これから私もあなたと一緒に暮らすのですから---」と言いかけましたが 「いや、パトラは私にとっては憧れの女王のままで---」と話しますと、彼女は片方の手で私の唇を押さえ「いいえ、もうラムダ国のことは忘れましょう。地球人にラムダ国のことが知れたら、私達の関係は、その瞬間から消滅しますから」コーヒーカップを渡しながら真剣な顔になって囁くのでした。「そうだった」私は地球に戻る時、パトラの父が語った言葉を思い出しました。 私は気持ちを切り替える必要があったのです。 私はコーヒーを飲みながら、ソファーに深く腰をおろしますと、彼女も私の傍に座り、悪戯っぽい表情で私の顔を覗きこみながら「あなたは、私のことをどう思っているのです?好きですか?--あなたの本当の気持ちをこれまで聞く暇がなかったから---今教えてください!」と、少し詰問的な口調で言うのです。 これまで女王パトラが見せたことがない女らしい一面を感じさせたのでした。そう言えば彼女は、ほんのここ2、3日の間に、ふくよかな女性の肉感が漂い始めていました。 頬から顎の滑らかな輪郭、ストレートな緑の髪、長い睫、美しい口元、均整のとれた肢体、見れば見るほど、彼女はクレオパトラにそっくりになってきたのです。 「私が女王を愛していることは分かりきったことでしょう?---初めて会った時から、片時としてあなたのことを忘れたことはありません。言葉では言い尽くせないほど愛しています」続けて、「しかし私は、あなたに何一つ役立つことが出来なかった。だから少し引け目さえ感じていたのです」と言いました。 自分の本当の気持ちを言葉で表現することがとても困難でした。 私は無意識に彼女の髪をなでていました。 不意をつかれて少し驚いた風でしたが、気持ちが通じたのか彼女は優しい表情を浮かべ目を閉じたのです。私は、一瞬迷いましたが--- 恐る恐る唇を重ねますと、彼女は舌を絡ませてきたのです。ふっくら厚い、暖かく軟らかい感触でした。彼女の鼓動が胸に感じられ全身が熱くなるのでした。 「私は死ぬまで、パトラが平和で静かな暮らしができるように努力するつもりだよ」と話しますと、パトラの目が少し潤んだように思えるのでした。 「私からもプレゼントがあります、防寒服を着て外に出ましょうか?」少し意味ありげな表情で、パトラはコートを羽織ると私を外へ誘いました。 外へ出た瞬間「あっ!」私は絶句しました。 なんと、暗黒の夜空一杯に、赤、白、緑、紫の幕が織り成す大自然のショウが始まっていたのです。 少年時代から恋焦がれてきたあのオーロラ! 荒れ狂う雪原とは対照的に暗黒の空に舞う光の競演は神様からの贈り物のように見えたのです。 私は夜空の壮大なショウに釘付けにされたまま「パトラ、また負けたよ。本当に有難う」私は思わずパトラを抱き寄せていました。
32 ところで、何故この国へ私が来たのか? それは、私が病理学者だったことにも関係があるのです。 私の仕事は、遺伝子組み換え実験の際に動物に起こる様々な形態学的変化について病理学的に研究することでした。実験の過程で動物に色々な奇形が発生することは、すでに経験していました。 この種の実験、何が原因で、どんな奇形が動物にどのくらいの頻度で起こるのか?という研究は実験病理学者がよくやる研究なのです。 人類の為に、動物実験することは研究者として至極当たり前のことで後ろ指を指されることはありませんでした。私が分離した遺伝子が動物実験で巨大マウスを発生させた実験は、世界に驚きをもって迎えられましたが、これもある意味で奇形(病気)を誘発する実験だったとも言えるでしょう。 しかし人間を実験対象にするとなれば、話は別でした。 ラムダ国では、すでに人工胎盤を使った人間の発生に成功していました。 体外発生が可能になりますと、恐ろしいことに人間を実験対象にしているという意識が薄れ、罪悪感がなくなるのです。ラムダ国で、私は病理学者としてこの実験に携わっていました。実験で発生してくる形態異常の種類、それに関わる染色体・遺伝子異常の分析など、失敗した実験の問題点を探るのです。 このような実験は巨大ネズミを発生させる際に、私もやっていたことなのです。動物実験だから、問題はないと私は考えていました。 ただこの国では最終的には理想的な人造人間を創りだそうとしていたのです。当時世界で盛んに研究されていた人造臓器の話とよく似た話かも知れません。私は、元々この手の研究には少し薄気味悪さを感じていました。 しかも、この国で開発された人工胎盤を使えば、発生の過程を目で追いながら、薬物や化学合成物の添加実験をすることが可能になるのです この国では、人間だけを対象にしていたのではなく、実験は動植物の世界にまで及んでいました。 ラムダ国では、いずれ地球に起こるかもしれない気象の劇的な変化に対処するべく、地球上の動植物の遺伝子を保護し、さらに過去消えていった有用な遺伝子をも蘇らせることを目的として実験を進めていたのです。ノアの箱舟計画を遺伝子レベルで実施していたと言えるのでしょうか。 この国の研究で、思わぬ発見をしました。このことは少し話しておきましょう。 ラムダ国人の解剖をした際、彼らの松果体が私達に比較すると、異常に発達していることに気付いたのです。 松果体は人類の進化の過程で少しずつ退化してきたと考えられています。しかしラムダ国人には、その機能が復活していたのです。 私はこの松果体の発達こそが彼らの特殊能力、例えば敏捷な動き、闇夜の透視能力、異次元の認識能力等と密接に関係しているのではないかと思ったのです。 ある日、老博士にこの事を尋ねてみましたが、彼は少し笑みを浮かべるだけで何も答えてくれませんでした。 中米に栄えたアステカ人達も、ラムダ国人と同じように松果体が発達していた可能性が高いと伝えられています。とすれば---彼等の文明の謎は---やはり異次元の人間が創造したと考えれば理解出来るのではないか?そう言えば、アステカの言葉もデジタル言語のようでいまだに解読されていません。そのこともラムダ国人と共通しているように思えるのでした。 33 北極に降り立ってから、数日して私達はK国のオーロラ観測隊に合流することになりました。彼等は実はラムダ国から派遣された地球観測隊員でした。ラムダ国から派遣された研究員達が地球上の各所で、既に地球に起こりつつある気象変化について観測していました。特にオーロラの観測は太陽の活動状況を把握する上で、特に重要な現象と考えられ、その規模や発生領域、強度などの観測に力を注いでいたのです。 オーロラの活動が活発化すると、生物界の遺伝子に変異を起こさせる可能性があったからです。 私とパトラは観測隊に合流して、A国に無事に帰ることが出来ました。休暇を取ってから、どれほど時間が経過していたか私には分かりませんでしたが、研究室に戻ってみて驚いたことに、ボスも共同研究者のスタッフも、私の出発前と少しも変わっていませんでした。 自分では数年が経過していたようにさえ思っていたのですが、実際は2週間ほど休暇を取っていただけだったのです。 私がボスに帰国の挨拶に行きますと「オーロラに会えたかね」とにこやかに迎えてくれました。そして研究スタッフが集まって、研究プランを話し合った時も、何事もなく私の帰国の歓迎をしてくれ、 “ほ!”と安堵したのでした。私がパトラと結婚したことを報告しますと、ボスや研究室仲間も、心から祝ってくれました。 それからA国で予定していた研究も終え、私達は日本へ帰国しました。 34 私の故郷は離島にありました。海に面した小さな村でしたが、私が研究で成功したことを知って、家族は大変喜んでくれました。ただ、パトラを紹介した時、さすがに驚いた様子でした。 最初のうちは、パトラも言葉が通じず少し戸惑っていましたが、村に慣れようとする姿が人々の好感を呼んだのか、毎日のように人々が訪ねて来るようになりました。 パトラも僅かな期間で流暢な日本語を話すようになり、皆と料理を作ったり、畑に出たり、漁にさえ出たりして村の生活に馴染むようになるのでした。 パトラの明るい性格、物怖じしない堂々とした姿に、人々は何時の間にか「プリンセス」と呼ぶようになっていました。 母は「ほんとに立派な女(ヒト)だね、一体何処で知り合ったのだい?」と尋ねるのでした。 私も本当のことを話したくうずうずしていたのですが、老博士との約束もあり「国際学会で偶然知り合っただけだよ」と答えるしかありませんでした。
