ジョージ北峰の日記
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2005年10月16日(日) オーロラの伝説ー続き

 ラムダ国には家族という概念がなく、国全体が言わばミツバチの世界のように1つの家族の様でもあった。仕事を終えた人々は夜のひと時を思い思いにレストランで食事を楽しんだり、バーでアルコールをたしなんだり、ゲームや賭け事を楽しむことが出来た。仕事場では上下関係がしっかり守られていても、ひとたび仕事場を離れると、職業間に格差がなく、すべての人々の間に平等が保障されていた。
 私たち4人が話していると、若い女達が割り込んできた。お目当てはアレクのようであった。アレクは色白で女の子の様な愛くるしい顔立ちだったが、衣服を脱ぐとまるでギリシャ彫刻の様に筋肉の盛り上がった男性的な姿態の持ち主で、女達は彼の滑らかな白い肌を、愛(いと)しそうに擦(さす)ったり、キスをしたり、腕や太腿を抱きしめたり、彼の気を惹こうと真剣だった。彼女達の愛の表現は、きわめて直接的で、健康的にさえ見えた。恥らう様子など微塵も見られなかった。
 パドラは笑顔でアレクに彼女達と下がるように命じた。アレクがベンの方へ振り向くと。彼は「どうぞ」と言わんばかりに肩をすくめる。私は一瞬“性の儀式”のことを思い出し顔が火照る(ほてる)のを感じた。
 私はオメガ国との戦争の理由についても興味があったが、私はオメガ国との戦争の理由についても興味がありましたが、それより何より、この国が一体何処にあるのか(少なくとも地球上にこのような国が存在するとは私は知らなかったので)、又民主国家ではなく、一見封建国家のようで、厳密に言うと必ずしもそうではない王政国家が如何して成立できたのか等についても、大変興味が湧いていました。
 パドラの話によると、以前この国は民主主義国家を目指していた。しかし現代の地球上の民主主義国と呼ばれる文明国では、政治は腐敗、民心は堕落、貧富格差は修復しがたいぐらい拡大、救いがたいほどの社会紛争、民族紛争、宗教紛争それに付随した醜い戦争が毎日の様に勃発、その先行きに多くの人々が希望を持てない、暗雲垂れ込めるような状況が繰り返され続いてきた歴史を鑑みて、指導部は、民主主義体制に疑問を抱き始めていたと言うのです。そして彼等の向かう先は、私達が住む現代文明国の政治・経済体制ではないほうが好ましいと考えるに至ったと言うのです。しかし幸か不幸か、その時、この国に巨大地震、海中火山が爆発し、国土は四分五裂、崩壊した。そして取り残された小さな島々に運よく生き残った人々が、今のラムダ国やオメガ国のような小さな地下国家を形成した。
その想像を絶する巨大な天災が、新しい政治・経済体制を目指す国家建設に、偶然とは言え大変よい機会になった。当初、人々が築いていた文明が完全に崩壊し、何もない原始時代のような自然界に放り出された。人々が生き抜いて行く為には、皆が一致協力して働かざるをえない状況だった。その為に、どうしても強力な指導者の出現が望まれた。 こうして小さな群社会に自然発生的に強力なリーダーが現れ、それが現在のラムダ国、オメガ国などの王政国家建設の土台になったと言うのでした。
そればかりでなく、この時代から、これらの国々が以前と同じ歴史の轍を踏まないよう、つまり個人主義(利己主義)を尊重する民主主義国家を築くのではなく、ほとんどの動物がそうであるように、個人よりも集団の意志を尊重する方向、しかし共産主義のような体制ではなく、むしろ現在のラムダ国のように、少し風変わりな王政国家を築くことに繋がったと言うのでした。
 この国(ラムダ)の建国の経緯について、特に理解が困難だった点は、現代の文明国の資本主義を軸にした民主主義国家がいずれ行き詰ると分析したこと、そしてこの体制を人類社会から永遠に放棄しなければならないと指導部が決断したことでした。
その結果、先に述べたような王政国家を目指すことになりましたが、ただ王は世襲制ではなく、人々から間接的に選ばれた数名の候補者が自分たちの能力を競いあって、本当に王として相応(ふさわ)しい能力のある人だけが選ばれる。王には絶対的権力が与えられるが、失政するとすべての権限が剥奪(はくだつ)され、社会から追放されると言うのでした。
 この話を聞いた時、私は動物世界、特に猿の群れ社会に似ているような印象を受けたのですが、一方自由を望む人間の本質的な存在形態あるいは実存様式まで、本当に変え得るのか、少し不思議な感想を抱いたのでした。
 「では王女様と言っても、安心していられないのですね」と私が言うと、パドラもベンも真剣な眼差しで大きく肯くのでした。
 酒場では、私が飲んだことがない強い果実酒がそろっていました。どの、お酒もアルコール度数が高いので一気に飲むことは出来ませんでしたが、私が試したお酒は、ゆっくり飲むとまろやかな舌触り、咽喉(のど)もとでとろけるような甘みがありデザートワインに似ているような何とも言えない美味しい味が残るのでした。
 部屋には静かな音楽が流れていました。恋人達のようなカップルが一組、二組と部屋から消えていく。ガラス越しには、色とりどりに入れ替わるほのかなライトアップを背景に熱帯の美しい魚達が夢か幻でも見ているかのようにゆっくり泳いで移動して行く。
私は研究で悩んでいたこともすっかり忘れかけていました。突然パドラが私に向かって「儀式に参加しますか?」と囁くように尋ねました。
しかし私は、その時何故か自分の意志に反して「今夜は、これで休みます」と言いますと、パトラは「疲れたのですか?」と労(いたわる)わるように、優しく肩に腕を回してくれるのでした。

 それから、私は一人ベッドに戻りましたが、何故か眠れそうもなく、研究のこと考えようとしましたが、そう思えば思うほど、目が冴えてくるのでした。
その上、今パドラがどうしているのか? 
パドラは性の儀式で何をしているのか?などと余計な妄想が浮かんでは消え、浮かんでは消え、どうしても寝付けませんでした。
 
何とこの時点で、すでに私はパドラに恋愛感情を抱いていたのでしょうか(この国の女王様だと言うのに)?
地球に生まれ育った普通の男として、普通に嫉妬を感じていたのかも知れませんでした。


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