ジョージ北峰の日記
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2008年02月05日(火) オーロラの伝説ーー続き

  ところで、これまで私は何度か非戦闘員という言葉を使ってきました。読者の皆さんは非戦闘員と戦闘員(戦士)との区別は何処でするのか疑問を抱いておられることと思います。しかし、それは極めて簡単なことなのです。つまり非戦闘員の甲冑(かっちゅう)には“赤”とか“青”の光が点(つ)いていないからです。
 本来ラムダ国もオメガ国も人々は、生まれながら仕事の分業が決まっていて戦士と非戦士が戦うことは決して許されなかったのです。また私のように非戦闘員が戦闘の最中に戦場をうろつくなどということも決してなかった、と言っても過言ではないでしょう。ただ私はその時、これまで説明してきた経緯もあってパトラをほっておけない気持ちで一杯だったのです。それにラムダ国の人達も私が客人であったためか特別扱いにしてくれていたような気がします。あるいは又私の戦闘能力を本当に認めてくれていたのかも知れません。兎に角、いずれかの理由で私が戦場に行くことを老博士も認めてくれたのです。
 話を元に戻しましょう。
もう海岸が余程近いのか、負傷兵の苦しみ呻く声や、時折立ち上がって歩こうとする敵の負傷兵に攻撃を掛ける剣戟の音、怒声、悲鳴が、あちこちで間断なく、聞こえてきました。時々人間の声とは思えない、動物の雄叫びとも悲鳴ともつかない“ギャー”という叫び声も挿(はさ)まれる。
辺りは、さながら地獄絵を見ているような状況だった。

  しかし、一方真っ暗な闇夜の戦場、見上げると、地上とは対照的に静かにキラキラ瞬く星空、名も知らぬ熱帯の巨木が風に影絵のように揺れて見える天空、その平和な光景が一瞬とは言え、興奮で騒ぐ私の心に、だからこそ余計に印象的に映った。昔ギリシャ神話であったように、こんな戦場で戦い散っていった英雄達を星座に擬(なぞ)らえたくなる気持ちが分かるよう気がした。
  時に私を非戦闘員と知ってか知らずか、攻撃を仕掛けてくる敵戦士もいたが、私が剣を使うまでもなくサスケかコジロウが対応してくれた。
サスケもコジロウも戦いに熟練していた。1頭が攻撃を仕掛けるように見せかけ、相手がそちらへ気を向けた瞬間、他の1頭が剣を持った腕に咬みつく、そしてライオンが獲物を倒すように相手を引き倒すと、もう1頭が兵士の首筋に咬みつき窒息させる。相手が叫び声を出す暇もない素早さだった。
  私はその時迄動物達の能力を人間より明らかに見下していた。知恵もなく無謀に飛び掛ってくる動物達を人間は容赦なく飛び道具、銃で赤子をひねるように簡単に倒すことが出来た。あの巨大な象でさえ!!
人間の知恵に比べれば動物達の知恵などたかが知れている、と馬鹿にしてきた。
  しかし今夜のサスケやコジロウの働きを見ていると、人間も銃のような飛び道具さえ使わなければ彼らと対等どころか明らかに劣っている。否それどころか、それまで私が抱いてきた動物に対する蔑視すべき偏見はおそろしく誤っていたのだーーと気づかされた。そして今、ある意味で彼らに対して畏敬の念さえ抱くようになっていた。

  私達は漸く海岸線近くに辿り着こうとしていた。私が戦闘に直接加わることもなかったので、安堵の気持ちが少し広がり始めた、その矢先のことだった。前方の茂みで3人の敵戦士が一人の負傷兵士を助け出そうとしている姿が目に留まった。彼等はまだ負傷を負っていない武装した敵戦士だった。
もし彼らが負傷戦士を助けようとしていなければ、サスケもコジロウも攻撃を仕掛けることはなかった。ラムダ国やオメガ国の掟では戦士が負傷戦士を助け出すことは禁じられていたからだ。だから彼等の行動をサスケもコジロウも見逃すことが出来なかった。果敢に二人の兵士に飛び掛っていった。
勿論2頭に気づいた相手も直ちに剣を抜いて反撃する、それでも2頭はすばやい動きで対手の攻撃をかわしながら、機を見て足首、手首を攻撃する。サスケもコジロウも動きはまるでパトラの動きに似ていた。私も直ちに参戦することになった。一人を引き受けなければサスケ、コジロウが危ないと考えたからだ。  
  しかしなかなか手強い相手だった。わたしが得意とするツバメ返しでも倒すことが出来なかった。一方コジロウは相手の剣を取り上げ、組み伏せていた。続いてサスケのほうも相手を組み伏せた。
  しかし私はやはり真剣勝負になれていなかったのだ。何度となく相手を倒すチャンスはあったが、どうしても止めの一撃が出せなかった。無意識に攻撃をかわしながら相手の小手を狙ってしまうのだ。恐らく小手を決めれば相手はひるんで逃げるだろうと考えていたに違いなかった。 
 コジロウもサスケも私の戦いをジリジリして見ていただろう。やっとの思いで相手の利き腕を切り落とした時だ、海岸の方から味方の戦士が数人駆けて来るのに気付いた。彼等はベンと部下の戦士達だった。私に気付くとベンは一目散で駆けつけてくれた。
  私が始めてラムダ国の海岸で敵戦士に襲われた時、助けてくれたのもベンだった。私が“ほっ”としたことは言うまでもない。やはり私は戦士としては失格だったのだろう。気持ちの上では高揚しているのだが、体の動きは平和な国からきた人間のそれだった。ベンと部下達は3人の敵戦士を瞬く間に倒してしまった。ベンは老博士から私が戦場に向かったと聞いて心配して探しにきてくれたのだった。私はベンの顔を見た途端、安心して気が抜けたのか全身から力が抜けていくのを感じた。

  と!突然のことだった。コジロウが私の方へ向かって空中にジャンプしていた。“あっ”、一瞬何が起こったのか分からなかったが--しかしコジロウが “ドサッ”と地上に落ちた時、何処からきたのか分からない刀が彼の鎧を貫いていた。
  瞬間、私は体全身に凍りつくような電流が走た。想像もしていなかった光景に、驚き、動転,頭の中が真っ白になっていた。
  無論自分に危険が差し迫っていたことに対する驚きでもあっただろう。しかしそれだけではなかった。

 私に生まれて初めて、人と動物の心が通い合うことを、教えてくれたコジロウ!――生まれて初めて命を分かち合う私の本当の戦友なってくれたコジロウ!――動物が持つ真の優れた能力を示してくれたコジロウーーが目の前に倒れていた。
  彼は私を見ながら懸命に立ち上がろうと試みたがすぐ倒れてしまった!何かを訴えたかったのだろう--私は彼を抱き起こそうと夢中で駆け寄ろうとしたが、ベンは顔を振りながらダメと言う風に私を制止した。
  私のために命を投げ出してくれたコジロウ!ーーの勇気に、私は涙が溢れ出て止まらなかった。
 


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