日本では、春を迎えようとしていました。異常気候のせいか暖かく、まだ村は冬が覚めやらぬまま、山裾はくすんだ緑色に見えました。しかし樹幹の合間から桜の花が顔を覗かせ、段々畑には菜の花が揺れ始めていました。夜に月が昇る頃には、ふとラムダ国でパトラに助けられた海辺の情景が思い出され懐かしく思うのでした。 帰国してからも、私はラムダ国のことを片時も忘れることは出来ませんでした。特にアレクやベン、パトラの父、老博士がどうしているのかとても気になったのです。 ある日「パトラ、私はもう一度ラムダ国に戻りたい」と話ますと。パトラは落ち着いた様子で、「私もあなたも、本当は今すでにラムダ国に住んでいるのです」 「えっ!」驚きますと、パトラは笑いながら「あなたには、今ラムダ国が見えないのでしょうが、私達はラムダ国に住んでいるのです」 「しかし、今日本の村で働いているでしょう?」私が驚いて聞き返しますと「確かに私達は日本に住んでいます。しかし同時にラムダ国にも済んでいるのです」 「しかし私達はラムダ国を離れたのではなかったのですか?」 パトラは少し考えていましたが---「此処は異次元の世界から見れば、すでに日本から独立した国でもあるのです」パトラは謎のような話をするのでした。 35 これまで、私の奇妙奇天烈な経験を、その時々に浮かんだ感想を加え話してきました。 しかし、今断言できることはラムダ国が地球上の生物界の進化を管理・支配・運営する異次元世界の実験国家だったと言うことです。 昔ノーベル賞学者で分子生物学の権威だったC博士が地球上の生物の遺伝子は宇宙から来たと書いておられたの
2010年04月19日(月) |
オーロラの伝説ー人類滅亡のレクイエム |
パトラは先程から砂浜に倒れたまま、動こうともしません。 強い陸風が絶え間なく吹き、あたりの木々が激しく揺れる。そして砂浜では打ち寄せる波と風が互いに逆らい、衝突しあい、黒い水飛沫(みずしぶき)を吹き上げていました。 それはあたかも二人の激しい戦いを象徴しているかのような光景でした。 「倒されたのか?」私が心配そうにベンを見ますが、彼は微動だにしません。 やがて相手の女王が焦(じ)れたのか、先に動きました。 その瞬間私は「そうか!」と思い当たる節がありました。 相手が剣を振り上げ、今にもパトラの止めを刺そうとした瞬間でした。 倒れたはずのパトラの剣が一閃しました。2本の剣から、火花が飛び散りました。 “と!”仕掛けた相手の女王がもんどりうって倒れていくのが見えました。 そして彼女の手からはなれた剣が宙を舞ってスローモーション映画を見るように、ゆっくり海中へ落ちて行くのが見えました。 しばらく静寂が続きました。 やがてパトラが立ち上がったのです。 「ツバメ返し」私は思わず呟(つぶや)いていました。相手の動きを誘って---パトラは勝つ瞬間を待っていたのでした。
28 何故か、涙が溢れてきました。 私の涙は、パトラが勝ったという喜びからだけではなかったかも知れません。命をかけ、国の名誉をかけ正々堂々と渡り合った二人の女王に対する尊敬と敬意の感動からだったかもしれません。 一方ベンは私の方に振り返ると、満面の笑を浮かべ腕を空に突き上げ、大声で何かを叫びました。そんなすさまじいベンの喜び方をこれまで私は見たことがありませんでした。 ラムダ国の戦士たちも呼応して一斉に腕を突き上げ嵐のような歓声を上げるのでした。それは島全体にこだまする程大きく響くのでした。 女王の勝負が決まった瞬間から青い光を放っていた海上のUFOが音もなく上昇、海面を去り始めました。するとそれ迄、遥か彼方で星が形成していたチューブ状の構造物が螺旋を描きながら、まるでヘビの様に降下してきたのです。そして海上から上昇して来るUFOを、掃除機がまるで塵を吸い込むかの様に、音もなくどんどん吸い上げていくのです。 お気付きのこととは思いますが、天上の星は本来太陽を凌ぐほど巨大で、常識的に考えればそれが集まってチューブを形成することなど想像さえ出来ないと思います。 しかしその時、私はその光景が不思議な出来事とは思わなかったのです。ただ呆然として成り行きを眺めているだけでした。 他方地上では、ラムダ国の戦士たちが体全体で喜びを表しながら、続々とパトラの周囲に集まり始めていました。 ベンは満面の笑みを浮かべ、無言のまま身振りで私に「行こう」と誘いました。 墨絵のような山々を背景に赤い光を放つ甲冑で身を固めた戦士達が喜び勇んで集まって来る有様は壮観でした。 パトラは倒れた相手の女王の前に跪(ひざまず)いたままでした。あたかも祈りを捧げているようでした。 ベンが左手を挙げて戦士たちに合図を送りますと戦士たちは一斉にパトラを取り囲むように跪き(ひざまずき)ました。 やがて星雲の壮大な運動の最中を通り抜け、銀色に輝くUFOが音もなく海面に着水してきました。扉が開くと、ローマ帝国時代を思わせる白いローブを身に着けた数人の白髪の元老達が降り立ちました。 そしてパトラの跪(ひざまず)いている方向に向かって粛粛と歩み始めました。 驚いたことは、近づいてきた元老達の中心に、あの老博士がいたことでした。私が老人に初めて会った時から何となく想像していたのですが、彼がやはり元老達の中心人物だったのです。 後ろからきらびやかな甲冑を身に着けた戦士たちが、厳かな意匠を凝らした金の椅子や祭壇、そして金で縁取られた大きな衣装箱などをUFOから運び出してきました。そして瞬く間に祭壇を築くのでした。 それから老博士が手を挙げますと、ベンは無表情なまま、数名の将軍たちに合図を送り、彼等と祭壇に向かって歩き始めました。私はどうしたらよいか分からず、困惑していますと、老博士が私にも来るように合図するではありませんか。それは私が予想もしていない出来事でした。 しかし、その時何故か老博士の気持ちが伝わってきたのです。 勿論言葉を交わした訳ではありません。しかし彼の気持ちが私の胸に響いて来たのです。その時初めてわたしはテレパシーを交わしたのかもしれません。 倒れたオメガ国女王は、戦士達によって金の棺(ひつぎ)に丁重に納められ、UFOに運ばれて行きました。その間もパトラはじっと手を合わせたままでした。パトラは双子のような倒れた女王に自分の心を重ね合わせ悲しんでいたのかも知れません。 以前から時折みせるパトラの涙は、超人の中にも人間の心を持ち合わせている証(あかし)だったのかと、彼女の気持ちが少し理解できたように思えるのでした。 私はパトラが哀れで仕方がありませんでした。
29 祭壇の前に老博士が立ち、背後に白いローブを着た白髪の元老達がローマ法王の就任式のように整然と並んでいました。戦士達は、やっと立ち上がったパトラを中央に、ベンや将軍達の周囲に並び立ちました。 そして---一層驚いたのですが、ベンが振り向いて、後にいた私にパトラの横に立つように指示するのです。 私が躊躇って(ためらって)いますと、老博士が私のほうに振り向き「そうだ」という風に頷きました。周囲の将軍達をも、特に異を唱える様子はありませんでした。
漸く東の空が赤く変わり金色の光が雲間にキラキラ輝き始めました。 厳かな儀式が始まりました。その中心に、私も居たのです。 状況が把握出来ませんでしたが、私は晴れがましい役回りを演ずる立場にあるようでした。 30 話を先に進めましょう、オメガ国との戦争に勝利したラムダ国は、国造りの新しい段階に入ることになりました。私が、この国に来た時は、パトラを中心とした王制でした。そして背景には老博士を中心とした国造りの仕掛け人がラムダ国、オメガ国の進む方向を監視していたのでした。しかしラムダ国の指導者達と国造りの指導者達との会議で、議長役の老博士は、これまで国造りに関わってきた指導部が戦後のラムダ国の体制造りに干渉することはないと明言しました。 しかし今後、地球人と一緒になって、これまでとは違った、新たな地球創生に向けて努力するべきだと言うのでした。 “いずれ訪れる大氷河期の到来によって地球の生物は大部分絶滅するだろう。しかし、現存している生物の中から将来の生命の創生に必要と考えられる遺伝子を保存することが肝要だ。その為すでにラムダ国、オメガ国のエージェントは地球に侵入、活動を開始している。しかし今後、彼らと一緒になって活動の範囲をさらに速める必要がある。” 「地球人に悟られることはないのですか」私が訪ねますと、博士は「我々はUFOを使っているから普通の地球人が、気付くことはない」と当然のように、あっさりと答えるのでした。続けて「すでに異次元の存在について研究している地球人もいるらしいが—それはそれで良いのだ」 「私もこの国で中心的な働きが出来るでしょうか?」尋ねますと「ドクターはすでにラムダ国の人々と問題なく生活をしている。それは多くの地球人に欠けている能力で、我々がもっとも必要としていたドクターの能力でもあるのだ。パトラはドクターの潜在能力を知って、この国へ連れてきたのだから」 「で、私は日本へは帰れないのでしょうか?」 親や、兄弟、友人たちのことを最近では頻繁に思い出すようになっていました。 例えこの国で、自分が地球の大災害を免れることが出来たとしても、幸せとは思えない。仮に死ぬことがあったとしても、出来れば私を産み、育ててくれた親や兄弟の下へ帰りたい、と話しますと「そのことについて問題はない、近い将来ドクターは自国へ帰ってもらうことになる。しかしパトラは君を愛しているようだが--」 そうだった。私もパトラを尊敬し、それが愛に変わっていました。パトラと別れることは出来そうにありませんでした。私は考え込んでしまいました。すると老博士は少し笑みを浮かべ「君が望むならパトラと一緒に国へ帰ってもいいのだよ」 「本当ですか!」さらに、 「しかしこの国はどうなるのでしょう。パトラはこの国の女王なのです。女王が私と一緒にこの国を去るようなことがあれば困るのではないのですか?」 それについて老博士は正面から答えようとはせずに、「以前ドクターに、戦後はパトラを休ませてやりたいと言っていたのを覚えているかい?-- それが理由だよ。つまりラムダ国は独立すると言うことだ」 私は、驚いてパトラの方に振り向きますと、彼女も真顔で頷くのでした。 私が女王パトラと故郷に帰れるとは---、アラビアンナイトの主人公になったような気分になるのでした。 すると博士は少し真面目な表情になって「ただし私達のことは、周囲には一切に話してはいけない。」 そして「この約束が守られなければ、ドクターにどんな不幸が降りかかるか分からない」と強い口調で念を押すのでした。 ラムダ国の女王パトラと一緒に帰国できる!---“どんな約束だって守れない訳がありません” 私は「パトラと一緒なら、守れます」と弾んで答えていました。
この国へ来てから、私の想像をはるかに超える人種改良、戦争、パトラとの結婚、それに異次元の世界の存在、---多くのことを一度に経験したこともあって、時間に対する見当識を失っていました。 しかし老博士の言葉で私の帰郷心は一挙に高まりました。 老博士は私の気持ちを見透かすように再度「この国で経験したことは、決して口外してはいけないよ」と念を押すのでした。 そしてUFOで帰郷できるよう指示してくれたのでした。 出発の前夜、大きなホールで別れの宴会が催されました。 私は豪華な王位の衣装を身に着けていました。私はパトラと一緒に一段と高い玉座に座っていました。 そしてアレクやベン、それにラムダ国の要人達も私を王として恭順の礼を示してくれるのでした。 パトラは女王として堂々と振舞い、銀の祝杯を挙げ一人一人からの祝福を受けるのです。勿論私も王になるのですから皆の祝杯を受けない訳はありません。
豪華な宮廷料理を召使達が運んでいました。舞台では、音楽に合わせて、男や女の踊り子達がダンスを披露していました。私がパトラは?と目を向けますと、パトラは時々流し目を返してくれるのです。 宴会は盛大で、アルコールに強いと思っていた私も「大丈夫か!」と不安を抱いたほどでした。宴の最初は「王」という気持ちが強かったのですが、アルコールが入るにつれ、踊りが佳境に近づくにつれ、そんな気持ちが徐々に薄れ、いつの間にか、あの“性の儀式”のことが意識の中心を占め始めたのです。 だが、いつものことですが意識が朦朧とし始めました。
私は随分酔っていましたので、実際のところは何が起こっていたのか記憶にありません。 ただはっきり覚えているのは「私よ」とパトラが囁いた時、私はふと意識が戻ったのです。 そしてパトラの弾むようなダイナミックな肉感が私の太腿に伝わってくるのが分かりました。パトラは「今夜は我慢しなくてもいいのよ」と囁くのでした。 この時ほど私は自分自身の手で、彼女を抱き締めたいと思ったことはありませんでした。やはり抱擁こそ、愛の表現として最も大切な行為だと再度認識したのでした。
ところで、この国の拠るべき法体系、あるいは国体は一体何処にあるのでしょう?疑問に思われる方があるのではないでしょうか? 現代の文明国では、人々は「人権の平等」や「個人主義」という基本理念に基づき、愛情の自由、信仰の自由、言論の自由など様々な権利を享受することが出来ます。又資本主義、社会主義などの政治体制があります。 しかしラムダ国には、法規範とそれに基づく政治体制(王制とはいいますが)はなかったのです。しかし以前にも申しましたように、人々の間に争いはありませんでした。人々は、仕事に忠実、男女関係も極めて単純、好きな者同士が自由に愛し合うことが出来ました。恋愛に関わるトラブルは皆無でした。 それは、この国の子育てのシステムが私達の世界と全く異なっていたせいかも知れません。 いずれにしても、この国のあり方から考えると、私とパトラの“結婚”は異例のことだったのです。 私とパトラが一緒になることで、私はこの国の国家体制を崩すことになりはしないかと心配する一方---今後老博士がこの国を如何しようとしているのかと不安が広がるのでした。 パトラが最初私をラムダ国へ誘った日、私のことを国にとって利用できる研究者の一人とししか考えていなかったのではないか?恐らくパトラは結婚とか男女の愛憎などは全く知らないと考えていました。 人が異性を愛する気持ちをパトラは理解できないだろうと思っていました。しかし最近では、それは間違いかもしれないと思うようになっていました。 つまり、パトラは私たちと同じ人間の遺伝子を共有している可能性が高いと考え始めたのです。
宴会が終わって、私が部屋に戻りますと、暫くして、召使が「女王様がお呼びです」と迎えに来たのです。 パトラの寝室は、ベルサイユ宮殿にある豪華 な女王室のようで、スタンドの灯りがほんのり明るく、中央には圧倒されそうに大きなベッド、壁側には豪華な調度品が揃えてありました。海側はガラス張りの壁で、青色にライトアップされた珊瑚礁の合間を可憐な模様の熱帯魚が泳ぐ様子が幻のように見えるのでした。 パトラは胸元が広く開いた薄いベージュ色のドレスを着てソファーにゆったり横になっていました。 本当にクレオパトラが寛いで(くつろいで)いるように見えるのでした。 テーブルにはぶどう酒に似た珍しいお酒や果物、それに銀の杯や食器がおいてありました。静かな音楽が流れていました。 豪華な創りの寝室、そしてパトラの美しい姿に私は圧倒されました。 私は呆気にとられて一瞬立ちつくしたと思います。 私の姿に気付くと、パトラは立ち上がり、召使に下がるように命じ、そして私を深く抱き、両頬に軽く接吻すると、ベッドに誘ったのです。 私も衝動にかられ、彼女を抱き寄せますと、そのままベッドに倒れこみました。 パトラのドレスが乱れました。海中からの薄青い光に浮かび上がる白い彼女の太腿(ふともも)が一瞬目に入ったのです。それがとても新鮮な印象で、私の欲情に火が点いたのです。
ベッドに倒れこみながらも、パトラは私の興奮が蘇っているのを確認したようでした。 さらにパトラは、下から私を見上げるような形に倒れてくれたのです!それは何時もと違った体位でした。 そうか!--彼女の気持ちが伝わって来たのです。 パトラは私のパートナーに相応(ふさわ)しい、女性になろうとしていたのです。 酔っていて思うように体をコントロール出来ないもどかしさを感じながらも、私は彼女の思いが嬉しく力一杯、抱き締めていました。 暫(しばら)くして、私が「パトラ、あなたは女王様のままで良いのです」と言いますと、彼女は「私は、あなたの国の習慣を少しでも早く知りたいと思っているのです」と体を起こし、私を見つめながら 「これまで私はラムダ国の女王として振舞ってきましたが、これからは地球人としてあなたと新しい生活に入りたいのです。私が分からないことは何でも教えて欲しいのです」 それから、パトラは「ラムダ国には、文書としての法律はないのです。この国の人々には、生きてゆく上で必要な決まり事はすべて遺伝子の中に刷り込まれているのです。あなたの住む世界でも人間以外の動物達は、法律に基づいて生活しているわけではないでしょう?彼等は遺伝子が命ずるが儘(まま)の生活様式を守っているのではないですか?それと同じなのです」と言葉を切り、愛おしそうに私の腰から大腿にかけて優しく愛撫する。そして私の興奮が冷めていないことを確認する。私が「あ!」と声を出しますと、パトラは笑顔を浮かべながら肉付きのよい脚を、まるで蛇の様に私の体に絡みつけてくるのです。その形のいい脚が青白い光に照らされるを見ると一層生々しく刺激的に思えるのでした。 一方で、興ざめな話を続けるのでした。 「しかしあなた方の国では、本来決められた遺伝子の機能をはるかに超えて、自分達の欲を増大させ、際限のない物質欲が地球上の生物の命を奪いつくしかねない状況になっているでしょう?老博士の話しによると、昔、人間にはほんの少し遺伝子の設計ミスがあったらしく、それで人は化け物のようにトランスフォーム(変異)し地球に大混乱をもたらすようになったらしいのです」 私はパトラの話に納得できる部分もありました。が、だからと言って、「私には、現代の人間社会をどうにか出来るとは思いませんが」と反論しますと、彼女は「しかし、今のままでは、いずれ人類は滅びてしまうのですよ」 私は少し催眠術にかかりそうな恐れを感じながら「もしそうなれば、それで良いではないですか?人間が自分でしたことですから、諦めもつくでしょう」少し苛立たしそうに言い返しますと、パトラは勢いに押されたのか黙ってしまいました。 私は酔いが醒めつつありました。会話の内容とは裏腹に、私はパトラがとても愛しくなり、気分が昂じて少し乱暴にパトラを抱き寄せ、愛撫し始めました。その間もパトラは呟くように「勿論人間を恐竜のように絶滅させるわけに--」と話しを続けていましたが、構わず、私がさらに熱をこめて愛撫を繰り返しますと、パトラが反応を示し始めたのです。 そして意味不明な言葉で「!!」と喘ぎ、さらに無意識のように「ドクター!」と囁き、抵抗なく身を任せたのでした。 私とパトラの関係が逆転した日でした。 私は疲れきって、そのまま眠りこんでしまったのです。
2010年04月12日(月) |
オーロラの伝説ー人類滅亡のレクイエム |
私達は海岸線に漸く辿り着こうとしていました。その間、私が戦闘に直接関わることはありませんでした。やがて安堵の気持ちが広がり始めた時でした。 前方の茂みで3人の敵戦士が一人の見方戦士を攻撃していました。見方の戦士は手負いを受けていました。 状況を見てサスケもコジロウも果敢に三人の兵士に飛び掛っていったのです。 2頭に気付いた敵戦士も直ちに反撃する、2頭はすばやい動きで相手の攻撃をかわしながら、機を見て足首、手首を攻撃する。 サスケもコジロウも動きはまるでパトラの動きに似ているように思えるのでした。 手負いの味方戦士は私達を見ると、気が緩んだのか倒れたのです。 私も直ちに参戦しました。負傷兵が危ないと思ったからです。 しかしなかなか手強い相手でした。何度となく倒すチャンスはあるのですが、どうしても止めの一撃が下せませんでした。 恐らく人の命を奪うことが怖かったからに違いありません。急所を無意識に外してしまうのです。一方コジロウは相手の剣を取り上げ、組み伏せていました。続いてサスケのほうも相手を組み伏せたのです。 コジロウもサスケも私の戦いぶりにジリジリしていたかもしれません。やっとの思いで相手の剣を奪った時、海岸の方から駆けつけて来る味方の戦士に気付きました。彼等はベンと部下の戦士達でした。私に気付くとベンは一目散で駆け寄って来ました。 私がラムダ国の海岸で初めて敵戦士に襲撃された時、助けてくれたのはベンでした。私が“ほ!”としたことは言うまでもありません。 ベンと彼の部下達は3人の敵戦士を瞬く間に倒しました。ベンは老博士から私が戦場に向かったと聞いて探しにきたらしいのです。 私は全身から力が抜けていくのを感じました。私は戦士としてはやはり失格だったのです。気持ちの上では高揚していたのですが、やはり平和な国からきた人間でした。本当の戦(いくさ)を知らなかったのです。 とその時でした。コジロウが私の方向へ向かって突然ジャンプしたのです。“あ!”何が起ったのか分からず、無意識に身を屈(かがめた)瞬間でした。 “ドサ!”と地響きを立ててコジロウが地上に落ちたのです。 “と!” 何処から飛んできたのか一本の槍が彼の体を貫いていました。 私に危険を感じたコジロウが咄嗟に自分の身を投げ出したのです。 “あ!”---瞬間私は驚き、全身が凍りついていました。それは想像もしなかった光景だったからです。 戦場で知り合い、やっと心が通い、私が全幅の信頼を寄せていたコジロウが倒れていたのです。 私にはどうしても信じられない光景でした。 何かを訴えたかったのでしょうか? 懸命に立ち上がろうとするコジロウ! 事態が呑み込めた私は「コジロウ!」と、彼のもとへ駆け寄ろうとしました。 が、ベンが私を制止しました。
厳しい戦場と分かっていたはずなのに---私の油断で---又しても仲間のコジロウを失ったのです。 そのことが、悔やんでも悔やみきれない出来事として私の心の奥深くに傷跡として残るのでした。 コジロウのけな気な忠誠心に私は心打たれたのです。 26 この国では、どのような傷を負った戦士も、戦士であるかぎり戦う義務がありました。自力で立ち上がれない戦士に手を貸す人はありませんでした。
しばらくして、ベンがパトラの決闘場へ急ぐよう指示しましたが、コジロウが死んだことで私の心は動揺していました。 「もし、パトラが決闘で倒れた場合も、誰も助けないのだろうか?パトラが死ぬようなことがあれば、自分も戦って死ぬほうが、よほど楽---」と思えるのでした。 一方サスケは何事もなかったようにカラスと一緒に前方を淡々と進んで行くのでした。 “これから始まる予断を許さない女王同士の戦いを、単に観客として眺めていることが出来るだろうか?” 私は自問していました。 女王同士の戦いは、生死を決する決戦、想像以上に厳しい。 ましてパトラが戦おうとしているのです。何もしないで、そんな状況を見続けることが私には耐えられそうにありませんでした。
決闘場が近づくにつれ私の心臓は早鐘のように打ち始めました。握り締めた手がじっとり汗ばんでくるのです。“やはり、老博士が言っていたように戦場に来るべきではなかったのか?” 後悔の念が大きくなるのでした。 決闘場は海辺に設けられていました。それは平坦な広場ではありませんでした。大きな岩、周囲には、つる植物が絡む背の高い熱帯特有の木々が聳(そびえ)え、砂浜には波がゆったり打ち寄せていました。 海側には夥しい数のUFOが幽霊の様に浮かび、陸地側にはラムダ国の戦士が整然と集結、双方が海側と陸地側に対峙していました。 オメガ国戦士の青い光がUFOの揺れるたびにまるで蛍の光の様に上下左右に揺れている。一方、陸地側ではラムダ国戦士の赤い光がまるで灯篭流しの様に緩やかに蠢く(うごめく)様(さま)は、平家物語の壇ノ浦の決戦を想起させるのでした。 その情景が私の心を一層不安にするのでした。
悠久を暗示するかのように星が暗黒の空に輝いていました。 風が陸から海の方向へ間断なく吹き、波の音と木々のざわめきが渾然一体となって騒がしく、嵐の決闘を予感させるのでした。 ベンは私を軍の本部へ案内してくれました。本部は木を組み合わせただけの俄か作りの小屋でした。既に陸戦、海戦の将校達が集結していました。少し離れた所で情報員がラムダ国の本部と絶えず交信しているようでした。 私が本部へ到着して間もなく、2機のUFOが海面に着水、甲冑で身をかためた二人の女王が海岸に降り立ちました。一人は背に、一人は腰に剣をつけていました。他に武器は着けていませんでした。 “剣の戦い!それならパトラに勝つチャンスがある!” 私は少し安堵しました。彼女の剣の実力はすでに知っていたからです。それに、この国ではまだ知られていない秘剣“ツバメ返し”も伝えていたからです。 どちらがパトラか兜鎧の色で判断出来ますが、姿・形はほとんど同じで二人の区別はつきません。 さらに驚いたのは、双眼鏡を覗いた時でした。体・格好ばかりでなく、なんと二人は顔貌(かおかたち)までクローン人間のようにそっくりだったのです。 老博士が言っていたのはこのことか? 次世代のパトラが準備されていると!----とすれば、これまで私が尊敬してきたパトラは倒されるのだろうか?さらに不安がよぎるのでした。 その場合パトラが私と地球に戻って新しい国を造ると言う博士の計画は頓挫するのだろうか? 本当のところ生物さえ設計・作製してしまう博士の考えることは、私には理解できませんでした。
決闘場では周囲の将軍や将校達は意外に落ち着いていました。遠くのほうからほら貝が聞こえてきました。 と! 二人はまるで忍者の様に飛び離れました。いよいよ始まったのです! パトラは海岸側に、相手は内陸側の岩の上に位置しました。 二人の間はずいぶん離れているようですが、彼らの動きからすれば、私が判断する限り、充分に戦える間合いでした。 二人の兜の下から覗く髪が風に揺れているのが分かりました。まるで武蔵と小次郎の決闘シーンのようでした。 それは幻想的なシルエットでした。 一方、二人の鼓動を暗示するかのように鎧から発する赤、青の光が不気味に点滅する。 パトラの鼓動が音となり私の耳元へ届いてくるようで、やりきれない気持ちがつのるのでした。
決闘場にはUFOも含めて多くの戦士達が集結していましたが、彼等は静かで、ただ海岸から打ち寄せる波や強い風にゆれる林の音だけがまるで動物の唸り声のように響いているのです。 つい先程まで気付かなかった、虫の鳴く声が、日本の秋の夜を思い起こさせるように、静けさを破って聞こえてきました。 2人の女王は、寸分の油断も許されない緊迫した戦いの只中に対峙していました。 互いに相手の動きを読むために必死の思いをめぐらしているのでしょう。 二人の力が均衡しているなら、ほんの少し相手の心の読み違えも命取りになります。つまり格闘家は、無意識のうちに相手の動きをいくつかのパターンに分け、それぞれのパターンに対処するべく思いをめぐらしているのです。その読みが少しでも狂うと、命とりになるのです。 しかし予想が外れた場合でも、自分の本能が命ずるがるままに臨機応変に対応しなければなりません。格闘家にとって、この本能の属する袋の中身こそが大切で、その中身が豊富であればあるほど、戦いが有利になるのです。有能な格闘家はこの部分を磨くためにたゆまぬ努力をしているのです。 戦いに於けるパトラの本能的行動は、これまで私が見てきた限りでは非の打ち所がありませんでした。 ふと巌流島で、武蔵が小次郎のツバメ返しを破った瞬間を私は思い出していました。小次郎の心の焦りを見透かした武蔵は“ツバメ返し”が無理に繰り出される瞬間を見抜いていました。小次郎が“ツバメ返し”が決まったと思った瞬間、並外れた運動神経で剣をかわし、武蔵は宙を舞っていたのです。だが小次郎は自分の勝利を確信していました。死に顔には笑みさえ浮かんでいたと伝えられています。
私の心臓は早鐘のように打ちつづけていました。 私はパトラが決して勝負に焦らないことを祈りました。 彼女は砂浜側から相手を見上げる形で構えていました。この形は相手の先制攻撃を誘う作戦なのでしょう。もし相手が上方から攻撃してくればパトラは反撃をと考えているに違いありません---。 暗闇と言うこともあって、残念ながら私には、彼らの甲冑の赤と青の光しか見えません。2人の考えや動きを想像することは難しい状況でした。 私は赤いパトラの動きに神経を集中することにしました。 “先に動いてはいけない!相手の動きを見てからだ” 赤い光が少し動いた気がしました。“あ!”と思った瞬間、電光石火の様な速さで青い光が赤い光に重なり合っていました。 刀と刀が激しく弾きあう音と同時に稲妻が2回走りました。 “どちらだ?”緊張のあまり、私は身をのりだしていました。 2人が飛び離れた瞬間、青い光が砂浜に倒れていました。汗が私の全身に噴出していました。パトラが勝ったのか? しかし青い光はゆっくりと立ち上がりました。 まだ勝負はついていなかったのです。 私はこの国の戦士達の並外れた運動神経を何度も見てきました。今の一撃で、相手はパトラの太刀筋(たちすじ)を読んだかもしれません?---私の不安は少し増大しました。 とすると次の攻撃はどちらが先だ?パトラか? 私は次に如何攻撃するか考えましたが、難しくて分かりません。 ただパトラが不用意に攻撃を仕掛けてはいけないとだけは思いました。 相手はどう出るか?私はジリジリしながら見ていました。パトラは今の一撃で相手の力を読み取ったのか、少しずつ間合いをつめ始めました。 私は心の中で“先に動いては駄目!”と 叫び続けていました。相手は少しずつ下がり始めました。やはり、今の戦いでパトラの剣捌きを知ったのでしょう。迂闊(うかつ)には攻撃を仕掛けません。 が、今度はパトラの方から攻撃を仕掛けたのです。 「あ!」と叫んでいました。 しかし青い光と赤い光が渾然一体となって、まるでサッカーボールが弾かれたような速さで海岸を縦横に駆け回る。私の目では、どちらが優勢なのか動きが速すぎる上、姿が見えないので分からない。 予断が許せない剣戟が連続的に続く。 時折響く鋭い音が恐怖を容赦なく、煽る。 “あ!”と私は思わず声を出していました。 赤い光が倒れて、青い光が飛び離れたのです。[やられたのか?] 「パトラ!」と私は声にならない声で叫んでいました。
27 勝負を賭けた試合を一度でも経験した人なら分かると思いますが、例え一分間の戦いと雖も(いえども)想像もつかない速さで神経が磨り減っていきます。 互いの実力は、対戦すればすぐ分かる。力が接近していれば、一瞬の油断が相手の思う壺にはまる。ほんの少しでも実力差を感じた時は、間違いなく自分が敗北する! まして生死を賭けた戦いでは、無駄な神経をすり減らしてはいけない。 武蔵が言った無念無想とはそのことだと思います。 相手に怖れを感じさせることがあっても、自分が怖れてはいけない、仮に自分が劣っていると直感しても、逃げてはいけない。 勝つことだけに神経を集中する。 互角の女王同士の戦いは私には想像を絶する消耗戦のように思えました。 パトラが倒れてから随分時間が経過したように思いました。しかし相手の女王は動かない。周囲の戦士達も静かにしている まだパトラが負けた訳ではなさそうだ! 赤と青の光以外に何も見えないので、戦いの状況が私には判断できない。冷たい風が体の中を通り過ぎていく。
私は、ふと子供の頃スズメバチと熊蜂との戦いを思い出しました。 スズメバチも獰猛で決して小さな蜂ではありません。それでも熊蜂に比べると一回り小さかったのです。 数匹の熊蜂がスズメバチの巣に止まると一斉にスズメバチが襲い掛かる、激しい戦いが始まりました。 熊蜂は押し寄せる相手を瞬く間にぶちきっては次から次へと巣から落としていくのです。まさに取っては投げ千切っては投げという状況でした。 さすがにスズメバチも後退り(あとずさあり)し始め熊蜂の周囲を大きく取り囲みます。すると熊蜂は傍若無人に巣の中央に大きな穴を開け始めたのです。我慢しかねたスズメバチが再び攻撃を仕掛けますと、さらに死骸が塊となって落ちていく。やがて巣の中央に大きな穴が開きました。すると熊蜂は一層激しくなるスズメバチの攻撃を物ともせず、巣穴から蜂の子をぶら下げては悠々と連れ去って行くのでした。昼頃から始まった戦いは夕方頃には終わっていました。そして--勇敢に戦ったスズメバチ達の死骸は地上に無残に転がっていました。死んだ蜂たちの中に混じってひときわ大型の蜂がひっそり死んでいました。当時私はこの蜂こそが女王蜂だろうと思いました。 ラムダ国とオメガ国の戦(たたかい)も、そして女王同士の戦いも、さながら蜂世界の戦いのように思えたのです。「パトラがスズメバチの女王のように死んだのではないか?」 「パトラが負ければ、ラムダ国の子供は連れ去れてしまうだろうか?」 「ベンやアレクのような戦士たちは一体どうなるのだろう?」 パトラが倒れた姿を見て、そんな不安がよぎったのです。 一方この時、空が動き始めていました!! 不思議なことに空から星が雪のように降り始めたのです!! 星が散りばめたように輝いている様を「星が降る」など大袈裟に表現することがありますが、当時私が見た「動く空」は、そんな次元の話ではありませんでした。東西南北に広がる星が本当に中央の線に向かって動き始めたのです。それは流れ星の様ではなく、ゆっくりとした動きで、頭上に星が天の川の様に集まり始めたのです。そして、それが地上に向かってカーテンの様に下りて来たのです。そして下がるにつれて太い筒の様な構造を形成し始めたのです。 2人の女王が命を懸けて戦っている最中(さなか)に!宇宙では壮大なドラマが始まっていたのです。 星の動きは、水中で強い渦巻が起こり水の表面に浮かぶ青い花びらが次々と飲み込まれていくかのように見えるのでした。しかしそれは遥か彼方の空で起こる新しい生命(いのち)の誕生を見ているようにでもありました。壮大な自然界のドラマは一言で表現できないほど荘厳・雄大で「宇宙の創世記を体験しているのではないか?」と思ったほどでした。 一方海上ではなお蛍の様に青白い光を放つUFOが蜃気楼の様に揺れていました。陸上ではラムダ国の戦士達の発する赤い光が緩やかに移動していました。
2010年04月05日(月) |
オーロラの伝説ー人類滅亡のレクイエム |
「---] 「だからドクターが戦場で倒れてもらっては困るのだ」と付け加えるのでした。 画面からは、人間や動物達の発する怒声、悲鳴が聞こえていました。画面が遠景に戻ると、赤い光の軍団が徐々に優勢となり青い光の“軍団”を押し返しつつあるように見えました。 何処までも続く闇と海、海岸では黒い波飛沫(しぶき)がまるで生き物のように激しく打ち寄せるのが見えました。しかし一方サファイアを散りばめたような星空が海中へ溶け込む水平線の合間から、時折縫うように青い光を放射しながらUFOが着水してくる。 陸上では、赤と青の光が火の玉のようにぶつかり合い揺れている。それらが混然一体となって、真夏の夜の夢“灯篭流し”を見ているような印象を受けるのでした。 23 海方向から青い光がどんどん上陸してくる、一方赤い光も前線がY山、Z山の山手から海岸線に向かって移動して行く。戦況の流れは、ラムダ国が優勢になっていました。 さらにどれほど時間が経過したことでしょう。じっと戦況を見守っていた老博士は、私のほうを振り向くと「いよいよ最終段階に来たようだ。このままだと、明け方迄に勝負の決着をつけることは困難になるだろう。その時は女王同士の一騎打ちになる」と言いました。 続けて「女王同士の一騎打ちになると誰も手が出せないのだよ」とまるで他人事のように話す。 「え!それでは両国の戦争は、最後は女王同士の一騎打ちで決まるのですか?」この時、私はパトラやベンが以前話していた過去の両国間にあった戦争の経緯をふと思い出しました。 「パトラが負ければどうなるのでしょう?女王は死ぬこともあるのですか?」 「勿論だとも、どちらの女王も決して勝負を投げ出すことはない。二人のプライドにかけて死ぬまで戦うだろう」 私は愕然としました—一瞬パトラも死ぬかもしれない!と思ったからです。 「私はパトラと一緒に戦いに参加出来ないのですか?パトラが、死ねば、一体私は何の役に立つと言うのです?」少し興奮気味に尋ねますと、老博士は少し困った表情を見せ「先程も話した通り、この戦争が終わればパトラ含めてラムダ国人は人間社会に復帰することになる。その時あなたの果たす役割がとても大きいのだ。しかし、もしパトラが戦いに敗れることになれば、この計画を私達はあきらめなければならない---そんなことはないと思うが」 しかし 「一体ラムダ国とオメガ国は何のために戦争をしているのです?」と、私がこれまで疑問に思っていたことを強い口調でぶっつけますと、「--」しばらく博士は何か考えているようでした。 「この戦争は、実験なのですか?どちらの国を人間社会に復帰させるのかを決める為の!」 さらに「博士が設計した遺伝システムの良悪を決める実験なのでしょうか?」 「--」 老博士は少し考えているような振りを見せていましたが、意を決したように「ドクター、あなたの疑問に答えよう。今の地球人達が何時の時代からか間違った方向に進化し始めたとして話を進めよう。ドクターは、これまで地球人達が行ってきた無節操な行為で(特に20世紀に)地球上の有用な遺伝子がどれほど多く破壊されて来たか知っているかね?この事態をこのまま放置しておけば、地球に存在する貴重な生命全体を絶滅させてしまう。地球の遺伝子システムは一度破壊されてしまうと、設計し直すことは、我々にとってもほとんど不可能に近い作業なのだ。だから、地球人の誤った進化の方向を、出来るだけ早い時期に修正しなければならない」続けて、「もしこの計画が失敗すれば、地球の生命システムは消滅することになる。それだけは、どうしても避けなければならないことなのだ」と話すのでした。 「しかし、私にはこの国の社会システムが民主的で正しいとは思えないのです---国の体制は、むしろ封建時代に逆戻りしているように思えるのですが---」と異論を挿みますと、「そう、現代社会の問題点は、地球人が皆同じ能力と権利を持ち、誰もが同じ欲を平等に満たすことが可能だと考えている点にある。人口が少なかった時代はそれでもよかった。しかし現代のように人間だけが突出して増加した状況下で、すべての人が同じ権利を主張し、皆が同じ欲を満たそうと考え始めたら、一体地球はどうなるか考たことがあるかね?」 「---」と私。 「地球が幾つあっても足らないだろう?」 「博士は、人間が同じ能力、同じ権利を有し、行動原理は誰にでも平等に保障されていると考えるのは誤りだと言うのですか? 人間は基本的に平等に生きる権利、すなわち“人の上には人を作らず”と漸(ようやく)認め合うようになったばかりですよ」 老博士は私の話を遮るように「許された範囲内では人間は、確かに自由平等でも良かった。しかし現代の人間の自由、殊に科学開発の自由は限界を超えているのだ。其処が問題なのだ。一部の人間が無分別に利用している科学技術が、生物としてあるべき本来の人間の姿を変えてしまったのだ。ドクターは人の行動を決めているのは人間の自由な判断と考えているかもしれないが、そうではなく、判断は遺伝子システムに支配されているのだよ。その意味で生物は、もちろん人間も含めて、何をしても良いという自由はないのだ。 だから人間の遺伝子システム自体を修正しなければ、本来のあるべき “人間”を中心とした地球の生態系に戻すことは出来ないのだ。 歪んでしまった人間の遺伝子システムを修正してから、もう一度人間を“社会”に復帰させなければならない。そうして初めて生物と人間が健全に付き合える地球環境を作り直すことが出来る。 人の遺伝子のオーバーホールなのだ」老博士の表情から強い意志が見て取れました。「そこから再度、地球全体の生命システムを変えていかなければならない」 「---」 「しかしラムダ国とオメガ国が何故戦争しなければならないのでしょう。博士の今述べられた考え方と、どんな関係があるのですか?」 それからしばらく沈黙が続きました。そして突然「もしこの国に戦(いくさ)がなかったら、皆は緊張感をどうして保つのだろうか?動物に“完全な平和”を保障したら進化はあるのだろうか?---これは私にとっても大命題なのだよ。ただ近代兵器を使った戦争は誤りだと断言できるがね!---しかし争いを完全になくすことも、また現時点では生物界を健全に保つ上で無理があると考えているのだ」 老博士は少し苦しそうな表情を見せ溜息をつくのでした。 私は博士の今の“話”で、何故か気分がスッキリしたように思えたのです。 「分かりました」私がきっぱりした口調で答えますと、老博士は安堵の笑顔を見せるのでした。 やがて海岸線の方角から、再度ほら貝の音色が風に乗って聞こえてきました。するとそれに呼応して、それまで混然と入り混じっていた赤と、青の集団が二手に分かれ始め、海の方角から一段と明るい青い集団が続々と上陸して来ました。一方山手の方からも、やはり赤い光の大集団が海岸線の方向へ移動始めました。 「いよいよ女王の決戦だ」老博士が呟くように言いました。そして何を思ったのか、私の方へ振り向くと「ドクター、君も参加したいかね?」 「勿論です!」と即座に答えますと、博士は「それなら行っても良いが、あなたは非戦闘員だから戦う必要はない。しかしすでに倒れた敵が突然攻撃してくることがあるかもしれない。とても危険なのだ。それでも良いかね?」「当然です!」私はうずうずしていた気持ちを爆発させるように答えますと、博士は少し笑顔をみせて「それなら、二頭の犬と二羽のカラスを、お供に連れて行くが良い。彼等がいざという時に助けてくれるだろう」と突然---不思議なことに、彼は部屋から消えていました。 24 まるで三次元ヴァーチャルの世界を体験しているようでした。 「彼は本当に此処に居たのか?」と考える暇もなく、ハッと気がつくと私はすでに真暗闇の山中に立っていました。この話はもう少し詳しく説明する必要があるかもしれません。しかし今は、ただ事実だけを述べておきます。 海からの風が背の高い南国の巨木をザワザワ揺らしていました。暗闇の空間で木々の合間から見える星がまるでダイヤのように明るく輝いていました。 私のすぐ傍に、何時の間にか犬鷲の様な大柄のカラスと、彼らを背に乗せた二頭のジャガーが命令を待っていたのです。突然の状況変化に私は大いに緊張しました。 しかし話を先に進めましょう。意を決した私は、「よし出発だ!」と彼らに強い声をかけますと、ジャガーは頷くように私を見て、一頭が前、一頭が後ろについて歩き始めました」まるで “桃太郎”になったような気分でした。 老博士は犬と言いましたが、私には、どう見ても彼等はジャガーに見えるのでした。 私はジャガーをサスケとコジロウと呼ぶことにしました。 サスケとコジロウの活躍については、特に話さなければならないと思います。 サスケとコジロウは体長160cm前後で薄褐色の地に黒の斑がありジャガーとほとんど区別がつきませんでしたが顔かたちは犬に似ているようにも見えました。胸から首にかけて銀色の鎧を着けていました。 サスケは鼻から目の周囲に黒のマスクを被っているように見え、いかにも精悍な野獣に見えました。一方コジロウにはライオンのような鬣(たてがみ)が特徴で、森の王様のような風格がありました。 私はこんな動物を見たことがありませんでしたが、おそらく彼等は老博士が作り出した犬(と呼ぶ動物)なのでしょう。野獣のような怖さ、犬のような人懐こさ、言葉を理解する賢さを兼ね備えていました。彼等は私が付けた名前をすぐ覚えるのでした。
天を突く木々、暗闇の山道は複雑に迂曲している上、道幅が狭く足元には潅木が茂り、一歩進むことさえ困難な状態でした。だが眼鏡附きヘルメットを被ると周囲がまるで昼間の様に見え、小さな花の蕾一つ一つさえ判別可能になりました。 サスケは周囲を伺いながら用心深く前進する、そしてコジロウは私の後ろを少し離れてついて来る。サスケの耳の動きを見ていると、周囲の状況が手に取るように分かるのでした。 彼は左右の潅木の茂みを時折覗き込み周囲の状況を確認しながら進む。一方大カラスはサスケとコジロウの背中にバランスをとってしっかり止まっている。 突然野鳥が木々の合間を、大声を出しながらすり抜けていく。その度に、私は驚きますがサスケもコジロウも気にかける様子がありません。 度肝抜かれたのは、すぐ近くの藪から大型のトカゲの様な動物が“ぬ!”と顔を出した時でした。が、コジロウの唸り声を聞くと、慌てて逃げて行きました。コジロウの唸り声は本当に地底からから響いてくるような凄みがありました。
X山に近づくにつれ、巨木の数が徐々に減り、潅木が茂る平地が増えてきました。するとそこかしこに敵味方の戦士が倒れている姿がはっきりと目に付くようになりました。平常なら、おそらく目を覆いたくなる光景だったに違いありません。しかし私は興奮状態にあったのでしょう。恐怖を感じることはありませんでした。私は黙々とサスケについて道を急いでいました。 いよいよX山の登り口付近に近づいた時でした。サスケが突然立ち止まり前方を睨み、前足を低くして身構えました。 すると、2羽のカラスが“スー”と木と空の切れ目近くまで舞い上がり、音も無く急降下しました。と、同時に2匹の大ネズミが宙に舞っていました。 そしてサスケの前に落ちて来ると思った瞬間2匹の大ネズミの胴体が真二つに千切れ宙に舞っていました。 あっと言う間の出来事でしたが、私はサスケの素早い動きに感嘆しました。それから瞬く間に数匹の大ネズミが宙に舞っていました。この間ネズミの声はほとんど聞こえませんでした。まるで無声映画を見ているような光景でした。私は、思わず“凄い!”と叫んでいました。 一方コジロウは相変わらず、冷静に周囲の様子を伺っている。“なんと凄い!”私が再度コジロウに声をかけますと、彼は“当然”と言わんばかりに私を見返すのでした。
X山は、岩の合間から草木が少し顔を出す程度の岩山で、さらに多数の戦死者、動物の死骸が散乱していました。目も覆いたくなるような状況!そんな状況が山頂まで延々と続いているのでした。 パトラの戦う決闘場所は海岸なので、私はX山には登らず麓の道を海岸の方向へ急ぎました。ラットの攻撃があってからは、大カラスは木々の合間を飛び周囲に注意を払っています。そしてラットを見つけると直ちに攻撃を加えるのです。やがて海岸へもう少しのところまで接近した時でした。 茂みが少し深くなった場所に獲物を見つけたのか一羽の大カラスが急降下しました。しかし突然茂みの中で刀が一閃して、攻撃をかわしきれなかったカラスは悲鳴のような大声を発しました。暫くバタバタあがいていましたが急に動きが止まりました。 緊急の事態にサスケとコジロウは茂みに飛び込んでいました。しばらく争っていましたがやがて静かになりました。事態が把握できないで私は不安になりましたが、茂みから飛び出して来たのはサスケとコジロウでした。コジロウは口元に血をつけて駆寄ってきました。 彼等はカラスに代わって戦ってくれたのです。二頭は共に獰猛な野獣のように見えましたが、やはり私には頼りになる仲間達でした。私は彼等の頭、首筋を力一杯撫でていました。
危険が隣り合わせの戦場下で、動物達が命をかけて勇敢に戦う姿に感銘を覚えるのでした。それにしても「カラスは如何した?」 サスケやコジロウに勇気をもらって、私も茂みに飛び込んでいました。 しかし、其処に---剣に貫かれ息絶えたカラスを見たのです。カラスは即死状態でした。最早、何も出来る状態ではありませんでした。私は涙をこらえるのに精一杯でした。 これが現実の戦争だったのです。戦わなければ自分がやられる。今迄、死んだ戦士や動物たちの死骸を無神経に見過ごしてきました。しかしカラスの死が私に“戦う”ことの大切さを教えてくれた気がしました。 つまり生物としてあるべき姿---“戦う本能の意味”を、身を持って教えてくれたのです。私も戦場では何時死か分からない。当たり前のことなのです。「動物に頼らず、私も戦わなければならない。ラムダ国の勝利を確信する迄は絶対に死ぬわけにいかない!」 “カラスさえ助けることが出来なかった”私はこの時初めて、戦う本能を完全に放棄していた自分に気付き、心の底から噴出してくる悔恨の念に身震いするのでした。 それにしても、老博士の言っていた通り、傷ついた戦士の逆襲は、無差別で非戦闘員かどうかの区別がない。私は強い覚悟を決めました。“これからはサスケやコジロウを無為に犠牲にすることはない”と! 私は必要な時に背中の剣を何時でも抜くことが出来るように準備しました。 25 これまで私は何度か非戦闘員という言葉を使ってきました。読者の皆さんは非戦闘員と戦闘員(戦士)との区別は何処でするのか疑問を抱いておられることと思います。 非戦闘員の甲冑(かっちゅう)には“赤”とか“青”の区別がないのです。 ラムダ国もオメガ国では、戦士と非戦士が戦うことはありませんでした。また通常非戦闘員が戦闘の最中に戦場をうろつくこともなかったのです。ただその日私はパトラの傍に行きたい気持ちで一杯でした。老博士も私の気持ちを察して特別扱いにしてくれたのでしょう。理由は兎も角、老博士は私が戦場に行くことを許可してくれたのです。 話を元に戻しましょう。 もう海岸が余程近いのか、負傷兵の苦しみ呻く声や、立ち上がって歩こうとする負傷兵に攻撃を仕掛ける剣戟の音、怒声、悲鳴が間断なく、あちこちから聞こえてきました。時々人の声とは思えない、動物の雄叫びとも悲鳴ともつかない“ギャー”という叫び声が聞こえてきたのです。 辺りは、さながら地獄絵を見ているような惨況でした。
しかし、一方闇夜の戦場、見上げると、地上とは対照的に熱帯の巨木が風に影絵のように揺れ、その合間に悠久の天空が垣間見えました。 時々、私を非戦闘員と知ってか知らず、か、攻撃を仕掛けてくる敵戦士もいましたが、私が剣を使うまでもなくサスケとコジロウが対応してくれました。 サスケもコジロウも戦いに熟達していました。1頭が攻撃を仕掛け、敵がそちらへ気を逸(そ)らした瞬間、他の1頭が剣を持った腕を攻撃する、そしてライオンが獲物を倒すように相手を引き倒すと、もう1頭が兵士の首筋に咬みつく、相手が叫び声を出す暇もない素早さでした。 私はもともと動物の能力は人間より低いと考えていました。近代兵器を使えば知恵もなく飛び掛ってくる動物を人間は赤子をひねるように倒すことが出来たのです。あの巨大な象でさえ! 人間の能力に比べれば動物達の能力はたかが知れていると考えていました。 しかし今夜のサスケやコジロウの働きを見ていると、銃のような飛び道具さえ使わなければ、人間がたとえ剣や槍で武装していたとしても彼らより劣っているかもしれない---と思えたのです。あらためて動物に畏敬の念を抱いたのでした。
|